20. 二大精霊
神の余計な邪魔が入ったけど、私がやることに変わりはない。
そもそもこの街が、湖の沈んだ原因は、神に近付こうとしたこと。
あの尖塔は、その何よりの証拠。
家族を持つ私が、そんな危険なことをするわけがないじゃない。
ここに来たのは、シルフとの対面するためで、
そして、最後の、風属性魔力を取り戻すため!
「グェッ、グエッ」
イーガーがクビで上を指し示している。
シルフは湖上にいる。
「バサッ! バサッ! バサッ!」
イーガーが先に『ウィンドウ』で一気に舞い上がっていく!
さぁ、行こう! 私も!
『フローティング』
私はイーガーを追いかけるように、湖底から上へ上へゆっくりと舞い上がっていく。
周囲は360度、水の壁が囲んでいて、その壁から重力によって崩れかかってくる水の暴流を、
激しい暴風が下から吹き上げ、その風の勢いだけで水を上に吹き戻しているのだ。
風の妖精が、大量の水の妖精を、その腕で抱えながら、浮き上がっていくのを肌で感じる。
想像ができないほどの莫大の魔力が、この空間を形作っている。
湖面の上まで飛び上がった私は、必要のなくなった『スプリット』の魔法を終了させるのだった。
その途端、眼下ではそれまで割れていた湖畔まで続く長い湖の回廊が崩れ去り、
左右から一気に押し寄せる水の塊で、白く激しく泡立ち渦巻いている。
それはこれから始まる話の複雑さを示すように、複雑な動きを見せていた。
まずは挨拶からね。
自分の精神体を精霊界の自分の界に転移する。
この間、大瀑布ローツで、私が創成した私の界。
もうここまでは手慣れたもの。
この層を媒介として、さっそく二人の精霊を呼び込む。
意外にも精霊たちは、あっさり私の招待を受けて、その姿を現す ――― が、
登場したときから既に、目の前で、取っ組みあいの喧嘩をしている!
水色の髪の長い清らかな乙女と、
銀白色の髪の短い優雅な少女が、
その姿にも似合わず、お互いの髪を引っ張り合いながら、
言葉にもならない金切り声を上げているなんて、
もうこれは ――― 笑うしかない状況? 笑
ちなみに、これは私のイメージが反映されているだけで、本当に肉体的な取っ組み合いをしているわけではない。
でも二大精霊が、お互いに自らの存在をぶつけあって、相手の存在を消し去ろうとしているのは、本当だった。
いや‥‥‥どちらかというと、シルフが抜け出そうとしているものの、
オンディーヌの存在が邪魔で、上手く抜け出せていないだけなのかな~。
風の妖精が水の妖精を霧に変え、
水の妖精が風の妖精を氷の欠片に変えて、壊していく。
銀白色と水色の妖精の姿が対消滅する瞬間、
あちらこちらで虹色のきらめきが飛び散るのがとても幻想的‥‥。
つい見とれてしまっていたけど、このままじゃ問題は解決しない。
そもそもなんで、こんなことになっているの?
そもそも風と水はお互いに関わることなんて、ほとんどないはず。
空と湖には明確な境界線がある。
誰よ? こんな状況にしたのはっ!
”遠い遥か昔の話ね‥‥”
”ルーチェ神の怒りの一矢に、対抗して魔術師に呼び出された大精霊が、巻き込まれてしまっただけ”
ということはやっぱり、この湖に沈んでいるあの街の廃墟は、やっぱりゴルドーなの?
”そうね。正確に言うと押しつぶされただけで、元々湖の底に沈んでいた訳じゃないわよ”
”神の怒りで出来た巨大の穴に、雨が降り、水が溜まって出来たのが、この湖だから”
神様なら、
ちゃんと後始末してから、去っていけばいいのに‥‥。
なんとはた迷惑な‥‥。
なんか数百年前の、神々がやり残した不始末を、こんなちっぽけな私が片づけさせられている気分。
そのおかげで大精霊たちも、こんな無駄な喧嘩を何百年も続けているのよ?
ほんと、不毛すぎる‥‥‥。
私は、早速オンディーヌにコンタクトして、湖を割り、
シルフが通るための地上に繋がる道を作る許可を求める。
『スブリット』で水の妖精を動かすには、オンディーヌの許可は欠かせない。
そしてそんな簡単に許されるのなら、もうとっくの昔に解決していたはず。
予想通り。
その途端に噴出する、
”驚き”、”怒り”、”腹ただしさ”、”憎らしさ”。
私がこの間滝で受けた冷気とは比べものにならないぐらいの、
白より白き気持ちの塊、感情の嵐が襲いかかってきた!
これが何百年も続くこの戦いの鬱憤なのね。
人では想像ができない位の、激しい想いにまみれていた。
だから、喧嘩は早めに仲裁しておいた方がいいんだから‥‥。
ねえ神様方‥‥。
こんな、ひねくれた大精霊方をどうすれば良いのよ?
‥‥‥もぅ。
一昔前の私なら、考えもなしに、まともにぶつかって、
オンディーヌを正面から、どうにかなだめようとしていたかもしれない。
実際、大瀑布ローツではそれがうまく行った。
でも私も、
もう子供じゃないから。
ディストルの、この間の村の総会での立ち回りを、思い出していた。
彼のタイミングを見計らった言葉は驚くほどすんなり、皆に受け入れられていた。
そう‥‥‥真っ正面から立ち向かうことが、
必ずしも正解じゃない。
私だった、少し反省をしている‥‥‥少しね 笑
私は、彼女の圧力を、ただかわして、彼女の気が済むのを待ち続ける‥‥‥。
私の横を通りすぎていく、乱暴なほどまでの人智を越えた力のかたまり。
でもそれは私に向けたものじゃない。
まともに取り合わなければ、ただ通りすぎるのを見届けるだけ。
待つことの重要性。
これが学んだことの根幹。
‥‥。
‥‥‥。
‥‥‥‥。
それは、永遠にも思える時間だった。
そもそも精霊界では時間の感覚が鈍い。
百年が一秒だったり、一秒が百年近い間を持ったりする。
あっという間に桜が散り、
あっという間に子供が大人になり、
あっという間に樹が腐り、その隣に、その子供の樹が生えてくる。
今回は、幸いにも百年を待たずして訪れるのだった。
激流のような感情の流れが、一瞬だけ息継ぎをするように緩む。
私はその瞬間を逃さなかった。
『レイン』
魔力回路に描かれる、上から落ちる水の直線的なイメージ。
その回路を泳いでいく水色の妖精たち。
でも、
魔法は、
――― 発動しない。
そう、『レイン』は、水属性だけでは発動しない。
発動には風属性が必須、ほんの少しだけど‥‥。
空の上に浮かぶ雨雲は、空気に溶け込んだ水蒸気が水に戻ったもの。
でもあんなに自由に空を行き来できるのは、風の導きがあってこそなのだ。
私は黙り込むオンディーヌに、イメージを静かに共有する‥‥。
この湖の水すら、風が雲を運んでくれないと、ほんの数十年で枯れるのだと‥‥‥。
私たちは、ライバルにすら生かされている。
これは不都合な真実。
でもこれこそが、この世界の運命なのだ。
私は再度、作ってあげるようにお願いする、
オンディーヌに‥‥‥。
彼女は少し渋ったものの、
もともと水の精霊は静の精霊。
動くよりはただ静かにそこにあり続けるだけの方が好む。
こんな争いを続けていることは、彼女の本来の趣味じゃない。
「ザザザザザーーー」
私が使った『スプリット』とは比較にならない規模で湖の水が割れ、
湖の中心から地上に抜ける道が出来る!
シルフは数百年ぶりにようやく抜けられる道が出来たことに歓喜し、
私の中を突き抜けて、あっという間に去っていくのであった。
私の魔力回路にその残り香として、
風の妖精が残されていた。
つ、ついに‥‥‥!
今までの興奮とは違う。
「ようやく終わった」という安心感というか、充実感が、
私の中を満たしている‥‥。
地上界の肉体に意識を戻したら、ちょうど割れた湖が、
元の姿に戻ろうとしているところだった。
「イーガー私たちも帰るよ! 戻るべき場所へ」
『ブラスト』
ここ何年も使っていなかった、懐かしき躍るような複雑な魔法イメージに、
銀灰色の風属性の魔力が流れ込んでいく!
私の魔力回路のイメージに反応した風の妖精が、楽しそうに爆風を発生させるのであった。
私はイーガーと一緒に空を飛ぶ!
あーこれが、風をまとうってことよね!
イーガーのように風を操る翼はないけれど、風の向きを変えることで飛ぶ方向を調整できる。
土の神殿で使った『エクスプロージョン』より何倍も簡単じゃない!
『ママーーー!!』
あっという間に湖の上を飛び超え、
湖畔にたどり着いたときに聞こえてきたのは、
愛しい我が子二人の可愛い叫び声であった 笑
『ただいまーー!!』
私は長年の目標だった、四元素魔法を取り戻すことを達成した。
なのにどうしてだろう。そこまでは嬉しくはない。
ルクソンを飛びだした時はそれこそ、この瞬間を何度も夢に見て、
その時は神にもなったかのような気持ちになるだろうと思っていたんだけど、
何かが元にストンと元に戻って整っているだけで、それ以上のものは何もない。
私はディストルやリズやエリをこんな顔にさせてまで、
何をしたかったんだろうね 笑
「イリィーーっ!! よかった、良かったよーーー。もう湖の水が元に戻ったときは溺れているんじゃないかと心配で心配で!」
『ママ―! ママーーー!!』
皆ぼろぼろ泣きながら私にしがみ付き、抱きついてくる。
ごめんねみんな、心配かけて 笑
もう私の戻る所は魔法軍でもルクソンでもない。
私の居場所はこの家族なんだから。
この家族をディストルと一緒に守っていきたい。
イーガーとロウが温かい目で、私たちの姿を見ているような気がしていた。




