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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第一章 火の章
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10. ようやくの和解

掘っ立て小屋から出てきた俺は決意をすでに固めていた。


あの小さくて可哀想な銀色の狼を助ける!

もうこれは理屈ではなかった。正義感でもない。

ただ助ける、それ以外の選択肢が自分の中で生まれてこないだけだった。

そこへどこからかゲイルが俺を見つけて近づいてきた。


「ゲイル、すまない」

「んっ?何のことだ?」

「今までのこともすまない。さっきもすまない。そしてこれからのこともすまない」


自分の感情に勢いが付きすぎて止められない。


「えっ!? なんだ?なんだ!?!?」

「さっき俺を心配して小屋の中までついてきてくれただろ?」

「な、なんのことだ?」


ゲイルは俺の勢いに少し戸惑っているようだった。


「フードで隠していてもばればれだったよ」

「なんだよ~。バレてたらしょうがね~な」


ゲイルは苦笑いしながらあごをぽりぽりとかいている。


「な~相談なんだけど、あの子狼を助けたい!」


俺は単刀直入にゲイルに想いを伝えた。


「んっ?ま~そんな顔をしていたもんな~、イルは」

「でも分かってるのか?下手するとこの街にいられなくなんぞ」

「分かっているつもりだ。もしかしたら罪人として追われることになるかもしれないことも。でも俺はあんな可哀想な狼を見過ごして自分だけ旅を続けることはできない」

「世の中あんな不遇な動物は、それどころか似たような境遇の人も一杯いるぞ? 俺はそんなのよく見てきた。奴隷なんか腐った主人についたら機嫌一つで殺されるんだぞ」


ゲイルは本当にその目で見て来たのだろう。声の低さ、言葉の響きに実体験の重さがこめられていた。


「分かってる! でもこれは俺のわがままだけど、あの狼をほおっておくことは絶対に無理!」


それに対して俺は単なる感情論でしかなく、駄々っ子と何も変わらない。それでもこれは俺の筋だ。


「ま~イルがそこまで覚悟を決めてるんなら、俺は何も言わないよ。手伝えることは言ってくれ」


ゲイルは俺の意思の強さを確認したら納得したようだった。


「ありがとう! そして今まで色々黙っていてごめんなさい」


ゲイルは不器用に鼻を鳴らす。それだけで、許してくれたのがわかった。


一度謝罪の言葉を口にしたら、それまで固くなっていた気持ちが嘘のように消えて、すべてを正直に話すのが正しくて、それを今すぐにしなければならないという気持ちになった。


それから俺は宿に戻りながら今までのことを全てゲイルに打ち明けた。


魔導王国の貴族の子として生まれ魔術師として育てられてきたこと。

魔法軍で参謀を務めるまでの魔術の腕があったこと。

魔法軍では数々の敵を巨大魔法で吹き飛ばしてきたこと。

ある時、事故にあって魔力が逆流してしまい生死をさまよう経験をしたこと。

そして死にかけていた俺を助けてくれた二人の女魔術師が‥‥‥、俺を救ったせいで、逆に命を落としたこと‥‥‥。

そのおかげで、命は救われたけど、男でなくなったこと‥‥‥。


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? イルって女なの!?!?」

「いや! 心は男のつもりだよ! そこは間違えないでくれ」

「いや、え~~~~、ちょっとなにがなんだか‥‥‥」


ゲイルは大いに戸惑っているようだった。

俺が女性体でもゲイルが困ることは何もないと思ったんだが、想像以上に過剰な反応だった。


「ほんとっ! 今までとなにも変える必要ないから!!」

「なんか、なんかさ~‥‥‥。ええっと‥‥‥いいんだっけ?」


ここらの地域では女子は家の中で大事に育てるというのが風習となっていた。

それは女子本人のためというより、家の大切な財産だからといった趣が強い。

女は、家の繁栄や労働力の確保のため、数多くの子供を産むことが社会的にも家族的にも期待されていた。

特に魔導王国では魔術師の人口を増やすことが国是として定められておりその傾向はより一層強いものだった。

俺があの街を抜けてきた理由の一つでもある。

種馬なんてまっぴらごめんだ‥‥‥、正確には ”繁殖牝馬” か、どちらにしろ冗談じゃない。


「今まで通りクソガキのガキンチョ扱いで良いから!」

「ぶっ、なんだよそれ! ぶははははっ」


ようやくゲイルは目の前の状況を飲み込んでくれたらしい。

俺は俺で、ゲイルと仲直りが出来てようやく肩の荷が下りた気分になっていた。

今更だけど、なんであんな意固地になっていたかは自分でも不思議でしょうがない。

若さということにしておいて欲しい‥‥‥。



その後、部屋に戻った俺たちは子狼の救出作戦を練る。

作戦自体はそんなに難しくない。狼の檻を見つけて扉を開けるだけだ。

多分、相手も警戒していないだろうから、簡単に事は運ぶだろう。

もっと発生確率の高いリスクは狼自身が自分で逃げ出せるかだ。

狼を抱えて逃げるのは無理があるし、警戒されて噛みつかれる可能性の方も高かった。


そのほか万が一の幾つかのシナリオを立てて、それぞれに対応策を練っていく。

念には念を ――― それは俺が魔法軍で学んだ、最大の教訓でもあった。


その後決行に向け俺たちは早めの寝床につく。

今日の深夜、作戦決行だ!

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