佐藤沙織 希望の兆し
そういって吉川は小さな箱を手渡す。市販品の診断薬のようだった。礼を言って受け取ると、吉川は小さな笑みと共に指さした。
「どうぞ、お手洗いはあちらです」
薬を手渡され、沙織は診療所のお手洗いに向かった。
指示書き通りの処置を行い、結果を待つ。
沙織の手が震える。
もしかして――本当に?
数分後、結果が出た。くっきり線が浮かび上がっている。
吉川先生が沙織に幾つかの問診を行い、その身体に聴診器を当てる。
「私は産婦人科が専門ではありませんから、断言は出来ませんが、間違いなさそうです」
「それじゃ……」
「はい、おめでとうございます、佐藤さん。新しい命を授かられたんですね」
その言葉が胸に響いた瞬間、沙織の目から涙が溢れた。引っ越しで力仕事もして、特に気を遣っていなかったのに。この命は逞しく私の中で育ってくれていた。陽一の弟かしら? それとも妹? どちらでも良い。
「……本当に?」
「ええ。間違いないかと」
念を押すように問う沙織に、吉川先生は穏やかな笑みを浮かべる。その笑みに沙織の胸が熱くなってゆく。
千鶴が優しく肩を抱いてくれた。
「良かったですね。おめでとうございます」
その温もりに、涙が止まらなくなった。
――新しい命。
――私のお腹に、新しい命が。
隣の部屋で休んでいる俊夫に、すぐにでも伝えたかった。
陽一にも。
「陽一……陽一!」
沙織は息子を呼んだ。
陽一が毛布から顔を出し、不思議そうに母を見つめる。
「お母さん、どうしたの?」
「あのね……陽一に、弟か妹ができるのよ」
その言葉を聞いた瞬間、陽一の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと? 赤ちゃん?」
「ええ、本当よ」
沙織は息子を抱きしめた。
その小さな体が、愛おしくて仕方なかった。
「お父さんにも教えてあげなきゃ!」
陽一が嬉しそうに笑う。
輝くような笑顔だった。怖いことがいっぱいあったので嬉しさもひとしおだったのだろう。
吉川先生が静かに言う。
「俊夫さんには、少し落ち着いてから伝えましょう。今は体を休めることが優先です」
「はい……分かりました」
沙織は頷いた。
胸の奥に、小さな希望の灯が宿っている。
――新しい命。
――陽一の弟か妹。
――家族が、増える。
廃屋での恐怖も、村人たちの異様な行動も、今は遠い出来事のように思えた。
ここにいれば、きっと大丈夫。
沙織はそっとお腹に手を当てた。
まだ何も感じないけれど、確かにそこに命がある。
「ありがとう……本当に、ありがとうございます」
沙織は吉川先生と千鶴に、何度も頭を下げた。
千鶴が優しく微笑む。
「これから大変ですけど、頑張ってくださいね」
その言葉に、沙織は力強く頷いた。
――大丈夫。私たちは、きっと大丈夫。
胸の奥に、確かな希望が灯っていた。




