15. 侵入者
それから一度だけ、偵察隊の様な小さな部隊が、山を登って来たけど、
魔術師隊の魔法で早々に退散して、それから平穏な日々が数日続いていた。
このまま冬に入れば悪天候で、彼らも近づけなくなるだろうと高を括っていた。
冬が来れば‥‥。
そんな短絡的、希望観測的な願望は、私たちの手詰まり感を表していたのだ。
人って安心したがるもの。
もしあんなことが起こると知っていたら、私も安心なんてしていられなかった。
でも、私は神じゃない。運命なんて知ることはできない。
「イリィ、ちょっと来てくれないか?」
ある日の昼、私は村長さんに呼ばれ、山上の監視所までロウと一緒にやってきた。
ここに来るとはるか遠くまで見通せて、気持ちが晴れやかになる。
眼下に広がる大森林には、薄い雲がかかっており、
遥か南には、私たちが飛び降りて来た赤茶色の絶壁が見えている。
「ヒュー‥‥‥」
どこかから、この間のハゲワシの子の鳴き声が聞こえてくる。
私は彼にイーガーという名前を勝手につけて、村で死んでしまった家畜や村近くで見つけて来た動物の骨を提供して、少しずつ信頼関係を構築していた。
ちょっとづつコミュニケーションも、とれるようになっている。
なにかをしている、なにかが良くなっているというのは、戦時だからなおさら大事。
どこまでも広がる可能性に、日常が塗りつぶされてしまうから。
私たちは、今を生きていかないといけない。
「今日はどうしたんですか?」
山下からの風にあおられた銀髪を押さえながら、村長に用件を確認するのだった。
「森の方から何か切り倒している音がするという報告があってね~」
‥‥‥。
耳をすませていると、確かに、何かが伐採される音が聞こえる気もする。‥‥‥でも、遠すぎてあまりしっかりとは聞こえない。
”ロウ、『アンプリファイ』できる?”
ロウにイメージ共有をして、風魔法で音を大きくしてもらうようお願いした。
ここ何回かロウに頼っているので、ロウもすぐに意図をくんでくれて、
遠く離れた森の音を拡大してくれるのであった。
音が目の前に広がる。
「‥‥ウォーターカッター‥‥ドンッ‥‥‥ロック‥‥」
聞こえてくるのは、
森林を切り開いて道を整備している、
呪文の声とその結果、木々がなぎ倒される音たち‥‥‥。
「これって‥‥‥」
村長さんが眉をひそめる。
はぁ~~~。
なかなか、思うようにはいかないものね‥‥。
森の木を切り倒し、固く平らな岩の道を作っている‥‥‥。
これは ――― 魔導王国が本格的に、こちらの攻略に乗り出しているということ。
わざわざ道まで作っているということは、
多くの兵士を移動させるつもりがあるということだった。
絶望というより、むなしさが胸に流れ込んでくる。
彼らはそこまでして何をしたいのか‥‥‥。
教えて欲しい。
人はなぜ、他の人のものを望むのか。
「‥‥‥魔法軍が森の中に道を作っているみたいですね‥‥‥。あと数日で彼らは山裾に到達するでしょう」
「‥‥‥‥‥はぁーー」
村長さんが、もう諦めきったようにため息をつく。
「‥‥‥もうなにも驚かないが、本格的にうちらは魔導王国と事を構えることになったんだな‥‥‥」
半ば分かっていたのか、村長さんはあまり驚きはしなかった。
「私がこの村を守ります!」
「イリィ‥‥君が凄い魔術師なのは理解しているけど、数多くの魔術師がいる魔法軍相手に君一人で対抗できるのかい?」
痛いところを突かれる‥‥‥。
私は神じゃない。
どんなに魔力が豊富でも単なる一人の人間だ。
魔法軍が本気を出して、数で勝負してきたら難しいかもしれない‥‥‥。
魔法はどうしても発動までに時間がかかる。
魔術師の数がいれば、時間差を作ることでそれを埋めることが出来る。
魔術師の戦いにおいて数は、普通の物理的な戦いより勝敗に対して大きな要素を持つ。
「わ、私には魔術師隊の皆さんがいらっしゃいますからっ」
もう、これ以上は理屈じゃない。
結局戦いに勝つか負けるかは、どれぐらいそこに必死になれるかどうか。
皆究極は、人同士で戦いたくない。
戦いの趨勢を左右するのは、それでもどれだけ勝ちにこだわるか ――― だと思う。
「‥‥分かった。我々も戦の準備に集中することにしよう」
「イリィ、君にうちの村の未来を託すよ」
「‥‥‥‥‥‥承りました」
それは自分でも、
言葉にするにはためらいを感じずにいられないほどの、 "重い一言" だった。
私は、自分の子供たちだけじゃなく、
村の皆の命も、自らの責任で守ることになったのだったから‥‥‥。
そんな私の気持ちを酌んだかのように、
「バウッ!」
ロウが自分のことを忘れないでと、吠えてくる 笑
そうだ、私には頼もしい味方はたくさんいる。
フィルムッシュ王国で、交渉を頑張ってくれているダビもいる!
大丈夫! きっと大丈夫!!
――――――
それから4日とかからず、彼らは峠下の山裾まで到達した。
彼らは街道上にテントを張って、何かを待っているかのようにそれ以上動かない。
テントの色と数を見る限り、王国軍兵士が200人、魔法軍が50人程度はいそう。
こちらの陣容の十倍以上の人数。
村を落とすには充分すぎる‥‥‥。
フィルムッシュ王国から急遽、ダビが加勢に戻ってきてくれたのが、こちらにとっての唯一の吉報。
ダビ曰く、
フィルムッシュ王国が援軍を出してくれるかどうかは50%の確率で、
村の人間だけでこの山場をしのげたら、きっと彼らも本気になってくれるとの話だった。
結局まだ自分事になり切れていない、そんな感じ。
ここの要所を抜かれたら、フィルムッシュ王国なんて目と鼻の先なんだけどなー。
まー、しょうがない。
そんな不気味な対峙が始まって、
三日目の夜のことだった。
私たちはいつ侵攻が始まるのか、
いつ始まるのか分からない恐れに、
塗り潰されようとされていた。
「ギャーーーッ」
家にいた私の耳に、どこからか、
聞いたことがあるような女の人の叫び声が聞こえてくる!
「ディストル! 子供たちをお願いっ」
緊張しっぱなしだった私は、
即座に反応して、用意していた呪文を唱える。
『ヘイスン×クリティカル』
私は相棒のダガーを取り出すと、家を飛び出る!
頻繁にかけている『マジックスキャン』には何も反応はなかった。
どこっ!?
声が聞こえてきたであろう、村の広場の方向に駆けていく。
途中の家々からは、鍬や鎌で武装した男衆がわらわらと姿を現し始めていた。
月明かりの中であまりよく見えないものの、
皆視線をキョロキョロさせて、何が起きたかを確認しようとしている。
広場近くまできた時、向こうの方からダビの叫ぶ声が聞こえる。
「そっちに行ったぞーっ」
その声とほぼ同時に!
近くの家の屋根の上から、飛びかかってくる黒い影!
月明かりに光る刃物を手にして、それを私に突き刺そうとしてくる。
ザスッ
私は、紙一重でどうにかかわす! 左腕が服ごと浅く切られた。
あぶなっ! ダビの声が聞こえなければやられていた!
続けざまに後ろにいた2人目が、長い得物を横に振るってくる。
ブンッ。
血の匂いが目の前を、風を切る音ともに通りすぎる。
見えているなら怖くない。
私は1歩後ろに下がって、その振り筋を余裕でかわす。
ふんっ。
私相手にそんな踏み込みじゃ、斬れやしないからっ。
ただ相手もプロで、隙を作らないように、
2人でタイミングを合わせて次々と剣戟を加えてくる。
こうなるといくら私でもたちうちできない。
左右から違う長さと違うタイミングで攻撃が来る。
対応が難しく、距離をとって避けるしかない。
地味にドレスがかさばって、動きが遅くなるのも効いていた。
勝ち筋の光る線が見えても、すぐにもう1人が邪魔して、線をたち切っていく。
私は徐々に、近くの家に追い込まれて行く。
‥‥。
‥‥。
ドンッ。
背中で感じる近所の家の壁。
魔法を使う間を与えてくれない。
昔聞いたことがある、魔術師の暗殺を専門にする部隊のこと。
「死ね! アイテール!!」
!
なぜ、私の名を?
私は思いっきり跳び上がり、屋根の軒に手を掛けて剣先を避ける!
敵の剣が横薙ぎに私のスカートを切り裂いていく!
が、布の厚さに勢いが緩められ私の身体までは届かない。
ほっ。
私は軒先に手を掛けたまま、
背の壁を蹴り、彼らの後ろに回り込む!
簡単にやられないから!
そのとき、ようやく頼もしい声が聞こえた!
「師匠!」
遅いって!
ダビたちが追い付いてきてくれた。
形勢逆転。
今度は私、ダビ、村の男衆で2人を囲む。
改めて見るその2人は顔まで黒い布で覆い、
目以外、顔が見えず、何者か判別ができない。
『マジックスキャン』したもののやはり反応がなく、魔術師ではないみたいだった。
「お前たち、魔道王国の者かっ!」
息を切らせた村長さんが激しく、2人を糾問する。
2人はそんな姿なんて、
最初から目が入っていないのように、私を睨みつけてくる。
「アイテール・オルペ!」
「我らがミディエル陛下は、絶対におまえを許さない。お前を殺すまで何度でも刺客を送り続けるからなあ!!」
その言葉が終わるか終わらないかの時に、もう1人が懐に入れていた何かを取り出そうとする!
あっ!
皆、避けてっ!
『パラライズ』
ダビの魔法が一瞬だけ早かった。
固まって敵の懐から、転がり出てきたのは、
毒物を入れるのに使われる黒い小瓶。
地面の上を、ころころと転がっていく。
「みんな下がって! 毒よっ」
私の声におののいて、
村の衆が一斉に二人との距離を取る。
「ちっ、ここまでかっ! あの世で先に待ってるぞ、アイテール!」
敵のもう1人が、転がっていた小瓶を拾い上げ、
小瓶の中身を一気に周囲にばらまく!
赤い液体があっという間に蒸発して、
霧として周囲に拡散し始めている。
『ファイアストーム』
「ズッドーーーン!」
今度こそ私は魔法を形にすることができた。
強大な火柱が私たちの目の前で、高らかに燃え盛り、
毒薬ごと敵を、はるか上空に舞き上げる!
敵はあっという間に空高くに飛ばされ、姿が見えなくなったのであった。
ふぅ~‥‥‥。
胸を撫で下ろして、私はダビと笑顔をかわす。
皆、火災旋風の熱で顔が赤く火照っているが、それだけじゃない。
私たちはまた、自分たちだけで、この危機を乗り越えられたのだ!
このあといくつの困難が、私たちを襲うか分からない。
それでも、「私たちなら、どうにかできる!」
そう思えた矢先だった。
現実は、運命は ―――
優しいばかりじゃない。
運命の導きは、
徐々にその本性を剥き始める。
運命に人の気持ちは届かない。
彼ら、彼女らは、運命の円環の中で、自らも縛られているのだから‥‥。
私たちの歓声を切り裂くように、
火災旋風が赤く照らす夜の空に、
ロンドの金切り声が轟き渡る。
「リジュ! リジュ! お願いだからー、目を開けてーーー」
『イヤアアアアアッ!!』




