22. 王への謁見
久しぶりのふかふかの布団でゆっくり眠れた私たちは、
翌朝シルクさんに呼ばれ、これまた豪華な食堂で朝食を取っている。
村の朝食ではありえないほど贅沢な朝食。
ジュージュー音の鳴っているお肉のかたまり、湖でとれた白身魚の揚げ物、湯気の立ったコーンスープ、水気のついた新鮮なサラダ、珍しいフルーツまで、
豊富なメニューが、大きな机の上にずらーっと並んでいて、自由にとって良いとのことだった。
リズとエリはこれ幸いと、フルーツを大量に自分の皿に積んでいる。
ちょっと恥ずかしいからっ 笑
なんか至れり尽くせりってこういうことだと思うけど、ここまでくるとなんか申し訳ない気になってくる。
ちゃんとシルクさんのご恩に、お返ししないとな~。
そんな思いを狙ったかのような、まさにそんなタイミングだった。
シルクさんから衝撃の発言があった。
「このあと、昼前にゴルドア王に謁見していただきますので、皆さんには着替えてもらえますね」
さらって世間話かのように言うから、最初聞き逃してしまいそうになった。
はっ?
どういうこと?
おいしい料理で最高の笑みを浮かべていた私は、
そのまま笑みのまま固まり、目だけ確認のためシルクさんの方に向ける。
えっ‥‥?
「皆さんがいらっしゃったことをお話ししたら、王がぜひとも会いたいとのことでしたので」
えええええぇぇぇぇぇぇ!?!?!?
ちょ、ちょっと!
口から吹き出しそうになりかけて、慌ててコップの水で口の中のものを飲み込む。
王って?
ゴルドア王?
いや! 1mmも関わったことないよ!?
なんとなくディケイの女子修道院での、あのイケメン領主アレクサンドリア様との会合を思い出す。
「心配しないで下さい。王は話したいとおっしゃっているだけなので」
私たちはなに一つ口にしていないのに、シルクさんは次々と私が欲しい回答を口にしていく。
いや、これは絶対わかっててやってるでしょう!
あまりに話がスムーズに進みすぎて、私は水で流した食べ物が喉に突っかかりそうになり、
慌てて胸をとんとんしている。
「ただ一つだけ。イリィ様の生まれだけは勝手に報告させていただいております」
「それでも悪いようにしないとおっしゃられて、城下に居住することをお許しいただきました」
それは ―――。
ようやく落ち着いた私は、口を開く。
「‥‥‥この街に住む限りは、挨拶に来いということ‥‥‥ですね?」
「そう受け取っていただいて構わないと思います。この国はピレオーツ村の救援要請をうけて、ルクシオン魔導王国との開戦を決意いただいたので」
‥‥‥。
「その言葉の意味はどちらに捉えたらいいのでしょう? ゴルドア王が会いたいのはピレオーツ村のイリィとしてでしょうか、魔導王国のアイテールとしてでしょうか」
「両方の意味だと思いますよ。大丈夫です、悪いようにならないことはこの私が保証します」
あいかわらず、シルクさんは色々な企みが得意だ。
どこかの国の宰相になった方が似合っている気がする。
私たちは気乗りするしないに関わらず、
こうして城へ参上しなければならなくなったのである。
その後、侍女侍従が何名も食堂に現れて、一人一人部屋に連れ去られていく‥‥。
そして家族全員、シルクさんの用意してくれた衣装に着替えさせられ、
あっという間に馬車に乗せられ登城させられたのだった。
息を継ぐ暇もない‥‥‥。
今は、城の謁見の間の控え室で順番を待っているところ。
「イリィー、ぼ、僕はどうしたらいいの~。王様と会う時の礼儀なんて知らないよ~~」
ディストルが緊張し過ぎて泣きそうになっている。
そうだった 笑
彼は侯爵家に仕えていたので一通りの礼儀作法は叩きこまれている。
でも、公式の場で王の前に出るような教育は受けていない。
私も緊張していたんだけど、彼のそんな姿を見ていたら、
そんなのもどこかにふっとんでしまう。
これは私がしっかりしないと!
「そんな気を張らなくても、貴族じゃないのは向こうも知っているんだから大丈夫よ 笑」
「そんなこと言っても~~~ 泣」
「とりあえず下をむいてかしこまっていれば、大丈夫だから」
ゴルドア王は ――― シルクさんから聞いた話では ――― 実直で裏表のない人柄らしい。
ちょっと感情的になることもあるけど、失礼さえなければ心配することはなにもないと。
そういえば故郷の王様である、ルクシオン王はなにも話さない人だった。
王の隣にはいつもミディエル第一王子がいて、ほとんどの政は王子が取り仕切っていた。
そんなミディエル第一王子も今はミディエル陛下。つまりルクシオン王になったということだ。
何があったかは詳しくは聞いてないけど、いまさらあの王国になんの縁も感じない。
知りたくもない。
控え室では、色んな人が静かに順番を待っていた。
大商人、他国の外交官、騎士団長、他都市の領主‥‥‥。
皆が子供連れの私たちを珍しそうに眺めてくる。
やはり場違いかもしれない‥‥。
一応、貴族風の服を貸してもらったものの、どう見てもうちの家族は貴族に見えない。
「こらっ! リズ! 大人しくしなさーい!」
「ヤダーー、ママあそぼー」
私は、部屋の中を走り回るリズを止めるのに必死になってるし、
一方のエリも、部屋の中のあちらこちらを、興味津々に見回っていて落ち着きがない。
どこからどう見ても、田舎からのお上りさん一家‥‥‥。
いつもこういうときに頼りになるディストルは、
緊張し過ぎて、真っ青な顔をして下を向いて、
椅子深くに座り込んでいるのだった。
これ、本当に王様の前に出ていいのかしら‥‥‥。
私は不安を通り越し、なるようになるしかないと、腹をくくる他なかった。
今度こそ最後は私が守る。もはやその一心だけ。
そんなこんなドタバタしていたら、早々にも侍従の人から声をかけられる。
「アイテール・オルペ子爵夫人とその家族ご一行」
‥‥‥出番だ。
私たちは、謁見の間に繋がる巨大の金の両開きの扉の前に案内される。
家族4人だけ扉の前に立つ。
逃げ場のない重みだけがのしかかってくる。
心なしか、
息が苦しい。
「これより! ピレオーツ村からお越しのアイテール・オルペ子爵夫人とその家族ご一行、拝謁賜りますっ!」
扉の向こうから大きな声が聞こえ、謁見の間の大きな両開きの扉が、ゆっくりと開かれる!
「ダンッ!」
扉の両側にいる衛兵が、槍の柄と足を揃えて、石の床を高らかに鳴らす。
目の前には端を金糸の刺繍で飾られた赤い絨毯が、数段上がった所にいる王座まで延びている。
王座に座る王には、目を向けられない。
空気の重苦しさが、自然と私の頭を垂れさせる。
私たちはただリズとエリの手をひきながら、静かに赤い絨毯を進んでいく。
重苦しい静寂が、この縦長い部屋を支配していた。
リズもエリもこの部屋の雰囲気に飲まれ、大人しく私たちに手をひかれている。
私は王座の前の衛兵の前まで歩いていき、かろやかにカーテシーを披露し、
一呼吸してから、
はじめて頭を上げ、王の姿を目にする。
王は齢は初老で、顔に深いシワを刻み、白髪交じりの豊かなあごひげをたたえていた。
ただその目は歳を一切感じさせない。
鋭い眼光でこちらを見つめていて、その表情からは何も読めない。
「ピレオーツ村から参りました、イリィでございます」
「ルクシオン魔導王国オルペ侯爵家は廃絶となりましたので、イリィと呼び捨ておきくださりましたら幸いにございます」
横を見る余裕はないけれど、隣でディストルがただ頭を下げてかしこまっている。
「よい。わしはアイテール子爵と呼ぼう」
「‥‥‥陛下の御意のままに」
「どんな輩と思っていたら、こんな綺麗なご婦人であったとは。シルクもだまっているとは具合のわるい奴よのう 笑」
「お褒めの言葉を賜り、また、陛下にお目にかかれる機会を賜りまして、家族一同恐縮しているところでございます」
貴族の基本である社交辞令から入るこのやり取りはいつまでたっても好きになれない。
そういう意味では魔法軍は身分不問で、話し方もまどろっこしくなくてとても楽だった。
「ルクソンでの件は残念であったな」
一瞬息がつまる。
でも、私は既に乗り越えている‥‥はずだ。
「‥‥陛下にお心配りいただき、大変勿体ないことでございます」
「もう、昔のことでございますゆえ」
なかなか本題に入らない‥‥。
なんだろう、私たちが関係しそうな話なんて思い付かないんだけど‥‥‥。
今更、ディケイの領主アレクサンドリア様のように、魔導王国の情報を引き出したいというのもないだろう。
私がいたのは、もう五年近く前の話になるのだから。
「シルクからはこの街に住みたいと聞いておるが相違ないか?」
「はい、陛下のお許しをいただけるのなら‥‥。私の夫ディストルは、この街の生まれなれば」
ディストルを一瞥するが、聞こえていないようにまるで動かない。
その緊張が伝わるのか、リズもエリも、
連れてこられた飼いウサギかのようにほとんど身動きしない。
ここは私がどうにかしないと!
私は胸を熱くする!
今度こそ失敗できないから!
私のそんな熱い胸の内を知ってかどうか分からないけど、
ゴルドア王は短く返事を返す。
「よい」
その声を聞いた瞬間 ―――
不覚にも私は破顔してしまうのだった。
「よかったー」って、心の中で喝采を叫びまくっている 笑
我たちには行く先がなかったのだから‥‥。
「アイテール子爵よ」
ゴルドア王は一呼吸を置いて、そのまま言葉を繋げてくるのだった。
「は、はい!」
私は、”気を抜いたところを見抜かれた?!” と 焦りに追われ、目がふらついてしまう。
汗でしっとりしている手を必死に隠そうと、
無駄に両手でスカートの前をギュッと掴んでいる。
「お主はその笑った顔の方が、美しいと思うぞ」
「なっ!?‥‥‥」
‥‥言葉を繋げない。
ちなみに王座の下にいた執行官と書記も驚きの表情を浮かべて、
振り返っていたので、そういう性格ではないらしい。
隣でさすがに、ビクってディストルが反応している。
「冗談だ 笑 長ったらしいやり取りは実は嫌いでな。今回の用件を端的に伝える」
王は口調も話すテンポも一気に変え、フランクに話してくる。
「この街に住む条件は、我が臣下となり、魔導王国との戦いに馳せること」
「その代りに我が王国の侯爵の称号を、お主に授けよう」
『ええええ~~~っ!』
私だけじゃなく、その場にいる全員が声を上げる!
今後こそ衛兵も含めて、皆驚きのあまり目をまん丸にして、王を見つめているのであった。
しょ、正気!?
女性に貴族の称号なんて聞いたことがない。
この世界では普通、伯爵家の夫人は伯爵夫人、娘は伯爵令嬢と呼ばれるのが通例。
それは男性貴族の付随物としての扱いだ。
さらに侯爵となると上から二番目の高い爵位となる。
私もその意図は測りかねていた。
そもそもゴルドア王とは初対面のはず‥‥。
なんで?
「そ、そんな名誉をいただく器ではございませんので‥‥‥」
私は世界を旅してよく分かったんだけど、貴族社会とかそういう格式ばるものより、
市井の生活の方が性に合っている。どうにか固辞したい‥‥‥。
「‥‥まさかお主」
ゴルドア王がもったいぶって一拍を置く。
「クォーレ火山・山麓の一件を忘れたのではあるまいな?」
!?
ここはゴルドア王国!?
そして、あの火山で山賊に扮して襲ってきたのはゴルドアの騎士‥‥‥。
正直、今の今までそのことを忘れていた。
「まさかっ!」
「我が精鋭の騎士団を一網打尽にした恐ろしき所業を、誰が為したのとか知らぬとは、いわまいな?」
王の大きな声が高く深く、部屋の中に響き渡る。
‥‥‥。
その言葉の圧力に負け、もう私は王の目を見ることができない‥‥‥。
な、なんでバレているの!?
こめかみから嫌な汗がつたってくる。
このままでは家族諸共捕らえられ、首をはねられて不思議じゃない状況!
私を下を向いたまま、いくつかの魔法イメージを頭に思い浮かべてしまっていた。
緊張の糸が張り詰める!
衛兵が槍を手前に構え、穂先をこちらに向けてくる!
‥‥‥!
ただ、意外にもその緊張の手綱を緩めたのは、
――― ゴルドア王ご自身であった。
コロッと態度を変え、声色を柔らかくして話しかけてくる。
「そこの、お主の可愛い子供たちのためにも、あって困るものでも無かろう」
‥‥‥‥‥‥。
それはそうかも‥‥‥。
私は色んなことを考えてしまって、返事を返すこともできなくなってしまっていた。
そんなこと急に言われても、「どうする? どうする?」 と考えがまるでまとまらない。
ゴルドア王はこれを是認したと捉えたのか、一気に話のまとめに入る。
「アイテール卿、お主には我が街の隣にある宿場町グルシャの所領を与える」
「これから始まる魔導王国との争いの場では先陣を切るよう。話は以上だ」
さらに唖然として、目が虚ろになっている私を追い立てるかのように、
侍従は我々を謁見の間から追い出すのであった。
その後、控え室で待つよう指示があり、
再び侍従が戻ってきた時にはすべての待遇が変わっていた。
「グルシャ侯爵、アイテール卿」
「本日のお泊りに関しましては、シルク商会に一任させていただいております」
「大変失礼なこととは存じておりますが、本日におかれましては、シルク商会からお迎えに来させますので今しばらくこちらでお待ち賜りますようお願い申し上げます」
「翌日以降の侯爵邸のお住まいについては別途明朝にご報告申し上げます。本日の仮のお住まいでお待ち賜りますと幸いにございます」
もー、なにがなんだか‥‥‥わからないよ‥‥。




