9. 炎を吐く狼
クォーレ火山の麓――灰の匂いがいつも風に混じる大地に、それなりに大きな街がへばりつくように建っていた。名をシリィという。
この街には街壁も城もない。作っても無駄だ。噴火のたびに、石も木も、家々も、まとめて地面ごと剥がされる。それでもこの土地に人が集まるのは理由があった。火山の麓には数々の坑道があって貴重な鉱物が採れるのだ。
落盤事故や有毒ガス噴出は日常茶飯事だ。だが坑夫たちは肩をすくめるだけ。
「今日さえ無事なら、明日のことは明日の俺が考える」
そんな顔をしている。命知らずというより、命の値段が安い街なのだ。命と引き換えに、運がよければ一夜で人生が変わる。
俺達はそんな荒くれ者の、ギャンブラーたちが集まる酒場兼宿屋をこの街の宿にする。
いや単に安かったってだけの理由だけど 笑 今は二人分かかるし。
問題は宿ではなく、部屋の空気であった、
俺とゲイルの間では、相変わらず薄く凍りついたような微妙な空気が漂っていた。
安全のため二人相部屋をとったが、ほとんどしゃべらない男二人で部屋の中にいると、空気がさらに重くなる‥‥‥。だからといって無理やり軽口を叩く気にもならず、俺たちは別々に街へ繰り出すことにした。
街の中心に出ると、昼間から屋台が並び、灰色の土地にしては意外なくらい賑わっていた。
夜は危ない、と宿の親父に釘を刺されたから、俺は夕方には戻るつもりで歩く。
屋台はやはり原石・指輪・首飾りなど、宝石関連の小物を売っている店が多い。次いで食い物だ。
様々な香辛料が風に乗って漂ってきて、さっき食べたばかりというのに腹が鳴ってしまいそうになる。
行き交うのは子連れの女たちと商人が中心で、坑夫はあまり見かけない。
俺は一通り見て回った後、中央広場でうまい焼き鳥屋を見つけて、噴水脇に座ってその味に舌鼓をうっていた。
肉がぷりっと弾ける。塩だけで、これは……反則級にうまい!
エールが欲しくなる。欲しくなるが――
身体は子供、心は大人っていうのもなかなか困る。さすがに酒は子供には提供してくれない‥‥‥。
焼き鳥をついばみながら、ぼんやり人の流れを見ていたら、ふと広場の片隅にカラフルな掘っ立て小屋があることに気付いた。覗き込みたそうに近づく人はいるのに、受付でひと言ふた言交わすだけで、入っていく人はほとんどいない。
露店5つは入るんじゃないか、と思えるぐらいのかなり大きめの小屋だ。
入口にこれまたど派手な着物を着た男が居て、大声で呼び込みをしている。
「いらっしゃい!」
「よってらっしゃい! みてらっしゃい! 毛むくじゃら娘に、巨大な岩を持ち上げる怪力自慢の大男! マグマに焼かれて真っ黒になっちまった可哀想な女! そして目玉は絶対ここでしか見れない凄い奴だよ!」
「なんっつっても炎を吐く狼だ! そうあのクォーレ火山の火だよ!本物の炎だよ!」
「ほら! ほらっ!!今入らないともう見れなくなっちまうよ!明日はいないかもしれないよ!!」
見世物小屋だ。
いや、分かってる、分かってるよ! どうせ嘘八百で後で金の無駄だった後悔することは。でも好奇心があふれてきて想像が止まらない。この手の奴に俺はめっぽう弱い‥‥‥。
えっ真っ黒ってどれぐらい?!
炎を吐く動物だって? そういうこと?
動物の場合は魔力回路があるかないかの前に、魔力を持っていないというのがこの世の常識。狼に魔法は使えないはず‥‥‥。
「ま、まぁ、ちゃんと確認して、がっかりするのも一興だしさっ。時間もまだあるし」
俺は誰に言うでもなく、自分に弁解をしながらその小屋に近づいていく。
大人の醍醐味は――自分の金で、自分が後悔する権利があることだ。笑
「いらっしゃいっ!!」
「‥‥‥んっ? ガキはダメだよ! うちは本物だから高いよ!!」
「(ㇺッ)いくらだよ」
「銅貨50枚だよ。あっちいったいったー!」
シッシッと犬でも追い払うようにしながら入口の男が馬鹿にしてくる。
またもやこのやりとりか‥‥‥。本当に子供の身体になったことが、恨めしくてしょうがない。
またも感情的に反応してしまいそうになるが、ゲイルに鍛えられたせいか、今回は冷静のままでいられた。
「払えばいいんだろ!」
すこしだけ語気が強くなったのは愛嬌 笑
俺は隠しポケットに入れておいた銀貨1枚を取り出して、男の前の机に置いた。
「おっ‥‥‥お前どこの坊ちゃんだ?」
「うっさい。お釣りは銅貨50枚だろ!」
「おっ、おぅ」
俺はあっけに取られている男から銅貨10枚束を5つ受け取ると、そのまま小屋の入り口から中に入っていった。
中に入ると目の前にステージがあり、その前に5列ぐらい横長の客席が並んでいた。
屋根はなくふき晒しだ。ところどころに支柱がたてられているから雨が降ったらテントを張るのだろう。
先客は3人で、商人風の男といかにも夜関係と思われる男女2人だけだった。
客入りが少ない‥‥‥ちょっと不安‥‥‥。
結局俺のあと入ってきたのは、商人仲間と思われる男二人組とフードで頭まで隠した大男だけ。
興行側もこれ以上待っても、客の入りは期待できないと判断したのか、先ほど入口に立っていた男がステージに上ってきてようやく開演の挨拶を始めたのだった。
「皆さまお集まりいただき有難うございます!!私どもはフリーク一座でございます。当一座は世界各国を巡っておりまして、各国でそれはそれはもう!珍しいものを仕入れてございます。これから皆様にお披露目する代物も絶対に他でお目に出来ない素晴らしいものばかりでございます!‥‥‥」
案の定、挨拶の口上が仰々しくて長い。見世物小屋の定番メニューだ 笑
「‥‥‥。さー皆さまお待ちかねです!それでは最初の毛むくじゃら娘ゴリーラの登場です!」
最初の出し物はゴリーラならぬゴリラだった。芸っぽいことも少しはしているが、所詮ゴリラだ‥‥‥。
そして次は力自慢の大男。偽物と思われる大岩を持ち上げて筋肉を自慢している。結局客の中で一人いた女だけが「きゃーきゃー」盛り上がっている。
‥‥‥がっかりすぎる。
自分の馬鹿さ加減を後悔し始めたころ、次の演目――“真っ黒な女性”が出てきた。
黒い、というより漆黒。
そんな異国の女性が踊り子用の下着のような煽情的な格好でステージ上に現れる。光を吸い込むみたいな肌が、日に照らされて滑らかなオニキスのような輝きを放っていた。踊り子の下着みたいな煽情的な格好で、アルトボイスで異国の歌を歌い上げている。
客の男どもは露骨に沸いていた。
特に後から来た商人二人組は凄かった。
かなり盛り上がっていて盛んに口笛を鳴らしている。よく悪目立ちしているなと感心していたら、なんてことはない、夜も一緒に過ごしたいってアピールだったようで、彼女が舞台袖に引き払って早速、スタッフが商人のもとに値段交渉しに来ていた。
ちょっとだけ興ざめ 笑
正直、この身体になってからそこら辺の感覚 ――― 性欲というやつが、すっかり抜け落ちていた。
美しいとは思うけど、下半身からゾクゾクってするような感覚は消え去っていた。
本当男ってしょうがない生き物だよなー 笑
さー最後は、これを見るために入ったといっても過言じゃない ”炎を吐く狼” だ!
「次も本当にびっくりしますよ! これぞ本物! 炎を吐く狼! マルコシアスです!!」
口上が終わり、さあ! 狼が登場すると思って身構えていたけど ―――― 出てこない。
舞台袖の奥から「ヒンヒンッ、ウェーォッ」って悲しそうに鳴く声だけ聞こえる。
「ちょ、ちょっとご機嫌を損ねているみたいですね~。で、でもお客さん! 直ぐに出てきますので少々お待ちを!!」
口上の男が少し焦って、舞台袖に盛んに目配せを送っている。
その奥からはムチで叩く音が聞こえてくるのだった。
胸の奥が、嫌な方向にざわつく。
そして、大男がリードを引きずり ―― 小さな銀色の狼を無理やり引っ張り出した。
ひどく痩せ細り、見るからに虐待されているような毛並みの悪さ。
その口は何度となく火傷したあとなのか黒ずんでいて、尚且つそれが膿み始めている。
その銀色の狼は明らかに怯えていた‥‥。
狼の額には綺麗に装飾されたルビーの宝石が埋め込まれている。
その宝石の模様を一目見て、俺は全てを理解した。
あれは『ファイア』の術式だ。
こいつらは狼の体の中に無理やり魔力回路を埋め込んで、魔法を発動させようとしている!
それでも普通は魔力がなければ発動しない。あるとしたらどこかに魔術師が居て、外から魔力波を浴びせようとしているということだ。
吐き気がする。これは見世物じゃない‥‥‥虐待だ。
俺は舞台袖や客席の後ろを素早く見まわした。
でもそれらしき姿は見当たらない。どこかの物陰に隠れているのか。
『マジックスキャン』
小さい声で素早く魔法を発動させて、周囲の魔力を探索する。
この魔法は魔力波動を検知する。魔術師の魔力回路は、魔法を使っていないときも微量の魔力波動を発生させている。
相当高位の魔術師なら探査波を上手く吸収することで、発見を免れることが出来るらしいが、普通は隠そうとしても波形が乱してしまい結局見つかることになる。
全方位に魔力の探査波を飛ばして反応を確認する。
反応は ――― ひとつ。
舞台袖でも、客席でもない。
えっ!? 本当に?
俺は横に席を移動して再度『マジックスキャン』をしてみる。やっぱりその反応はそちらの方向からやってくる。
反応は人ではない。まさに目の前の狼が、火属性の魔力をため込んでいた!
俺はその探査結果がとてもじゃないけど信じられなかった。
あり得ない!聞いたことがない!
「ほら、お客様に披露するんだ!」
ムチが打ち下ろされる。音が骨に響く。
バチーンッ、バチーンッッ
見ているこっちまで心臓を掴まれている感じがする。
狼は最初ヒンヒン嫌がって拒絶していたが、やがて力を失い抵抗するのを諦める。
そして狼は悲しげに鳴きながら、自らの魔力を魔力回路に流し始めた。
ルビーの魔力回路はすぐに効果を発揮し始め、狼の口の前で炎が灯り始める!
「おおぉ~~」
「これはすごい!」
「本当の炎だ!!」
さっきまで目を顰めていた観客達は炎が浮かぶのを見て、手のひらを返し、盛んに感動の声を上げている。
だがその魔法はちゃんと制御されていない!
ルビーに刻まれた模様が、正しいファイアの術式になっていないのだ。
炎は大きくなったり小さくなったりで、不安定な状態。
一瞬だけ炎が極端に大きくなり、狼自身の口を焼き焦がす。辺りに毛と肉の焦げる臭いが立ちこめてきた。
――我慢できない!
『アンチマジック!』
アンチマジックは中等魔法だが、それを正しく使いこなすのはとても難しい。
相手の魔力回路に同調させながら波動のタイミングを半分ずらすことで逆位相の魔力波動を生み出しその効果を無効化する。
魔力波動は同じファイアと言えども、人それぞれ違うパターンの複合波を持つ。
複合波が持つ数個~数十個の波長に対してそれぞれ異なる操作を行っていかないといけない。
また魔力波動の強さも合わせる必要もあった。
俺はフーリエという解析魔法の術式を組み込んで、ある程度魔力操作を自動化する方法を生み出していた。
狼が作り出しているファイアの複数ある魔力波を正しく解析し、逆位相の魔力波動を、狼に流し込む!
アンチマジックの効果が無事発揮され、狼の口の前で燃えていた炎は小さくしぼんでそのまま消えていったのだった。
狼がきょとんと、俺の方を見てきた。
分かってるのか?
魔力波動の発生源をたどれるとは、魔術師としてかなり優秀だ。この狼すごい‥‥‥。
一方の大男は俺が魔法を打ち消したことに気が付いていないようだった。
炎が出来たことで大いに満足していた。
「皆さんどうですか!! 盛大な拍手を! お捻りを~!!」
客席は興奮のまま拍手し、銅貨が賽銭箱に投げ込まれていく。
その中で、ただ俺だけが冷えていくのだった。
こんなこと、許されるわけがない。
胸の奥で、静かな怒りが――火山より熱く、ゆっくり燃え始めていた。




