26. 王国軍の到来
今私は、はるか上空を飛ぶイーガーの視界とリンクしている。
上空からだと、どこまでも続く大森林から、ロック山脈のすそまでこの地方一帯を見渡すことができる。
どこを向いても鮮明なイメージが数多く飛び込んできて、私は頭がクラクラしている。
今飛び立とうとしている、木々の小鳥の羽ばたき、
人々が開墾した草地で、落ち穂をついばむリスの家族、
街道をひた走る一頭の馬車。
あらゆる、小さな動きの映像が、高度1000mを超える高さを飛ぶイーガーの目には、
はっきりと映っているのだった。
多分、このリンクを中継しているロウも同じ感覚なんだと思う。
たまに気持ち悪くなりすぎて、リンクが切れそうになることが何度もあった。
これだけの視界の広さがあれば、獲物を見つけることなんて、確かに動作もない。
イーガーとロウが協力して狩りをしているのは知っていたけど、
この二匹が揃えば、どんな獲物だって逃げることはできないんじゃないかと思ってしまう。
イーガーはロック山脈から伸びる、私たちの作った街道の方をズームアップしてくる。
そこに見えるは、革製の粗末な鎧に身を包んだ、槍を持った荒々しい男たちの軍団。
男たちはどこまで連なって歩いていて、上から見る姿は、まるで森の中をうねるヘビようであった。
そして、その尻尾はこのイーガーの視界をもっても見届けることができない。
ところどころ間をあけながら、はるか南、北部都市リベルタ西の森近くにある絶壁まで続いている。
明後日あたりには、先発隊がこちらに着きそうかな‥‥‥。
うーん、ざっと見1万以上はいそうかも‥‥。
こちらのゴルドア王国軍は、いろんな所から兵をかき集めてどうにか3千。
魔法軍を使う必要もなく、あっという間こちらを攻略してしまうつもりなのがよく分かる。
絶望的な兵力差‥‥。
魔導王国軍は征服した都市の住民を強制徴兵して、その規模をどんどん増やしていると聞いていた。
最近はあまりに規模が大きくなりすぎて、戦わずに降伏する都市も多いそうだ。
タキオン神導国との初戦を勝ち抜いたあたりから、特にその傾向が強くなっているらしい。
ルクシオン魔導王国はまちがいなく、
大陸一の覇権国家としての地位を確立しようとしているのだった。
我々が止められなければ。
と、急に強い風が吹きつけて来た!
身体全部が浮遊する感覚におそわれる!
”うわあっ!”
こんな上空の風の中にも、森の香りが混じっていて、鼻の奥を吹き抜けていく!
”気持ちいい~~!!”
ロウ! 五感ごと繋いだでしょーっ!
ロウが愉しげに吠える姿が思い浮かぶ。
ロウとイーガーはいつもこうやって遊んでいるみたい 笑
いつの間にこの2匹はこんなに仲良くなったのかしら‥‥。
なんかこっちも自分の可愛い子供たちのように感じて来るから、不思議なもの。
私は偵察を終えた後もしばらく、イーガーの空中散歩を楽しんで、地上の現実に戻ってきたのだった。
そして‥‥‥。
ギリギリまでやることは山のようにある。
この情報を早馬でゴルドア王に伝えると共に、領地の他の村人には町への避難を呼び掛ける。
町の周りに堀をほり、その周辺に火山岩で囲むように二重の壁を作って要塞化していた。
できることはなんでもする。
シルク商会からは後払いの約束で、魔石を大量に調達して、
ピレオーツ村やフィルムッシュ王国から逃げてきた人を中心に魔法隊を結成していた。
その中にはミレイとか見知った姿も多かったけど、私はまだ声をかけられていない。
惨劇の話はその時に聞いた‥‥。でも、いまは嘆く時期ではない。
その惨劇をこの地で再現させないように、今度こそ万全にすることだけに注力する。
ディストルにリズとエリと一緒に避難してもらうことも考えたけど。
ディストルは、
「それは‥‥できない相談だよ、イリィ」
「僕は君の夫で、この地の領主の1人だよ。僕もここに残って一緒に戦う。リズもエリも僕たちで守る」
と言って、断ってきたのだ。
私はこれが、後ろに引けない戦いになることを、覚悟するしか他なかった。
そしてそれは、それから3日経った昼過ぎから、
始まったのだった。
――――――
この時期は雨も少なく、その日も朝から雲一つない晴天の日となっていた。
敵は避難済みの隣の村を集結拠点にしていて、昨日の夜の時点でかなりの人数が集結していた。
ただ朝方になっても、まだ姿を見せていないのであった。
「ゴルドアの味方はいつぐらいに到着しそうなの?」
ここのところ、毎日ディストルに確認してしまっている。
隣の村の敵兵が日に日に、数千規模で増えていっているのに、
こっちの兵士はまだ千にも達していない数で、ずーっと変わっていない。
焦らずにいる方が難しい‥‥‥。
「もう、街は出ているはずだから、きっと明日についていると思うよ」
「大型兵器と一緒だから歩みが遅いんだと思う」
それでもディストルは、嫌な顔一つせず、毎日丁寧に返事を返してくれる。
騎馬隊だけでも先に助けにきてよ! 遅いっ!
いまにも大勢の敵兵に、襲いかかられそうな状況なのに!!
ディストルにはどうしようもないので、声には出さなかったけど‥‥。
「‥‥‥分かった。ちょっと様子を見てくるね」
「うん」
ディストルも分かっている。
今日、もしかしたら明日も、この少ない兵だけで、
この町を守りぬかなければならない状況であることを。
低い朝日が森の上から、刈り取られた後の麦畑を照らしていた。
家畜は皆町近くの囲いの中に閉じ込められてシーンと静まり返っている。
朝の空気まで戦いに備え、緊張しているかのよう。
ロウが昨日一晩中監視してくれていて、朝からはイーガ-が交代で敵の様子を見てくれている。
敵は小さな村に数千の兵が固まっているせいで、渋滞して相当窮屈そうだった。
そしてついに、今朝、彼らが動く!
玉突きのように追い出された先発隊3隊がどうやらこちらに向かってくるみたいだった。
先発隊と言っても、一隊一隊がこちらと同じ規模。
街道沿いと北と南‥‥。
北と南の2隊は森の中を進んできており、上下から挟み込むか、
あわよくば後方からも、町を包囲する考えのよう。
ゴルドア方面の街道は、援軍の到着も考えて唯一堀が繋がっておらず、
守りが比較的脆弱になってしまっている。
ちょっとこのままは、見過ごせないかな‥‥。
北の森にはルクソンの街壁にも使われている、秘密兵器を仕込んでいるから、
そんなに簡単には通れないと思うけど問題は南の森だった。
正直そこまで手が回っていない。
真正面と南はどうにかしないといけない‥‥。
「やっぱ私が直接行くしかないか‥‥‥」
そうなると、街道沿いを真正面から来る敵兵に対して、
町の衛兵隊や傭兵団で守り切るしかない‥‥‥。
でも街の中にはリズとエリがいる‥‥‥。
傭兵団は守備隊の中で圧倒的多数なので、
ちゃんと睨みを利かせておかないと、
いつ裏切るとしれないという事情もあった。
彼らは旗色が悪くなると平気で寝首をかき、
こちらの大将の首を手土産に、相手の軍からその報酬をもらいに行く。
いろんな悪いシナリオが頭によぎってくる。
南の森のあの兵の数を、私ひとりで、あれだけの兵を本当に止められる!?
正直、分からない‥‥。もしかしたらやられてしまうかも‥‥。
そうなったら、リズとエリはどうなる?!
大切なものが増えると人は強くなるのか、弱くなるのか‥‥‥。
私は物見やぐらの上で、
答えの無い問いにどう対応するべき、永遠逡巡し続けているのだった。
そんなとき、下からディストルがその高さに尻込みしながら恐る恐る昇ってくる。
私はその見慣れた顔を見て、少しだけ気持ちがほっとする‥‥‥。
「ふぅー、ここ本当に高いねー」
「笑 ディストルは高所恐怖症だもんねー」
「まぁ、そんなことも言ってられないけど 笑」
「で、‥‥‥敵が来るの?」
息を整えながら私に話しかけてくる。
このやぐらの上には私たちの他に、警備隊古参の兵士が一人いるだけ。
彼は警備に集中して、聞かないふりをしてくれている。
「うんっ、多分。5~6百の歩兵が北・南・東の三方から、昼近くには攻めてくると思う」
「そっか‥‥‥」
「北は例の仕掛けで足止めできると思うけど、南はこちらから出陣しないと後ろに回り込まれると‥‥思う」
私のその戦況分析を聞いて、ディストルが一瞬だけ、間を開ける。
「悩んでいるということは‥‥‥、イリィが直接行くということ‥‥なんだね?」
「‥‥‥ごめん、他に‥‥方法はないと、思う」
ディストルの気持ちは、よく分かっている‥‥‥。
でもいまさらお互い、それを口にしないぐらいは、心が通じ合っている。
「‥‥‥はぁー、僕はいつも待ってばかりだね。僕にもっと力があったらなー‥‥」
それは男の威厳を深く傷つけられた、苦悩に歪んだ顔だった。
私も昔、魔法軍にいた頃は、していたことがある顔‥‥‥。
「ディストルはこの街を、リズとエリを守って」
「これはディストルにしかお願いできないことだから‥‥」
私の言葉を聞いた彼は、
私を強く、強く ―――
抱きしめた。
途端に胸の奥が熱くなり、足から力が抜けてしまいそうになる。
あぁ‥‥、このまま力抜けてしまったら楽なのに‥‥。
彼の、この温かい腕の中に抱かれていたら楽なのに‥‥。
私はなんで、領主なんて引き受けてしまったのだろう‥‥‥。
目頭が熱くなりかけながらも、
自分の弱気を振り払いながら彼の背中を優しく叩く。
「大丈夫‥‥ぜ、絶対に戻ってくるから」
声がつい、少し震えてしまっていた。
ディストルは、この数ヵ月で本当に領主らしくなって、
傭兵団長と話をつけたのも彼だった。
彼ならきっと大丈夫!
私は自分の心を奮い立たせる。
「じゃあ、いくね?」
「‥‥‥分かった。街のことは任せて」
ディストルの覚悟の決めた重い一言に、自分の気持ちも動かされる。
大丈夫‥‥‥うん!
『フローティング』
『ウィンド』
私は、そのまま物見やぐらから空中に飛び出すと、南の森に向かって飛んでいく!
『ロウ、イーガー!! イリィのことを頼む!!!』
後ろ手ディストルの叫びに呼応するように
ロウが下で遠吠えを鳴き、
イーガーが遥か空の上で「ピィーー」と高い鳴き声を、空に響かせているのであった。
さあ、始めよう。私たちの戦いを。




