12. 心変わり
その通告文が届いたのは、それから1週間過ぎたぐらいの時だった。
即座に村の総会が開かれ、皆が集められる。
今回ばかりは女衆も気が気じゃないのか、大広間の外側から様子を覗き込んでいる。
「村長、奴らはなんて言ってきたんだ!」
「‥‥‥」
村長さんが苦渋の顔をしていて何も語らない。
「村長!」「村長!」
皆が詰め寄っている。
「奴らは‥‥‥無条件降伏と、すべての財の供出を求めている」
「なっ!」
「な、なんだとー!?」
「そんなの、死ぬか奴隷になれって言っているのと同じじゃないか!」「くそっ! 魔王の野郎がっ!」
いつから魔導王国は、こんな盗賊の様な真似をするようになったのか‥‥‥。
少なくとも私がいた頃は、こんなことをする国ではなかった。
元々魔術師っていうのは、自らのスキル向上や新たな魔法の取得に励むのが好きで、
そういう外の欲に左右されることは少ない。
どんなに金を持っていようが、魔力の強い奴が偉いのだから。
私の知らないところで、何かが変わり始めていた。
それも、たぶん、よくない方向に。
「み、みんな落ち着いてくれ」
「ここから魔導王国ルクソンまでは4日以上かかるし、間には大針葉樹林が広がっている。そんなにすぐに攻めてくることなんて出来ないだろ」
私は口には出さないけど、これが安心材料にならないのを知っている‥‥‥。
北部都市までは2日かそこらでいこうと思ったら行けるし、
森林地帯に、ゴルドアまで馬車が通れる道を作ったのは、ほかならぬ私だ。
魔術師を多数抱える魔導王国なら、その気になればすぐに道を作ってしまうだろう‥‥‥。
ただ、こんなちっぽけの村にこだわる理由は、相変わらず分からないままだったけど。
魔石だけじゃない気がしているのだった。
「そうは言っても本当に来たらどうするんだよっ!」
「そうだっ、そうだっ!」
「‥‥‥と、とにかく守りを固めよう。これから交代で峠を監視することにしよう」
クォーレ火山の鉱夫の村とは、あまりに違う。
今まで平和に暮らしていた農家ばかりで、自分で戦うことなんて思いつきもしない。
そして、そこまで裕福でないこの村人たちは逃げる先がない。
フィルムッシュに親戚がいる人は少しいたが、ほとんどがこの村だけが生活圏の全てで、
この村以外でどうやって生きていけばいいかは想像できないんだと思う。
何の見立てもないのに、
戦う準備も、
逃げる準備もしない。
それが悪手であるということには、間違いはなかった。
私は正直イラついていたけど、ここで声を張り上げても誰も聞いてくれないことは、
前回の一件で身にしみてわかっていた。
どうにかしないといけないことは分かっていたけど、なにをしたらいいかはまるで分からず、
イライラをさらに募らせているのだった。
総会もお開きになり、中断していた洗濯をしに、皆と一緒に共同洗い場に戻る。
洗濯物は既に終わっているはずのミレイとロンドも、
このまま家に帰るのが不安なのか一緒について来た。
ほとんど誰も話をしない重い空気の中、
何も知らない子供たちが、周りをきゃーきゃー叫びながら遊びまわっていた。
「‥‥どうしようもないわよね‥‥‥何もできないんだもの‥‥」
誰かが独り言のように、小さく呟く。
グレンダさんだ‥‥。
『‥‥‥』
皆が暗い顔をして、洗濯にも手を付けず、黙り込んでいる。
!?
「っ! 本当にそれでいいのっ!」
さっきまで黙っていた私の鬱憤が、ここで爆発する。
「私たちの村だしっ、私たちが子供たちを守らなくて良いの!?」
「‥‥‥そ、そんなこと言ったって‥‥イリィみたいに魔法使えないし‥‥‥」
「そういうことじゃないっ! できることないからただ待っているだけで良いの!?」
「だって‥‥! しょうがないじゃないっ!」
悔し気に涙目で見返してくる、グレンダさん。
本当はみんなだって不安だし、何もできないのが悔しいし、
どうにかしなきゃって焦っているのに、
最初から私たちは何もできないと諦めている。
そんなことはないっ!
そんなことはないんだからっ!
魔法にこだわらなくても村の入り口の防御を固めるために、
木を切ってくるとか、岩を運ぶ手伝いをするとか、いくらでも出来ることはある。
もちろん男の人に較べれば、非力かもしれない。
それでも、男の人の半分だけだったとしても、やるのとやらないのは全然違うっ!
私にはやらない理由を作り、やりたくないことを避けるために、
言い訳をしているようにしか思えなかった。
「‥‥私は‥‥‥私は ―――」
「女だからということを、言い訳にしたくないし、されたくない」
‥‥‥言ってしまった。
皆が固まった顔でこちらの顔を伺っている‥‥‥。
ミレイとロンドが顔に手をあてて、頭を振っていた。
やっちゃったー。
関係ない、余計なこと言っちゃったよ‥‥‥。
「ご、ごめんなさい! と、とにかく私は明日から出来ることを頑張るからっ!」
「さっ、リズ! エリ! 帰るわよっ!」
「えー、まだみんなと遊びたい」という二人を無理やり引き連れ、
その日は逃げるように家に戻って来たのだった。
* * * * * *
翌日から有言実行。
無理やりミレイとロンドにも友情出演してもらって、
湖近くでとりあえず『アイスアローズ』の練習をしている。
シルクさんに後から謝るということで、
村の貯蔵庫に保管していた水属性の魔石を、勝手に使わせてもらっていた。
「きゃーーっ! 当たったよー!」
湖の上に浮かべた船の的に、魔石の魔法をあてる訓練をしているところ。
魔法自体は呪文を唱えれば発動するけど、
魔石の向きを調整してちゃんと狙わないと、明後日の方向に飛んで行ってしまう。
ミレイとロンドがさっきから何回か氷の矢を飛ばしていて、
あっという間にコツを掴み、100mぐらい離れた的にも当てられるようになっていた。
正直この魔石のイメージの掘り込みが凄すぎて、
精度と飛距離が良すぎるせいなんだけどロンドの腕ということにしておく 笑
「まま、まほうっ!」
リッキージュニア(リジュ)が手を叩いて喜んでいる。
「へへー、リジュ、まますごい? 笑」
ロンドが両腕を胸の前で組んで、少し胸を張り出来るアピールをしている。
横で少し出遅れたミレイが負けじと、『アイスアローズ』を連発しているところだった 笑
不安は消えていないのに、手を動かしていると、それだけで前に進める気がする。
それを見ていたリズが早速口を挟んでくる。
「じゅるい、わたしやるっ!」
とりあえず、『ウォーター』あたりなら危なくないか。
リズに魔石を渡して呪文を教えてあげる。
『‥‥おーたー?』
‥‥‥魔石はまるで反応しない。
魔石自体はちゃんと動いているんだけど、不思議なことにリズが触ると、
魔力の流れが完全に遮断されてしまって、魔力回路に魔力が流れないようだった。
『おーたー』
『おーーたーーっ!』
その後も何度か発動させようとするが結果は同じで何も反応しない。
「きぃー! しらにゃい!」
リズは怒って魔石を放り出し、向こうの方に遊びに行ってしまう 笑
「あまり遠くに行かないでよー」
お腹の中にいた時から魔法が効かなかったけど、その特性は生まれ持ってのもので変わらないみたい。
と、リズの様子が気になって、ミレイの様子を見ていなかったら、
後ろの方で突然ミレイの歓声が聞こえた。
「やったぁー! 10本出したわよ!」
「すっごーい、ミレイッ!」
ふりかえると船が多数の氷の矢でまるごと凍り付いていた。
「えーっ! どうやってやったの!?」
てっきり一本ずつしか出ないと思っていた魔石だったけど、やり方によっては複数本の矢を出すことが出来るみたい。
シルクさん‥‥どんだけよ‥‥‥。
そんなワイワイ訓練を実施していたらその様子を遠くで見ていた、他の若いお母さんが、
「あ、あのー‥‥‥私も、参加していいですか?」
と声をかけてきてくれる。
「もちろん! どうぞどうぞっ!」
別に私たちだけってことは無い!
この村の中にも一緒の気持ちの人は一杯いるんだから!
その一言を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
昨日の言葉が、全部無駄だったわけじゃないのかもしれない。
怒らせて、引かせて、失敗したと思っていたけど、
それでも届いたものがあったのかもしれない。
ちょっとだけ涙目になりながら、私は魔石をもう一つ取りに行く。
この村は私たちの手で絶対守る!
そして、このささやかな私の取り組みは、
あっという間に村中の女性陣に広がっていくことになる。




