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性別が変わっても俺は私  作者: 蘭熊才王
第四章 風の章
106/122

17. 宿場町グルシャ

ゴルドアは、ディストルの故郷だ。

私はディストルに街の印象を聞いてみる。


「どんな街なの?」

「うーん、あんまり覚えていない‥‥けど、通りが暗かったイメージが‥‥‥」


‥‥‥。

聞かない方が良かったかも‥‥。


馬車も今はどんよりと暗い、黒い森の中を走っていた。


街道がきちんと整備されていて行きかう馬車もあり、もの恐ろしさとかは感じないけど、

陽の光が少ししか差し込まない森の中を走り続けているのは、なんとなく気が滅入ってしまう。


リズも当初の興奮はあっという間に冷め、

「もうおうちにかえりたいー」とぐずって私を困らせていた。

エリはなんとなく私たちの様子から、もう村に帰れないことを察したみたいで、

ぐずりはしないものの深く落ち込み、無口になっていた。


私はそんな二人のことが少し気がかりになっている。

もう、そろそろ限界かな~‥‥‥。


馬車旅も今日で二日目。

昨日はホロ荷車の中で一泊していた。


朝から走り続けていて、太陽が丁度真上にさしかかろうとしていた頃、


「次の村でちょっと休憩しよっかー」


御者台に座っているディストルが、ホロの向こうから大声で話しかけてきた。

道路の凸凹で飛びはねるかたい御者台に座っていると、お尻や身体が痛くなってくる。

昨日から走りっぱなしだから、彼もかなり疲れてきているよね‥‥。


「うん。そろそろお昼だしねー。次の村でゆっくりしていかない?」


私も大声で答える。


「そうだねー!食事を提供してもらえるところがあったら一緒に食べていこう。食料も調達したいしね」


この街道沿いには村がそれこそ5km刻みぐらいに点在していて、村の周辺だけ開墾されて麦畑や牧場が広がっている。

街道沿いに、森を開墾しているといった方が正解かもしれない。

おかげで街道を通っていれば、食料や水とかあまり困ることはない。

ルクソンの南側は数十km単位で離れていることもざらだったので、そのありがたさは身にしみて感じているのだった。


そろそろ次の村が見えるころと思っていたら、


突然、森の切れ目が訪れ、

さーっと、明るい太陽がホロの後ろから差し込んできた!


その温かさに、沈んでいた皆の心が少しだけ救われる。


「あったかーい♪」


ちょっと前まで、泣き騒いでいたリズも大喜び。


森を抜けた先は、刈り取られた麦畑が遠くの方までずーっと広がっている!


今まで通ってきた村とは少し様子が違うみたい。

こんなしっかり開墾されている場所は今までなかった。


「きっと、そろそろ新しい街に着くよー」

『わーっ!』


ディストルの楽しげな声に、子供たちがほっとしたかのように反応する。


家族全員で旅をするというのは、大変なことも多いけど、良いことも少なくない。

皆で励まし合えるなんて、一人旅のときからは想像もできない。


「着いたらあったかい食べ物をいただいて、みんなでしばらく散歩しましょっ」

『するするー!』



そして見えてきた街は ―――

小さな丘の上にあるちょっとした大きさの街であった。


城壁の様なしっかりしたものはないけど、

木の板でグルッと街を囲んでいて、獣が侵入しない様に作られている。

ここら辺の村や町はみな、ゴルドア王国の庇護のもとにあり、人同士の争いごともないから余計な設備はいらない。

こんな理想的な国があるなんて、特に今の私たちには、とてつもなく眩しく感じる‥‥。


街に着いた私たちは、柵の外の馬繋場に馬車を留め、通行税を払って街の中に繰り出すのだった。


「いやー、腰が痛いよーーー」


ディストルが歩きながら腰に手をあてて、腰をひねっている。

その動きがちよっとおもしろ、おかしい 笑


「パパ、へ~~~ん」


エリがつられて笑っている。


「お疲れ様ー。あとでマッサージしてあげるねー」


笑いながら、半分冗談のつもりで私は声をかける。


「えっ、ほんとっ!?」

「やったーーー」


真に受けたディストルが、リズとエリを抱え上げて走り出す 笑


『キャーーー 笑』


2人とも抱えられながら、ゲラゲラ笑って楽しんでいる。

えっー!? 腰、痛いんじゃなかったっけ? 笑


街の中は、きちんと整備された真っすぐの大通りに、二階建ての宿や商店がずらーっと並んでいる。

ここは宿場町グルシャ。その街の名の通り、宿が何軒も連なっている。


私たちは、たくさん商人や旅人たちが行き交う通りの中で、

シチューのおいしい香りが漂ってくる小さなレストランを見つけ、

その店に入ることを決めたのだった。


「いらっしゃーい! おっ、おチビちゃん連れかい? めずらしいねー」


店の奥から威勢のいい女将さんの声が聞こえてくる。


店の中には商人風の男が2人いるだけで、比較的すいているようだった。

ウェイターすらいない。

私たちは4人掛けのテーブル席に座ると、

店の奥にいる女将さんに大声でオーダーを通す。


「クリームシチューとパンと豆のスープをお願いします」

「あいよっ! パンは何個いるかい?」

「3つでお願いします」


お金はあるので、もっと贅沢しても良いんだろうけど‥‥。

変に目立たない方がいいというのが、数年前一人旅をしたときの教訓。

ほら、宿とかね?


椅子の上では珍しく、

リズが緊張した面持ちで大人しく座っていた。


「リズ、えらいね! ちゃんと大人しくできてー」

「リ、リジュ、いつもえらいもんっ。ママもちゃんとするんだよっ!」

「はーいっ 笑」


あっ!そっか。

リズとエリにとってはこれが、初めての外食。


道理で、おすまししているわけだ 笑


エリは、店の奥の厨房が気になるのか、しきりに首を伸ばしてのぞこうとしている。

エリは好奇心が旺盛だから、迷子になりそうで目を離せない。


大通りを歩いていたときも、一人でテコテコあちらこちらの店に入ろうとして、

手を引いていたディストルが止めるのに、苦労していた。


「あっ、女将さん! エールもお願いします」


料理が来るのを待ちきれず、ディストルがお酒を追加注文する。


もぉーずるいっ!

私だって飲みたいけど、子供たちの面倒があるから我慢していたのにぃー。


「イリィはいる?」


一応は、聞いてはくれるらしい 笑


「私は後で飲むからいいよー」


もう2人とも、この街で泊まる気満々になっていた。

この先、こんなちゃんとした宿場町があるかどうかわからないしねー。

今日半日ぐらいは身体をゆっくり休めて、できれば身体も綺麗にしたい。


ディストルは、女将さんが持って来たエールを一気飲みすると、

そのまま早速お代わりを注文していた。

久しぶりに飲むエールに、顔が緩みまくっている。


もぉーこれは、あとは任せたって奴ね 笑


ここまでずーっと、馬を操ってきてくれたんだから、

まーこれぐらいしょうがないか~。


「お疲れさま、ディストル。いろいろありがとうね」


「んっ?‥‥‥んっ」

「僕たちは家族だからねっ」


家族‥‥‥。

その響きになぜか、目頭が熱くなる。

熱のかたまりが胸の奥から鼻の奥に突き抜け、ちょっとだけほろりとこぼしてしまった。


そのあと来た、あつあつのシチューとスープはどちらも、塩味とうまみが絶妙で本当に美味しい料理だった。

こんな周りに何もない森のど真ん中のレストランで、こんな立派に味付けされた料理が食べられるなんて本当にびっくり。

リズもエリも、シチューにパンを浸してパクパク食べていたから、きっと気に入ってくれたんだと思う。


私たちはお腹も気持ちも充たされ、店をあとにするのであった。

その後、疲れで酔いで、目がトロンと落ちかけている3人を連れ、急ぎ今日の泊まり宿を探す。

宿代は安全代、宿はケチらない。これも一人旅で学習した大事なことの一つ。

多分この街で1、2を争う宿の、部屋が2つ繋がった大部屋をとり、3人をベットの上に転がす。


私はそのまま、裏庭の外の洗い場に出て、皆の洗濯物をさせてもらうのだった。

太陽が照らしている今のうちに、乾かしてしまいたい。


冬の寒くてカラッとした空気の中、暖かな太陽が優しく照らしていた。

洗い物をしていると少しだけ、汗ばんでくる。

私は持って来た手ぬぐいで額の汗を軽く拭う。


上を見上げると、空は雲一つないほど快晴だった。


空はあの村と変わらない‥‥‥。

まだ私はピレオーツ村にいる様な錯覚を覚える。


村の洗い場は、私の出すお湯待ちになっていたんだよね‥‥。

本当、そんなのも、数日前の出来事‥‥。

なのに、とても、とても、遠い。


‥‥‥。


キィ‥‥。


宿のドアが開く音がして、そちらに目を向けると、

小さなエリが目をこすりながら、ドア前に突っ立っていた。


エリの髪の毛はディストルのオレンジ色というより、私の元の髪の色である、赤毛に近い。

陽にあたるとその柔らかな赤毛がほんわり輝いて、ディストルのオレンジ色に近くなる。


「エリ、どうしたのっ?」


私は洗濯の手を止めて、エリの元まで駆け付ける。

エリは、私のスカートにしがみ付いてくる。


「僕、ねむれない」

「そっかー、ねむたいのにねむれないのね」

「‥‥うん」


「じゃあ、ママのおひざでおねむりしましょ」


私はエリを抱き上げ、近くにあった階段に腰かけ、

ひざの上でエリを寝かせようとするけど、

――― エリが胸にしがみ付いて離れない。


「エリ?」

「もう‥‥‥‥‥‥、リジュにもホド兄ちゃんにもあえないの?」


「‥‥‥そうねぇ‥‥、あえないかもね‥‥」


言葉にするたびに、

それが現実感を強くしていく。


「なんでっ!? 僕悪いことしたっ??」


エリが珍しく声を張り上げる。

私の目を見つめるエリの瞳は、必死に何かを探しもとめていた。


ごめんね‥‥。


「エリは何もしてないよ。エリは何も悪くないよ」


それは、嘘じゃない。

私は優しく、エリの背中を撫でてあげる。


「じゃあなんでっ!? なんでっ!! みんなとわかれなきゃいけないのっ?」


エリはまだ3歳だけど、エリ相手に子供だましも、嘘も通じない。

私はエリの琥珀色の瞳を見つめながら、ゆっくりと、でもしっかりと説明する。


「ママたちがケンカしちゃって、出て行けって言われたからかな‥‥」


『なんでぇー!? 』

『なんで、なかなおりできないのーーー!?』


『ママたち大人じゃないの!? ねぇ、なんでぇえ?』


その言葉ひとつひとつが、胸奥深くに突き刺さる。


私が答えられずにいると、


『うわああああああああああん』


エリは私の胸にしがみ付いたままで、溜まっていた感情が噴き出したかのように、

大きな声で泣き出してしまった。


エリは賢くて優しい子だから、きっと分かっていても、

リズを不安にさせないように我慢していたんだと思う。


ごめんね。

ごめんね。

守るって言ったのに。

守りきれなかった。


私は何度も、何度も謝りながら、ただエリの背中をさすり続ける。


皆を巻き込んでしまって、本当にごめんね。

私がもっと強ければ、もっとしっかりしていれば、

村の皆も助けられたかもしれないのに。


エリは、いつまでも、いつまでも、

嫌がるのでも、ぐずるのでもなく、

ただ大声で泣き続けているのだった‥‥‥。


―――――


エリは泣き疲れて、隣の部屋のリズと一緒のベットで眠っている。

卒業したはずの指しゃぶりを始めていた。


「エリもいっぱい気をつかってくれているんだな‥‥」


私は、目を覚まし顔を洗っていたディストルを捕まえ、

ベットの横に並んで座って、事の顛末を聞いてもらっている。


みんな強くない。


そして、私だって強くない‥‥。


自分のせいで誰かが傷付くのは、

身を引き裂かれそうになるほどつらい。

たまにどうしたらいいか分からなくなる。


私は不幸を呼び寄せる存在なのだろうか。

私が動くと何か良くないことが起きてしまうのだろうか。

私は‥‥私は‥‥‥。


――― 頭の中を、嫌な考えが渦巻き始めようとしていた。


そんな私の様子を察したかのように、


あっ‥‥。


息を呑むよりも早く、強く引き寄せられる。

気づけばもう、温もりに満ちた逞しい胸の中だった。


ぎゅぅ、と抱き締められるその腕は、思っていたよりもずっと強くて、ずっと優しい。


胸の奥で黒く絡みついていたものが、

ほどけて、崩れて、溶けていく。


どうしてだろう。

ただここにいるだけでいいと、体が勝手に理解してしまう。


じんわりと、安堵が広がっていく。

指先まで、隙間なく満たしていくみたいに。


踏ん張る理由も、とがめる理由も、全部どうでもよくなって、

力が抜ける。


彼の鼓動が、近い。

規則正しく刻まれるその音に、自分の心が引き寄せられて、

気づけば呼吸まで重なっていた。


ああ‥‥‥この匂い。


甘くて、落ち着く、彼の匂い。

それに包まれるだけで、昔から胸の奥がほどけていくのだ。


もう、大丈夫だと、そう言われているみたいに。


抗えない。

私はきっと、この人に触れられるたびに、少しずつ、自分を手放してしまう。

でもそれが ――― たまらなく心地いい。


顎をそっと持ち上げられる。


涙で滲んだ視界の向こう、

優しく細められたその瞳が、まっすぐ私を見ていた。


――― ディストル。


その名前を思っただけで、胸がいっぱいになる。


もう、何も考えられない。


ただ、受け入れることしかできない。


目を閉じる。


彼の唇も、指先も、触れるものすべてを、

逃がさないように、ひとつ残らず感じ取る。


その温度も、息遣いも、

ひとつひとつが、確かに私に届いてくる。


――― ああ。


私、

愛されている。

こんなふうに、ちゃんと。


‥‥そして私も、ディストルを愛している。

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