↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/188

佐藤沙織 診察

 居間に入った吉川は、布団に伏した俊夫の顔を覗き込んでいた。

 赤く充血した眼、汗で濡れた髪、胸の上下は不規則に荒い。

 吉川は黙って脈を取り、額に手を当てる。眉間の皺が深く刻まれていく。


「……熱は高いですね。宴会の時も具合を悪くされていたようなので、気にかかっていたのですが」


 低くつぶやき、聴診器を胸に当てる。俊夫の呼吸音が部屋に広がり、沙織は思わず両手を握りしめた。

 そんな話は初めて聞く。沙織は、自分が思っている以上に夫婦のコミュニケーションがとれていないことに驚いていた。何でも話し合っていると思っていたのに。


「どうなんでしょうか……?」


 震える声に、吉川は眼鏡の奥から穏やかな視線を向けた。


「熱は三十九度ほどありますが、呼吸はしっかりしています。胸の音もきれいですし、脈も落ち着いている。今すぐ命に関わるような危険はありません」


 沙織の表情に安堵の色が差すのを見て、吉川はさらに言葉を重ねた。


「おそらく疲労からくる一過性の熱でしょう。まずは水分をしっかり摂らせて、布団で休ませてください。しばらく安静にして、様子を見ましょう」


 その言葉に沙織の膝から力が抜けた。床に崩れ落ちそうになる彼女を、吉川が静かに支える。


「大丈夫です。私が見ています」


 ――自分ひとりではない。この家に、村に、寄り添ってくれる人がいる。


 吉川は往診鞄を閉じ、立ち上がる。


「体を冷やすために水枕を使ってください。食事は消化の良いものを。熱が下がらなければ、また知らせてください」


 沙織は深く頭を下げ、声を震わせた。


「ありがとうございます……本当に……」

「そういえば、村長というか村の人から赤い――」


 吉川が、その言葉を口にした直後、玄関が激しく開け放たれた。

 千鶴が駆け込んできたのだ。顔は蒼白で、肩で荒く息をついている。


「せ、先生! 大変なんです、大変で……!」


 畳に膝をつき、取り乱した様子で吉川にすがりつく。

 吉川が怪訝な表情で身を屈めると、千鶴は震える唇を寄せ、耳元に素早く何事かをささやいた。


 その瞬間、吉川の顔色が変わった。

 眼鏡の奥で瞳が鋭くなり、唇は硬く結ばれる。


「申し訳ありません、緊急の用事ができまして……ご主人の容態は安定していますから安心してください。それではこれで失礼いたします」


 立ち上がり、早口で言葉を残す。


「何かあれば、すぐ診療所まで来てください。遠慮はいりません」


 沙織が呼び止める間もなく、吉川は鞄を抱え、千鶴と共に玄関を飛び出していった。

 戸が閉まる音が、妙に乾いて響いた。


 居間に残された沙織は、布団の端を握りしめたまま立ち尽くす。

 夫の荒い呼吸と、遠ざかる足音だけが耳に残り、不安が胸に広がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。