12. 異端の魔石
次の日の朝。
パンを口に運んでいるのに味がしない。のどの調子が悪いわけでもないが、ただ落ち着かないのだ。
あの狼は ――― どうなっただろうか。
ゲイルも同じだったみたいで、何度も窓の外を見ながら、いつまでもスープをかき混ぜているのだった。
落ち着かない朝ご飯を食べ終わるや否や、俺たちはほとんど同時に立ち上がる。
落ち着いてから行こう、なんて言葉は誰も口にしない。これ以上そわそわして待つのは無理がある!
朝の出勤に出かける坑夫の後ろを追って広場に駆け付ける。
小屋自体は朝早かったせいか、まだ営業を始めていなかったが、複数の人間があわただしく出入りしていて何かを探しているようだった。ときどき小屋の中から誰かが怒鳴る声が聞こえてくる。
「良かったな、まだ捕まっていないみてーだ‥‥」
ゲイルの声がいつもにも増して柔らかい。
「よかった~~! そうみたいだね~ 笑」
自分の声が思ったより震えていて、笑ってごまかす。
自分でもそれほど心配して緊張していたというのは意外だった。
本当によかった‥‥‥。
胸の奥がふっと緩む。
あとは子狼ができるだけ遠くまで逃げ切ってくれていることを祈るばかり。
本来、狼の群生地はもっと寒い北の方。
ちゃんと北の方に向かってくれていればいいんだけど‥‥‥。
俺はまた少しだけ、拳を握りこんでいた。
広場まで来たついでに、俺たちはそのまま旅の準備をすることにする。
次は最終目的地のクォーク火山の火口だ。ここから何もなければ半日で着く距離。
もし向こうで野宿することがあったとしても荷物はほとんど必要ない。
何もなければ、だ。
“何もなければ”。
最近、この言葉がどれだけ当てにならないかを嫌というほど思い知っている。
運命はよっぽど俺に試練を与えたがっているようにしか思えん。
火口に辿る道の途中に坑道の入り口に作られた小さな村があり、その坑道では大変貴重な宝石が取れるということでその守りも兼ねた集落になっているらしい。
最近別の集団がその採掘権を狙って手を出しているとのうわさが流れていた。
正直俺達には関係ない話なんだが、我々をすんなり通してくれるかはかなり微妙なのだった。
とにかく行ってみて話してみない限りは何も始まらない。
遠回りをすることを想定して本格的な登山をする準備と、万が一の戦闘に備えゲイルの剣を研いでおくことに決めたのだった。
ゲイルは鍛冶屋の方に向かったので、俺は携帯食料等の準備をする。
大した作業ではない。準備の方はさっさと終わらせてしまった。ゲイルの用事の方はそれなりに時間がかかるはずだ。
――― 重い黒。
暇を持て余してそこら辺をぶらぶらしていると通りの一番目立つところに、シックで重厚感のある黒い店が目に入る。
宝石店だ。
宝石店には、宝飾品として身を飾るための宝石だけでなくて、我々魔術師向けに魔力回路を埋め込むための宝石もおいてある。
宝石は石の結晶だ。長い年月をかけて単一の物質が固く凝固して成長していったものだ。
魔力回路を刻み込む石は固くて純度が高ければ高いほどいいと言われているので宝石を使うことが多かった。
「いい魔力回路の宝石があったらゲイルも助かるだろうしなー」
またまた、いい訳めいたことをつぶやいてしまう。既視感。
昔の俺だったら間違いなく素通りだったろうに 笑
まちがえなく、宝石を買うぐらいなら自分でイメージを描いた方が早いと言っていた。
でも最近は街中できらびやかな宝石を身に付けている人がいるとなんとなく、そちらをチェックしてしまっているのだ。
「カランカラン」
気付くと店の扉を開けている 笑
店は二重扉になっていて、内側の扉の前に礼服を着た長身の青年が立っていた。
顔がシュッとしていてかなりの美男子だ。
「お客様、いらっしゃいませ」
雰囲気通りのイケボだ。少しビブラートのかかった低音で心地が良い。
心臓が妙に跳ねる。
「ぁ、あっ」
なぜかつい、どぎまぎしてしまう。
男相手だぞ?! と自分で少し混乱する。
「お客様、失礼ですが当店はどなた様からのご紹介でございますでしょうか」
「えっ、紹介じゃないですけど‥‥‥」
「ご来店いただき有難うございます。ただ、大変申し訳ございません‥‥‥。当店は紹介制となっておりまして‥‥‥」
「そ、そうなんですか。残念ですね」
なんかすべてを見透かされている気がして、顔を真っ赤に染めてしまっている。
下を向いて、短い前髪で必死に顔を隠そうとするが ――― 全く隠れていない。
とりあえず店の外に出ようとしていたところ、店の奥から慌てた感じで大きな声が聞こえてきた。
これまたスーッと通りの良い、バリトンの良い声だ。
「お待ちください! もしやっ、貴方様は魔術師様でございませんかーっ!?」
「えっえ~~っ!?そうですけど~~」
まさにドタバタという音が聞こえてきそうな勢いで内側の扉から男が現れた。
恰幅の良い、いかにもといった風体の商人だった。ちょっと声から期待した姿とは違う‥‥‥。
ただ、ここは王都じゃないのかと疑うようなきちんとした正装だった。
「大変失礼しました! ささっ、どうぞお入りくださいませ!」
その横で先ほどの美青年が何も言わずに最敬礼をしている。
俺は半ば流されるように店内へ入っていくのだった。
店の中は様々なアクセサリが飾られていた。
天井近くに配置された横長の窓から差し込む光だけでは足りず、ランタンが何ヵ所か灯されている。
俺は色んなアクセサリに目移りしていたが、店主にそのまま奥の方まで促されてしまった。
ちょっと残念な気もしたが、大人しく従っていくしか他ない。
応接室の入り口にはドアはなく薄いカーテンレースで仕切られていた。
レースの模様には金色の刺繍が施されていて高価な品物であることが一目でわかる。
応接室のなかは白いレースの布をひいたローテーブルを真ん中に、向かい合わせに本皮のソファーが並べられている。
「ささっ、奥へどうぞ」
俺は促されて奥のソファーに座る。うちの実家にある一級品と同じぐらいだ。
ちょうど良い反発性の高級ソファー。
「改めまして大変失礼しました。魔術師様がこんな辺鄙なところまでお買付けに来られることは滅多にございませんでして」
「い、いやそんな気にしなくていいです。そもそもローブ姿じゃないですし‥‥‥」
俺はいつもの旅の服装で来ている。
馬車ならともかくローブ姿で旅行なんてとんでもない。
「ご謙遜されなくても、相当名のある魔術師様とお見受けいたしました」
「いえ、そんなことはないですよ」
「失礼ながら昨晩の広範囲魔法も貴方様でございますね?」
「えっ‥‥‥」
部屋の温度が一気に下がり、緊張で瞬きすら忘れてしまう‥‥。
なぜそれを? どこで?
目の前の商人は柔らかく笑っているものの、その目はこちらを見定める意思を湛えていた。
「私もこの『レジスト』の宝石が無ければ全く気付かないところでした 笑」
「ええっ!?」
前にも話したが、魔力回路を刻んだ宝石だけあっても意味はない。
かならずそこに魔力を流さなければ魔法は発動しないのだ。この商人が魔術師!?
「いえいえ 笑」
「ではどうやって!?」
商人はにこりと柔和な笑顔を浮かべて、
「うちの魔力回路入り宝石は特別でして、魔力を供給できるんですよ」
話の展開が早すぎて、目の前の話にしか反応できない。
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?」
俺は大声を上げてしまう。
魔力は魔術師の中か特別な場所にしか存在しないというのがこの世界の常識。
魔力回路は細かい絵柄を彫れる腕のある宝石細工職人さえいれば作ることが出来る。
ただそこに流し込む魔力を供給しなければ単に綺麗に彫られた宝石に過ぎないのだ。
「ははっ、驚かれたでしょう! まぁ数日しか持たないんですけどね~」
「十分凄いですよっ! 魔力を閉じ込めることが出来るだけで凄いです! そこまで出来たら、もう宝石じゃなくて "魔法石" というか "魔石" というべきですね!」
「ですよねっ! そうですよねっ!!」
商人は先ほどまでとはうって変わって目をキラキラさせながら熱い思いを語り始める。
この回路を思いついてから作り上げるまでの苦労。
魔力を供給してもらうため幾多の魔術師に何度もお願いした話。
これが完成すれば全ての人が魔法を使えるようになる可能性があること。
そうなればこの品物はこの世界のゲームチェンジャーになりえること。
正直これは魔術師にとって大いなる脅威だ。
特に魔導王国にとってはかなり警戒すべき異端の品物であろう。誰でも魔法を使えるようになったら魔術師の価値が半減する。
魔導王国は魔法の取り扱いについてかなり気を配っていた。魔法の詠唱方法が書かれた本が市井に流れたことがあったが、噂を確認されるやいなや、すぐに闇に葬られたと聞く。
そんなほぼ禁制品みたいな話を、初めて会った魔術師に暴露してしまうこの店主に、俺は危うさすら感じていた。
それがまさか! 計算づくめだったとは、このときは気付くことが出来なかったのだが。
一通り話し終えたぐらいのところで、ようやく素に戻って自己紹介をしてくれた。
「すみません、興奮して長話してしまいました。私はこの店の店主のシルク・レイです。本日はどのような宝石をご要望でしょうか。宝石細工も私が担当していますのでご希望の魔力回路彫りがございましたらそちらも私の方で承れます」
「こちらこそよろしくお願いします。うーんでは、大きめのガーネットはございますか?」
「もちろんございますが、ルビーでなくてよろしいのでしょうか」
「宝石に魔力回路を彫りこみたいので、比較的彫やすい大きめの石がうれしいです」
「承知いたしました。他に御用はございますか?」
「あっあと、この石をペンダントにしてもらえますか?」
俺は小袋からとりだした黒い宝石を机の上に置いた。昨日ゲイルに持ってもらっていた『レジスト』の宝石である。
「かしこまりました。この宝石にあうチェーンを何点かお持ちいたしましょう。女性用ですか?男性用ですか?」
「男性用でお願いします」
店主のシルクさんは黒い宝石を布で覆われたトレイにそっとのせかえて、そのまま部屋を退出していった。
俺は彼が帰ってくるまで、出してもらった紅茶を飲みながら物思いにふけっているのだった。




