「俺は、俺の心に従って動いている。誰に命じられたわけでもなく」
それはそうだろう。この場にあって取り乱すことなく、そんなことを考える新参の家人など、怪しいに決まっている。
「俺を、柳原の手の者だと疑っているのか」
芙蓉のこめかみが、ピクリと動いた。
「この状況で、この状態だ。疑われるのも仕方が無い」
芙蓉は笑みを消し、あからさまに怪しむ顔になった。
「何者なのです」
「少なくとも、柳原の手の者じゃない」
芙蓉の顔に、信用できないと書いてある。軽く肩をすくめて、真夏は正体を少しだけ明かすことにした。
「役職に空きがなく、無位無官のまま過ごしている者がいることは、知っているだろう? そういう者らの集まる会がある。その中で、朔姫の別荘行きの話が出た。変わり者と名高い姫は、どういう方なのか興味があったんだ。それで、好奇心からツテをたどって加わった」
前面に嫌悪を押し出した芙蓉に、真夏は軽く手を振った。
「はじめは面白半分だったが、今は違う。真剣に、姫の力になりたいと思っている。たしかに姫は変わり者だが、俺はそこが好ましい。あれやこれやと手を尽くし、男の気を引こうとする姫や、そのようにと求められるがままの姫が悪いとは思わないが、俺には里の子どもたちにも平気な顔をして接する、姫の屈託の無さが愛おしい。そう思う俺も変わり者だとは思うが、そんな変わり者の俺がこの場に居合わせたのも、何かの巡り合わせだろう。俺には柳原家に対抗しうるような権力も、財力も無い。だが、この場でどのようにすればいいかの差配は出来る。――芙蓉殿」
真夏が足を踏み出せば、芙蓉はわずかに下がった。警戒をにじませたままの芙蓉に、膝を着いて胸に手のひらを当てた。
「俺は、俺の心に従って動いている。誰に命じられたわけでもなく」
朔に文を読んでもらうには、芙蓉と仲良くなればいい。そんなことを思っていた自分を、真夏は笑った。そんな気持ちで膝を折っているわけではない。彼女とは、朔という大切な人を守るため、力を合わせるべきである。そのために真夏は、芙蓉にひざまずいている。
「姫を愛おしく、大切に思う気持ちは同じかと」
芙蓉はじっと真夏を見下ろし、やがて硬い息を吐いた。
「都からの雇い入れの話を受けるように言ったのは、貴方だそうですね」
真夏はうなずいた。




