拝啓お母さまへ、私は貴方が望む通り生きているでしょうか。
「お母様の復讐ってどういうことなの?」
十分乾かし終わって、紅茶を淹れテーブルに座る。
あぐりは興味があるというより、俺が何をしようとしたか心配していたようだった。
「若さゆえの過ちというか勢いというか、それによって俺は犯罪を起こしそうになってしまったんだ。
一時の感情で、自分の努力を全て水の泡にしようとしてしまった。
これは、俺がまだ22だった頃の話だ。」
ーーーーーー
江戸川彰という男は日本で最高峰の大学の経済学部に通っているということを除けば、ただの勉学に勤しむ真面目な大学生であった。その時は別に驚異的な身体能力があったわけでもないし、誰もが怯む残虐性があったわけでもないし、どちらかというと少し大人しめの本当にただの大学生であった。
彼はいわゆる秀才と呼ばれる分類に入っており、血も滲むような努力をして名門中学に入りこの大学にも入学をした。
この努力は誰も認めており、貧しい母子家庭からここまで出世したという話は少し有名だったりした。
彼自身、親を楽させたいため大学に入り、学歴で官僚になることを夢見ていた。
父が物心ついていない時にギャンブルで破産し離婚し出ていき、女手一つで育ててくれたことに恩を返すためだった。塾に通わせるために無理して働き、時に体を壊すことがあった。それでも、彼を養い続けた。
もちろん、彼自身は定期試験でもトップに食い込む成績で、単位も十分取っていた。
教授もこのままいったら首席で卒業することも夢ではないし、経済産業省に入ることも勧められていた。
だが、彼の夢は母の酷い死で打ち砕かれることとなった。
彼の母親は・・・・、彼が首席で卒業したその日に強姦殺人で死亡した。
あまりにも酷い状態で遺体が見つかった。
静岡にある家からわざわざ東京の卒業式にくるために朝一番に家を出てくれたところを地元のヤクザに襲われ強姦された挙句何十回による殴打と気絶したまま川に投げ捨てられた事による溺死によって死亡したという。
あんなに美しかった母さんが身体中のあざと暴行による刺し傷で見るも絶えない状態になって、いつも優しく繋いでくれた温かい手は氷のように冷たくなっていた。
首席で卒業したことなんてもうどうだってよかった。あの大学を卒業したという肩書きを持つことができたことなんでどうだってよかった。
ただ、昨日まで電話で「おめでとう」と優しくいってくれた母さんが、こんな酷い仕打ちをされたことを受け入れることができなかった。
つい一週間前に手作りの菓子を送ってくれた母さんが、つい一ヶ月前に美味しい食事を作ってくれた母さんが、つい一年前に試験でトップになったことを褒めてくれた母さんが、なんで今こうやって俺の前にいるんだ?
「母さん、母さん。なんで、なんで何も喋ってくれないんだよ!」
涙が枯れるまで泣いて、一週間ほとんど引きこもっていた。
友人だった人達は毎日慰めに来てくれたが、壊れかけていた精神を元に直すことはできなかった。
そんな俺をさらに追い込む話が飛んできた。
警察が、強姦殺人ということを知っているのに、母さんの事件をただの自殺として片付けたということ。
さんの殺人事件はただの自殺とされてしまった。
謝罪も裁判も、殺人という罪を犯したというのに、なんの裁きも下されずに全てが勝手に終わらされた。
俺の手に届いたものは、絶望と虚しさだけであった。
「お母様の死因は自殺」という言葉を聞いた。
別に悔しさが憎しみに変わるということはなく。
ただ、その時に俺の精神と思考回路のどこかでパチンと壊れる・・・・いや生まれる音を聞いた。
精神が崩壊したわけではない。
ただ、俺の天賦の残虐性が芽生えただけだった。
ーーーーーその次の瞬間、俺はホームセンターに一直線に向かって、出刃包丁を購入。
そして、自分の頭脳をフル活用して、監視カメラにサーバーにハッキング。
そのヤクザとやらの居場所を簡単に突き止めた。
実は、地元のヤクザの両親はかなりの成功者で、いつの間にか警察に賄賂を渡し、母
出刃包丁を握りしめ、そいつらを見つけた。
チャラチャラした顔はあまりにもバカらしくて、嫌悪していることが鮮明に分かる、一人の女性を抱いている。
こんなクソ野郎に母さんは殺された。
許せない。だから、殺す。それだけだ。
母さんの痛みを思い知れ。
人生で一番大きい覚悟を決め、一歩を踏み出そうとしたその時だった。
『その時』というのが、俺の人生の分岐点であり、俺がたった一人尊敬する人に会った時だった。
刑事としての俺が生まれるその瞬間ーーーーだった。
「やめときなよ、若者。」
心臓が360度回転するかのように、今まで感じたことのない焦燥感に駆られた。
握りしめていた包丁が急に噴き上げてきた氷のように冷たい汗で落ちそうになる。
固まった体を力を出して、後ろに向かせる。
そこにはーーーーー、特徴的な金髪にパンツスタイルの律儀な女性がいた。
現・警視庁警視総監、当時警視長及び静岡県警本部部長の樋口楓だった。
「ここで人生を棒に振るのはいい選択だとは思わないよ、イケメンくん。」
「誰なんだよお前。」
「名乗るのを忘れていたね、アタシ、警察。」
びくりと身体中が驚愕によって痙攣して、その場に呆気なくうつ伏せに倒れ込む。
手足全てがブルブルと震えていて、涙が出そうになる。
女性刑事はこちらへ一歩ずつ近づいてきた。
そしてその瞬間、アイツの高いヒールが俺の顔の目の前にダンっ!と突きつけられる。
昂った波長に不意打ちに襲われた攻撃に、もはや死にたくなってきた。
彼女は警察手帳を取り出し、俺の目の前に見させた。
まるで、立場を理解しろと言うかのように。
「いい目だ。素質がありそうだな。これからすぐにブタ箱送りというのも気が引ける。
そうだ、君にはふたつ選択肢がある。
ひとつ目に、このまま殺人未遂の疑いで逮捕されるか。
ふたつ目に、私が今から言うことに絶対服従。
どっちにする?」
単なる憎しみでなぜこんなことになってしまったのか。
でも、ここは一番良い選択を選んでいかなくてはいけないな。
「分かりました・・・・なんでも聞きます。」
その言葉に女性警官はニコッとして、足を離した。
「んじゃあ、今からファミレス奢って来んない?
財布無くしちゃったんだ・・・。」
「は?」
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