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にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

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佐藤沙織 希望の兆し

 そういって吉川は小さな箱を手渡す。市販品の診断薬のようだった。礼を言って受け取ると、吉川は小さな笑みと共に指さした。


「どうぞ、お手洗いはあちらです」


 薬を手渡され、沙織は診療所のお手洗いに向かった。

 指示書き通りの処置を行い、結果を待つ。

 沙織の手が震える。

 もしかして――本当に?


 数分後、結果が出た。くっきり線が浮かび上がっている。

 吉川先生が沙織に幾つかの問診を行い、その身体に聴診器を当てる。


「私は産婦人科が専門ではありませんから、断言は出来ませんが、間違いなさそうです」

「それじゃ……」

「はい、おめでとうございます、佐藤さん。新しい命を授かられたんですね」


 その言葉が胸に響いた瞬間、沙織の目から涙が溢れた。引っ越しで力仕事もして、特に気を遣っていなかったのに。この命は逞しく私の中で育ってくれていた。陽一の弟かしら? それとも妹? どちらでも良い。


「……本当に?」

「ええ。間違いないかと」


 念を押すように問う沙織に、吉川先生は穏やかな笑みを浮かべる。その笑みに沙織の胸が熱くなってゆく。


 千鶴が優しく肩を抱いてくれた。


「良かったですね。おめでとうございます」


 その温もりに、涙が止まらなくなった。


 ――新しい命。

 ――私のお腹に、新しい命が。


 隣の部屋で休んでいる俊夫に、すぐにでも伝えたかった。

 陽一にも。


「陽一……陽一!」


 沙織は息子を呼んだ。

 陽一が毛布から顔を出し、不思議そうに母を見つめる。


「お母さん、どうしたの?」

「あのね……陽一に、弟か妹ができるのよ」


 その言葉を聞いた瞬間、陽一の顔がぱっと明るくなった。


「ほんと? 赤ちゃん?」

「ええ、本当よ」


 沙織は息子を抱きしめた。

 その小さな体が、愛おしくて仕方なかった。


「お父さんにも教えてあげなきゃ!」


 陽一が嬉しそうに笑う。

 輝くような笑顔だった。怖いことがいっぱいあったので嬉しさもひとしおだったのだろう。

 吉川先生が静かに言う。


「俊夫さんには、少し落ち着いてから伝えましょう。今は体を休めることが優先です」

「はい……分かりました」


 沙織は頷いた。

 胸の奥に、小さな希望の灯が宿っている。


 ――新しい命。

 ――陽一の弟か妹。

 ――家族が、増える。


 廃屋での恐怖も、村人たちの異様な行動も、今は遠い出来事のように思えた。

 ここにいれば、きっと大丈夫。


 沙織はそっとお腹に手を当てた。

 まだ何も感じないけれど、確かにそこに命がある。


「ありがとう……本当に、ありがとうございます」


 沙織は吉川先生と千鶴に、何度も頭を下げた。

 千鶴が優しく微笑む。


「これから大変ですけど、頑張ってくださいね」


 その言葉に、沙織は力強く頷いた。

 ――大丈夫。私たちは、きっと大丈夫。

 胸の奥に、確かな希望が灯っていた。

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