29. ミディエル陛下
翌朝にようやく、ゴルドア王が自ら数千の兵を連れて駆けつけてくれた。
今街の外に作った拠点でを睨みを利かせている。
その拠点には。ゴルドアの外で見たあの大型兵器も、その雄姿を晒しているのだった。
町の中の人も「あれってなんなの?」とその姿に驚き、噂している。
「グルシャ侯爵。苦労であった。よく町を守り抜いてくれた!」
「身に余るお言葉です。我が夫ディストルの良き指示もありましたゆえ」
軽やかに膝を曲げカーテシーで挨拶を返す私。
「そうか! ディストル卿も大儀であった!」
「は、はっ!」
ディストルは相変わらずで、ただ頭を下げ恐縮している 笑
ここは領主の館に元々用意されていた王の間。
普段、掃除以外で誰も立ち入らないこの部屋に、久しぶりの主を迎えているのだった。
今この部屋には、ゴルドア王と私とディストルの他に、今回の戦の将軍役を担うドリット公爵がいる。
「ただこの後の展開だが、引き続きこちらが劣勢なのは変わりない」
ゴルドア王の重々しい言葉に、ドリット公爵がその言葉を継ぐ。
「グルシャ侯爵御身の報告及び北部連合に潜まさせている密偵の報告によると、敵1万3千に対し、我が方は4千弱。兵の数は3倍以上違う」
「と言っても、ほとんどが周辺都市からの徴兵で、直属王国軍は千と魔法軍が百余り」
魔法軍が来るということは‥‥‥。
「そう、ルクシオンのミディエル王自らが出陣してきて、あと3日足らずで戦場に到着する見込みとのことだ」
「ほぅっ! 王同士の威信をかけた戦いか! 腕が鳴るのぅ」
ゴルドア王が楽しそうに、顎にたくわえている豊かな髭を撫でている。
「敵の戦法は、グルシャ侯爵、お主が一番理解していよう」
ドリット公爵はそう言いながら、まだすべてを信じたわけじゃないからなという目で、私を見つめてくる。
「はい‥‥‥。恐らくは魔法で我が方の防御設備を破壊して、一斉攻撃する腹づもりかと」
「‥‥‥卿が作ったこの堅牢な土塀ですら、彼らは崩せると?」
少しドリット公爵は驚いたような顔で、私の顔をもう一度確認している。
「魔法で創れるものは、魔法で壊せます。それが魔法の摂理です」
魔法で創ったものはその工程を逆にすれば壊すことができるし、
魔法で発生した自然現象も、それ以上の魔力で『アンチマジック』すれば消し去ることができる。
市井の魔法使いなら、使える魔法が限られれていて、
特定の魔法には対応できないとかありえる。
ただ相手は魔導王国のエリート集団魔法軍だ。
彼らに使えない魔法は基本ない。
”基本” と言ったのは、光属性魔法は彼らは知らないという意味だ。
この魔力は神界の色に近く、彼らにとってこれは異端の魔法であった。
「そうか、だとするとやはり今回も、頼みの綱はお主になるのぅ」
ゴルドア王が私の顔を見ながら、「ほらな」とでも言いたげに話してくる。
「ですなっ‥‥‥」
少しだけ、残念そうな口調で返すドリット公爵。
叙任式の場ですこし姿を拝見したぐらいで話したこともないのに、やはり公爵にも嫌われているらしい‥‥‥。
味方なんだからいいじゃないのよ‥‥。
「いずれにしろグルシャ侯爵、いやイリィ卿のこと、私はまだ信じたわけじゃない!」
「我が家の近衛兵を2名、護衛兼監視のためにつけさせていただくが異論あるまいな?」
ドリット公爵がこちらに圧をかけてくる。
「はい‥‥‥。お望みとあらば‥‥。」
はぁーーー。だから貴族社会は嫌いなんだって‥‥‥。
それからその近衛兵は、我が家を我が物顔でついてまわり、寝室、便所や浴室以外はずーっとついてくるのであった。
リズとエリが面白がって、私の後ろのその近衛兵の、そのまた後ろを、とことこついてまわっている。
何の遊びなのよ‥‥。本当に勘弁してほしい‥‥。
敵兵は表では何の動きもなく、この町とゴルドアを取り囲むように、周辺の村々をつぎつぎと落としていると聞いている。
周辺の村人はみな城や町に避難させているので大きな被害は出ていない。
こちらは我が町の騎士団も含め、騎兵で波状攻撃を繰り返し、
その進軍を出来る限り遅らせようと努めているのであった。
この町だけは台風の目の中にいるように、しばらく何もない日々が続いていた。
ただ、その時はまもなく来る。
そう、奴が、ミディエルが、前線に到着したらすべてが始まる‥‥。
そう、それはきっかり3日後だった。
赤地に金色模様の魔法軍の軍団旗を掲げ、見渡す限りの整列した兵に囲まれて、
進みでてくる金糸で刺繍された紫や黒のローブに身を包み魔法使いたち。
その先頭には一段と豪華なローブをまとったミディエル王が歩いてきている。
輿も使わず、堂々と歩く姿はさすがミディエルとは思わずにはいられない。
あの人は昔から自信に満ちあふれ、人を強く惹きつけるカリスマのある方だった。
私はミディエルが街の近くまで偵察に来ていると知らせを受けて、物見やぐらの上に昇っている。
イーガーの視点でも彼の動きを監視していた。
彼は多数の王国軍の騎士に囲まれながら、街まで数百mという所まで近づいてくるのだった。
そして歩みを止め突如、話始めた時は、あまりにも意表をつかれて、空耳かと思った。
『アイテール、聞こえるか? 余の声が聞こえるか?』
ミディエルが『アンプリファイ』、声を大きくする風魔法を使って話しかけてくる。
彼は私の回答を待たず、話を続ける。
『アイテール、この開けた平原を見ていると思い出すな。我らの戦いを』
そしてなんと、昔話を始めたのである‥‥‥。
もう、意味が分からない‥‥。
『もう5年近く前になるのか。懐かしいな、北部都市連合と戦ったサンライズ盆地のこと』
私は物見やぐらの上でディストルと共に聞いているけど、
この声は町にいる他の全員にも、もちろん聞こえている。
『お前は知らないだろうが、あのあと我々はあのタキオン神導国すら打ち負かし、いろいろな都市を味方にしてきたのだ』
いや私は知っている。
そしてそれが隷属という形であることも知っている。
『我々ルクシオン、いや魔術師全員の悲願であるタキオン教の撲滅まであと一歩だ。そうなれば我々魔導王国の天下が訪れる』
『そしてアイテール。お前は、王国の中でも私の次を継ぐ優秀な魔術師だ。お前はこの大陸の治める大帝国の片腕になれる男だ』
初めてかもしれないミディエル殿下(元)がこんな言い方をするのは。
王国の中は魔法が全てだ。
王国第2位の地位を保証するぐらい実力があることを公言して他ない。
そんなことを敵である私に言うなんて‥‥‥。今は、男じゃないけど。
『また共に戦わないか? お前をこんな野蛮な国の片隅で葬りさるのはあまりにもったいない』
魔法軍の連中がどよめいている姿が簡単に想像できる。
そこまで殿下が私のことを買っていたなんて知らなかった。
魔法軍ではいつも注文をつけられてばっかだから。
『アンプリファイ』
軽く、深呼吸をする。
ふぅー‥‥‥。
『お久しぶりです。ミディエル殿下‥‥‥いえ、陛下でしたね』
私は何を言い出すのか慌てるディストルの横で、ゆっくり口火を切る。
後ろに控える近衛兵が、腰に下げた剣の鯉口を切っている。
裏切りなら斬るということ。
『私は‥‥‥あの、我が家が激しく燃えている姿を忘れることはできないでしょう』
あの父上の、疲れて達観してしまっている笑顔が浮かんでくる。
ダリーユの泣き顔が私を責めてくる。
あの光景は一生忘れられない。
『なので‥‥‥ミディエル陛下と剣を交える機会を戴きましたこと、いまはただ感謝しております』
ミディエル殿下(元)の顔は遠すぎてここからは見えない。でも笑ったような気がしていた。
『そうか、なら、私の魔法にまみれて死ねる光栄に感謝するがよい!』
それを合図に、私たちの最後の戦いが始まったのであった。




