佐藤沙織 千鶴の申し出
「それはご心配ですね。すぐに先生をお起こししましょう。診療所はまだ支度の途中だと思いますが――」
沙織は、千鶴に腕を取られながら呆気にとられていた。
ありがたいが、この人は雑貨屋の店員さんでは?
器用に片手でお盆を支えながら診療所の扉を開ける千鶴を見て、納得する。この人はお隣のお医者さんの世話をしているのか。
田舎の生活では、こんな助け合いが当たり前なのかも知れない。
二人で診療所へ駆け込むと、薄暗い玄関に紙と薬瓶の匂いが漂っていた。
千鶴は盆を台に置くなり、奥の襖を叩く。
「先生! 先生、佐藤さんが!」
しばらくして、寝間着に上着を羽織った吉川が現れた。髪は乱れ、服を直す手が少し震えている。
「どうかしましたか……? えーっと佐藤さん? ああ、ご主人からお話は伺っています」
沙織は頭を下げ、必死に訴えた。
「夫が、ひどい熱で……昨夜から、目も真っ赤に……!」
吉川の目が一瞬力強く光り、すぐに真剣な色を帯びた。
「わかりました。すぐに伺いましょう」
慌ただしく往診鞄を手に取る吉川の背を、千鶴が支えるように押した。
「先生、留守番は私がしますから、お気をつけて。何かあったら佐藤さんのお宅にいけばいいですね?」
「はい、すみませんが宜しくお願いいたします」
千鶴の言葉に短く答える吉川。そのやりとりに、沙織の胸にわずかな安堵が広がった。自分ひとりではない、頼れる人がいる――そう思えただけで、涙が込み上げそうになった。
吉川は靴を突っかけると、沙織の方へ深く頷いた。
「行きましょう」
二人は霧の村道を佐藤家へ向かって歩き出した。やがて家の前にたどり着くと、吉川は沙織に振り返り、短く言った。沙織の様子を見て、礼儀や順序を無視することに決めたのだろう。果断なお医者様だ、と沙織は感じる。
「では、お邪魔いたします」
そのまま靴を脱いで土間に上がる。
「お医者さまですか?」
「ああ、そうだよ。お父さんを診に来たんだ」
玄関からは陽一が出て吉川に対応している。
「陽一、そろそろ学校の時間でしょ?」
「あ、うん、もう準備できてる」
「なら、いってらっしゃい」
「お父さん、大丈夫?」
不安そうにいう陽一に、土間から吉川は笑いかけた。
「大丈夫だよ。先生がちゃんと診るからね。安心して学校に行っておいで」
ひとつ頷いた陽一は、玄関に置いてあったランドセルを背負い立ち上がった。
「いってらっしゃい!」
沙織は陽一を安心させるように微笑む、ポンとランドセルをたたいて送り出す。
「いってきまーす!」
陽一は道に集まっていた子供たちに混ざり、村の道を歩いて行った。時々不安そうにこちらを振り返るが、沙織が大きく手を振ると安心したように歩いて行く。




