しゃがんでいる子供 弐
清音が帰ったあと、押し入れの段ボールを開けた。
新聞紙をめくるたび、インクの匂いが立つ。指が茶色い瓶の肩に触れた。ラベルは剥げ、かすれた手書きの字がわずかに残っている。赤黒い液が底に少し。栓を開ける勇気は出なかった。閉じたまま、鼻先へ運ぶ。
同じ匂い――濃厚で重い、どこか金属に触れたような芳香。母はこれを飲んでいたのだろうか。いつ、何のために。
§ § §
夜、目が覚めると、水の音がしていた。
台所だ。蛇口が閉まっているのを確かめたのに、金属の口からぽと、ぽと、と水が落ちるような音が途切れず続く。
耳を澄ますと、それは水音だけではなかった。どこか遠く、川の底で鳴っているような低い響きが重なっていた。
窓の外は真っ暗で、風がない。部屋に置いた瓶の中で、液がゆっくり揺れているように見えた。
梓は立ち上がるのをやめて、布団に沈んだ。
ノートを手に取り、震える指で書きつけた。
「背中の目――私にしか見えないのか」
「赤黒い薬――母も飲んでいた」
「掟を守らない者は――」
そこで筆が止まった。
胸の中で、濃厚な芳香と水の音が重なり、眠りと覚めの境い目を行ったり来たりした。清音の指の震えと、背中に並んだ小さな目の輝きが、交互に浮かんでは消えた。
§ § §
【記録者後書き】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
少しずつ、村の異質さが見え始めてきたでしょうか。
この物語はノンフィクションです。
ある記録を元に描かれました。




