林田美穂 最後の手紙
指先に紙の感触がある。
取り出すと、小さな手紙だった。汗で濡れ、文字は震えていたが、それでもはっきりと名前が見えた。
「……みほへ」
文字が見えない健太が、それでも必死になって書いたであろう彼の最後の文章。
みほ、の文字だけが綺麗に書かれている。
健太には、あゆみ、の文字しか認識できなかったのでは?
それって……。
美穂は震える手で手紙をひらく。
本文の文字は歪み、震え、時折線が重なり合って掠れていた。健太の目には、きっとほとんど黒い線にしか映っていなかったはずだ。それでも一文字ずつ、記憶と勘だけを頼りに刻みつけたのだろう。美穂は目を凝らし、震える文字の連なりを、彼の想いごと拾い上げるように読み進めた。
みほへ
うまくいえんけど、ぼくはおまえのことがすきじゃ。あゆみのことがずっときになってたけど、ぼくのそばにいつもいてくれたのは、みほじゃった
いっしょにまちにいこうといってくれて、ほんとうにうれしかった
もし、めがなおったら、いっしょのだいがくでべんきょうして、それからずっといっしょにいたい
もういちどかく
はずかいしけど、ぼくはみほのことがほんとうにすきじゃ
みほも、ぼくのことがすきじゃったらこのさきもずっといっしょに――
――息が詰まる。
涙で文字がにじんで、もう読めなかった。
でも、もう十分だった。
「健太……わたしに……書いてくれたんじゃね……」
幸せ……全身を引き裂くような激痛に襲われながら、美穂はただそれだけを思った。
《《ああ、産まれてきて良かった》》……きっとわたしは、この手紙を読むために産まれてきたんだ……。
健太への思慕が痛みさえかき消すほどに美穂の全身を満たしてゆく。
その顔に浮かぶのは、微かな笑み。
美穂は手紙を胸に抱きしめ、健太の冷たい手に自分の手を重ねた。
頬を伝う涙が紙を濡らし、夜の土に落ちていった。
「おやすみ……美穂」
その言葉と同時に、全ての痛みが消える。
最後に見たのは、月光に浮かぶ清音の横顔。
その美しさは残酷で、でもどこか哀しくもあった。
美穂の唇がわずかに動いた。
「……けん……た……す……き」
掠れたような声音。
その囁きを最後に、美穂の意識は静かに闇に沈んでいった。




