11. 子狼の救出
今日は幸いにも雲が多くて、月の光があまり見えない。
街の人は灯りを消して眠りにつくため、街の中はほとんど真っ暗であった。
俺達は昼間訪れた掘っ立て小屋の近くまでやってきていた。
昼のムチの音が頭の奥から聞こえてくる。
”パチンッ! パチーンッ!”
風も動物の鳴き声ひとつなく、静まり返っていて物音ひとつ聞こえてこない。
俺達は一応、暗闇に目を慣らしていたのだが、それでも視界はぎりぎり。
きっと屋内に入るとなると本当に何も見えない。
見つかるリスクは高まるのだが手燭に火打石で火をつけるしかない。
「カチッ!カチッ!」
火打石を叩く音があたりに響きわたる。
「カチッ!カチッ!」
静まり返った中だと音がとても大きく聞こえて、背中を汗が伝ってくる。
前なら『ファイア』一発だったのに‥‥‥。
ようやく三回目で火種をつけることができた。
ぼっとした火種を手燭に火を移したとたん、ぽわっとして大きな光に変わって少しビビってしまう。
「さっ! いくぞっ」
俺はゲイルに声をかけ素早く小屋の中に忍び込むのだった。
中は昼間入ったときと同じように目の前にステージがあったが、真っ暗の中誰一人いなく、ガラーンとしている。手燭の灯りだけではステージの奥や脇がどうなっているかは見えず、闇に飲み込まれてしまいそう。
俺たちは昼の記憶を頼りにステージの上手袖に向かってそろりそろりと近づいて行った。
風属性魔法が使えていれば、この先に人がいるか確認することもできたのに‥‥‥。
出来ていたことが出来なくなるって、自分の一部が失われたようで、じりじりと胸の奥が痛んでくる。
舞台袖は棚が並んでおり、いろいろな小物が雑然と置かれていた。
床にも色んな小物が落ちていて歩きづらい。
小物を踏めば音がなり、足をくじく可能性もある。
俺たちはただ慎重に下を確認しながら奥の方へ進んでいく。
ゲイルがいつでも剣を抜ける態勢で後ろからついてきて、俺はその頼もしさを背中一杯で感じているのだった。小物置き場はあまり大きくなく、すぐに小屋の裏手の少し開けた広場に抜け出る。
さっきまで止まっていた風が後ろから吹き抜けギクッて驚き、足を止めてゆっくり辺りを見回す。
ビンゴッ!
広場では、大小さまざまな檻があり色んな動物たちが中に閉じ込められている。
寝ているゴリラもいれば灯りに気付いてこちらを興味深く伺っている猿もいる。
俺達は昼間見た子狼を一つずつ檻を覗きこみながら探し回った。
そこに置いてある檻は全部見たと思うのだが残念ながら子狼は見つからない。
”間に合わなかった!?”
一瞬悪い想像が湧きかけたが、ゲイルが小さく肩を叩いて広場の先にある小さな小屋を指さしてきた。
そっか、あれ程酷いケガをしていたのだから別の所で治療を受けているのかもしれない。
俺達は小屋の前でなかをうかがう。
扉の隙間からは光が漏れていないので中に誰もいないようだ。
俺たちはドアの両側に立って不測の事態に二人で対応できる態勢を取る。
そっとドアに手をかける‥‥。
「‥‥ガタッ」
鍵か‥‥‥。
「どーにかできるか?」
ドアを挟んで反対側にいたゲイルが小声で確認をしてくる。
童話の中では魔術師が宝物のカギをアンロックするのはよくある話だ。
だが残念ながら実際は、人工物を都合よく動かしたり変化させる魔法は存在しない。
俺は首を横に振る。
「そっか。‥‥‥なら壊すぞ。」
ゲイルはドアから距離を取り、ドアに向かって体当たりで突っ込む姿勢を取る。
「ま、まって‥‥‥。」
当初からその予定だったと言えばそうなのだが、これだけ静かな街中でドアをぶち破れば、その衝突音で大騒ぎになる。
風属性魔法を使えれば音を遮断することが出来たのに‥‥。他に方法がないか考えろ、考えろ!
心身魔法で自分を強化してもドアを壊せば大きな音が出るのは変わらない。
一度戻って鍵職人を操って連れてくる? 現実的でない。
こうなったらこの辺り一帯全体に『スリープ』の範囲魔法をかけて、音が出ても誰も気にしない状況にするしかない。これは ”賭け” だ。
特定のターゲットを相手にしない範囲魔法は、その範囲の距離に2乗して、莫大な量の魔力を消費する。
なおかつ万が一、魔法耐性が強い人がいたらその人にはかからない。
それは術者でも気付くことが出来ないのだ。
魔法学校でも範囲魔法は魔力の消費の割に効果が不明確なので悪手であると教えられていた。
さらに範囲魔法はがやっかいなことは無差別なことだ。今回は近くにゲイルがいる。
ゲイルにはかからないよう、『レジスト』をかける必要がある。
同時に違う種類の魔法を別々のターゲットにかけるのは相当に至難の業だ。
魔法学校の先生でもほとんどうまくいかない。
「ゲイル、これ持ってて」
「んっ?」
俺は少しでも難易度を下げるため、『レジスト』の魔力回路を刻んだ黒いオニキスの宝石をゲイルに渡す。俺が普段から持ち歩いているものだ。
「今からみなを眠らせてみる。もし急激に眠気を感じたらこの宝石を自分の額に近づけて耐えて欲しい。そして魔法がかかっていうちにドアを破ってくれ」
「‥‥ああ、分かった」
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。スリープの魔力回路のイメージを頭に思い浮かべる。
スリープ自体は難しい魔法ではない。ただ範囲魔法に転換するための回路とそこに流し込む魔力の制御は慎重に行う必要があった。
そして同じ強さでゲイルが持っている宝石にも魔力波動を送る必要がある。
俺ならできる!俺はそう念じながら魔力を解放した。
『スリープ×ディフュージョン』
魔力回路が激しく光り始めるのを感じる。まずは自分のイメージする形に魔力回路を安定させていく。
今回の場合は漆黒の海できらびやかな輝きを纏った高い波が全方向に押し寄せていくイメージだ。
このイメージを固定化するだけで自分の魔力の3分の1は消費してしまう。
そのまま波動の発生地点に魔力を一定間隔で流し込む。強すぎてもタイミングがずれても波動が弱まってしまう。常に一定のタイミング、一定の強さで続けなければならない。
そして同時に自分の右手からゲイルの方向に魔力を放ち続ける。ゲイルの手の中にある宝石の魔力回路が活性化していることは仄かに感じられていたが、それがどれぐらい効力を放っているかは気にしている余裕はない。
この夜の静寂の中、美しい輝きの魔力波動が波のように500m四方に広がっていく‥‥‥。
魔法の発動に集中しているせいで周りがどうなっているかは何もわからなかった。ただ気付いた時にはドアが開いていてゲイルが俺の肩を叩いているの感じた。魔力の注ぎ込みを徐々に絞っていく。
魔法というのは発動だけでなく終結もすごく大事。
魔力の流れを一気に止めると、魔力回路に流れていた魔力波動の余波が、自分自身に返ってくることがある。俺が事故で死にかけたあの時もそうだった‥‥。
「ふぅ」
ようやく周りの状況を把握できるまで落ち着くことが出来た。
ゲイルは笑顔でおれに「やったな!」って親指を立てて合図してくれていた。どうやらうまくいったようだった。ゲイルは部屋の中に早く入ろうとせかしてきた。
まだ終わっていない! 狼の元気な姿を見届けていないのだから。
部屋の中からは、
「キャンキャンッ、キャンキャンッ」
大きな吠える声が聞こえくる。魔力を使いすぎてぼーっとしてしまっている。
「よし、入ろう」
地面に置いていた手燭をもって部屋の中に入る。
そこはベット二つ分ぐらいの小さなスペースで、檻に閉じこまれた例の子狼がいるのだった。
”良かった~~~。生きてるっ!”
先ほどの『スリープ』の魔力波動を間近で受けていたはずなのに、まるで影響を受けていない。
まだ自分の魔力回路は使いこなせてないと思うのに‥‥‥、これは相当優秀な子だ 笑
ついま魔法学校の優秀な後輩たちの顔を思い出してしまう。
ただ、今はそれどころはない。
鉄で補強された檻。
人の力で壊せる気がしない。大きな南京錠でかたく締められている。
「もう時間がないから、今すぐ壊していいか?」
ゲイルが檻を見ながら話しかけてきた。
「えっ壊せるの?!」
にやって笑うと、どこから持ち出したのか手斧を取り出して、
『ギュイーーンッ』
俺答えを待つ来なく、檻の正面を一気に粉砕した‥‥‥。
俺は心の中で「うっわ‥‥、まじかよ‥‥‥」って突っ込むしかなかった。
子狼も一瞬ひるんで鳴くのをやめたが、今度はこちらを威嚇するようにうなり始める。
「そろそろ、やべーぞ。引き上げるぞ」
気付くと他の動物たちも音に反応してうなり声を上げ始めていた。
俺は子狼の魔力回路を活性化させて、ここからの逃げ道を頭の中に投影してやる。
正直、動物相手にやったことは初めてなので、うまく伝わっているかは分からない。
でも後は自分でどうにかしてもらうしかなかった。
『ヒール』
それから俺は、治癒魔法を子狼にかける。
口周りの傷があっという間に治っていき、きれいなシルバーウルフの毛並みが復活してきた。
子狼は唸るのを止めて、こちらを観察している。
「ごめんな。人間のこと嫌いにならないでくれよな」
と呼びかけたら、その大きな瞳で俺の目を見つめ返してくれた。
ううっ、かわいいすぎる‥‥‥。
「おい、そろそろ行くぞ」
残念なことにゲイルから声をかけられ現実に引き戻されてしまった。
「またね!」
俺たちはそのまま子狼に別れを告げ、手燭の灯を消して、手探りで元来た道を戻り始めた。
動物たちの鳴く声は大きいがひとの気配はまだなにもない。まだ団員は帰ってきていないみたい。
俺たちは記憶を頼りに手探りで、可能な限り、素早く入口に向かうのだった。
――――――
そのまま結局、誰にも会わず小屋を抜け出すことが出来た。
小屋から100mほど離れたあたりから、人の姿がぽつぽつ見えるようになる。
動物たちが一斉に鳴く声にびっくりして皆起きてしまったようだった。
俺達は平静を装い、宿に戻ってきた。
幸いにも誰も俺たちのことを気にするような人たちはおらず、宿の受付ですら「なんだったんですかね~?」と俺たちに聞いてきたぐらいだ。
「はぁーっ」
全てが順調だった。大成功じゃないかっ!
「やったな!」
部屋に着いたらゲイルが珍しく興奮して、しゃがみながらハイタッチを求めてきた。
俺も興奮してそのハイタッチに応える。
「パチーン」
力の加減が合わなくて、俺の方はちょっとだけ痛い 笑
「これであの子狼が逃げれていれば良いんだがな」
「分かんないけど、きっと大丈夫だよ」
「‥‥‥そうだな。とりあえず今晩は寝て、明日の朝様子を確かめにいこう」
ゲイルの笑顔が優しい‥‥。
「うん」
俺たちはそのまま寝る準備を素早く済まして、寝床に入るのであった。
身体が軽くなったのか、なんだかふわふわしている。
あの子狼の毛並み、撫でてみたかったな~。
正直この夜は興奮してあまり寝付きが良くなかったが、久しぶりにいい夢を見たような気がする。




