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スタニング・ワード③

 主役が伏せてしまった二月十四日の物語は脇役二人だけを残して時間だけが奪われる展開となってしまった。


 いかんせん最終兵器の調理部という力添えを得たとしても肝心要なものがプレゼントには込められない。そう語るあいつの声は一見落ち着いているけど、ここ数年で見せたことのない動揺が感じ取れた。


 「相手の名前がわからないと文字を書けないじゃない」

 「別にメッセージだけでもいいんじゃないか」

 「それだと出来合いものと変わらないじゃない!」


 確かにその通りだなと思っていると、電話の向こうから話し声が聞こえてきた。追い打ちをかけられたように「えっ」とあいつは言葉を失う。五秒ほどの沈黙が続いて伝えられたのは「用事ができて、調理部も昼からは手伝えないって」という通告。世はまさに四面楚歌だ。


 「どうしよう……」


 とうとう弱気になってしまったあいつは頭が真っ白なんだろう。狼狽も甚だしい。俺でもアシストできることが何かないかなと頭を巡らせるが、商品も作る知識もない現状で助けになるようなことなんて―――――。


 あるじゃん。たったひとつだけ。俺という存在だからこそ成せるものが。


 「すまん」

 「なにがよ」

 「気づくのが遅れた」

 「あんたはいつだって遅いじゃない」

 「茶化すな。『片桐』だよ。あいつ、その子のお相手の名字は片桐だ。当て字だから正しい読み方はわかんねえけど『じゅりや』か『じゅきや』だったはず」

 「ほんとなの?ほんとに本当?」


 食い気味に問いかけるあいつに「任せとけ」と俺は答える。


 「弱小野球部は部員も少ねえから後輩の名前もしっかり覚えられるんだよ。フルネームが怪しくても名字か、J,Kのイニシャルで誤魔化すことはできる。これでなんとかならねえか」


 野球で例えるならツーベース以上の価値があったと思ったのは俺の思い違いか。不意の一撃にあいつは開いた口が塞がらなくなったのか、しばしの沈黙が生まれる。その時間が長くなるほど「あれ?」っ思いが強くなってだんだんと自信が薄れてくる。


 「……がと」


 聞き取れず「へ?」って返した俺に「なんでもない」とあいつは追及を阻んだ。そして「わかった」と落ち着きを取り戻すと、意を決したように声を力強く発する。


 「私が作る」


 衝撃過ぎた一言は俺の日本語能力を根こそぎ引っこ抜いて思考不能に陥らせた。なに?今、何て言ったかもう一度言ってくれ。ワンモア?パードゥン?


 「あの、今、なんて」

 「この子の思いを私が代行する。絶対につないでみせる。だから、だから助けなさいよ!あんた、私のナンバー2でしょ!」


 あいつの叫びがぱしっと俺の中のなにかをはめ込んだ。久しく止まっていた『思い』という血流が全身をめぐりめぐってアドレナリンを放出させ、両目が真開きになる。


 ―――それが、背中に二番を背負うってことなんだよ。


 あいつのくせに、懐かしいことを思い出させてくれる。ちょっと嬉しくなってきた。


 「二番目の男みたいに言うな」

 「うるさい!分かってて言ってんでしょ。汲み取りなさいよ!」


 ぶっきらぼうな物言いに「ああ」と答えて、俺は店内の時計を睨みつけた。


 「昼までになんとかしてやる。カカオの他に必要なリストをメールで送ってくれ。それと、いつでも作れる準備、頼むな」


 「うん」の一言だけ返事を受け取ると、俺は電話を切って行き先を考えた。駅中百貨店ですら在庫切れとなればどこに行けば置いてるだろうか。都心まで行けば大都会の力で羽振りよく充実したラインナップがあるだろうか。


 なんにしても情報がない以上は推測の域は出ない。とりあえず電車に乗りつつ、ネットで色々と情報を漁ってみるか。


 「待って!ちょっと待って!」


 考えを巡らせながら店のフロアを出ると、思いもがけぬ声に俺は呼び止められた。


 「ここに行ってカカオマスくださいって言いなさい。電話で確保してもらったから」


 雑貨屋の店名と地図付きのメモを渡してくれた店員は「応援してるからね」と手を振って見送ってくれる。


 「愛は性別を超えられるわ。頑張って彼のハートを射止めるのよ!」


 自覚なき悪意の笑顔が俺に襲いかかる。あんた、ずっと俺をそんな風に見てたのか。


 「誤解だ!作るも渡すも別の奴だ!」

 「作る彼によろしく言っておいてね」

 「作るのは女だ!健全なプラトニックだ!」


 わけのわからないやりとりにため息をつくも、エスカレータで地上階に上がった俺は意識を切り替えた。急ぎスーパーまで戻って原付のスイッチを入れると、フルスロットルで現地に向けて飛ばしていく。


 必ず、昼までに。この約束だけは守って見せる。

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