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スタニング・ワード⑥

 一分一秒を争う緊迫する場面で、湿っぽい過去を思い出してしまった。


 あいつからかけられた声、応えようと動いた俺、俺たちをつなぐ思い出が未だひとつなぎになっていることを実感したせいだ。


 「見えたぜ菊池!野郎、船に乗り込もうとしてる」


 そこに当事者の一人も加わったもんだから、つい懐かしくなったんだろう。隣で法定速度をぶっちぎってアクセルを踏む人間は俺の高校時代の相棒であり、背番号2を背負った人間でもある。


 数多の強豪校からもらった推薦を全部蹴って、小出川は平凡な公立校を選んだ。理由については聞いたこともないし、これから先も聞くことはないだろう。


 不幸にもある試合で、自分がきっかけとなって、一人の選手の野球人生を台無しにしてしまった。一向に握力の戻らないそいつが、それでもしつこく野球を続けようとしていることを知って、こいつは自分の投手生命を封印して縁の下で支えるポジションを選んだ。


 どこまでも不器用で愚直で馬鹿という代名詞が小出川にはまとわりつく。そういう奴がいてくれたから、苦しくても楽しい三年間だったと思うことができた。


 だが、その思い出にあいつはいない。あいつの心の針を戻すことが俺にはできなかった。まだあいつに何も返せていない。それを叶えてくれようとした優しい大人を騙す奴が目の前にいるなら、何がなんでもとっ捕まえないと気が済まない。


 盗んだ分は熨斗つけて返してもらう。


 「ち、出港するってか」


 犯人が乗り込んだ船の扉が閉じられると、つながっていた橋渡しが垂直に上がっていく。


 「飛べるか、菊池」

 「飛ぶってなんだよ」

 「空飛ぶ車からあの船に飛べるかって聞いてんだ」

 「ダイ・ハードかよ。受けて立つ!」

 「ロックな返事だな。それでこそエース!」


 橋渡しに特攻を仕掛ける最中、天井の突起をつかみながら俺は窓から車の上部へ乗り移った。スピード全開で橋渡しを飛び越えた車は宙を舞って船に接近する。


 「とどけーーーーーっ!」


 小出川の叫びに押されて、車を蹴った俺は船に手を伸ばした。あと少し、もう少し、空を泳いで必死にもがいた俺の手に、冷たく固い感触が伝わってくる。離すものかと握りしめた船のはしごに足を掛けて、やっとの思いで俺は一段ずつ登っていった。


 世紀の大怪盗もびっくりの不法侵入を果たした俺は甲板に人気がないのを確認すると、飛び移ってコンテナの影に隠れた。ぱっと見て船員は一人ないし二人。持ち場から動く気配はない。


 ちょっとずつ船内に向けて足を動かし、時折顔を向けてくる度にコンテナの影に隠れてやり過ごす。スパイとか泥棒ってこんなにプレッシャーがきついのか。心臓に悪いのは映画だけで十分だ。


 コンテナの外周から船内へ向かおうとした時、背中からどんと床を叩きつける音がした。心臓がびくつき、頭が真っ白になって声が出なくなる。恐れのあまり後ろに振り向けないでいると、足元に二個の白球が転がってきた。ほっと胸を撫で下ろすと、そのまま転がってしまいそうなそいつらを足で止めて拾いあげる。


 ひとつをポケットに入れて、もうひとつを船の奥に向けて放り投げる。音が鳴った方に船員の注意が向いた隙に、半開きになっていた船内の扉へと俺は体を滑り込ませる。


 階段を下りた先は駐車場のスペースだった。等間隔に駐車されている車は普通の乗用車からトラックまで様々だ。まずは人がいないことにほっとすると、一台一台車種を調べながら俺は奥の方へと忍び歩く。


 軽乗用車、セダン、トラック、4WD、トラック、軽トラ……あった、無地の白い軽トラ、これだ!


 後ろに回って被せてあるブルーシートをそっとめくって中を確認すると、頑丈そうな黒い箱が隠されていた。大ビンゴだ!ゆっくり床に降ろして箱を開くと、高そうな雑貨品の中にカッツェ・シュガーと書いている瓶もある。こいつに間違いない。


 「えっ……」

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