表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【にくゑ】ある田舎の村が焼失するまでの全記録。【禁断の因習村百合ホラー】  作者: カクナノゾム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/31

しゃがんでいる子供 壱

 下校の時間。初等部の子どもたちが列をなして歩く。笑い声が絶えない。


 ――自分もようやく、この輪の中に入れたのかもしれない。

 そんな風に思っていたある日。


 帰り道、畑の脇のコンクリート縁に小さな影を見つけた。小学生くらい。全裸だ。膝を抱えて、しゃがみこんでいる。


「どうしたと? 梓」


 健太が声をかけてくる。彼にはこの子どもが見えていないのだろうか。美穂もあゆみも気づいている様子はない。だが、子どもはそこにいる。


「そこに……子どもが……裸の……」

「そんなもんおらんじゃろ? 初等部の子は先に帰っとったやろ?」


 梓はしゃがんでいる子どもに目を凝らす。


 ――何かがおかしかった。


 背中の形が人の骨格と異なっていた。肩甲骨が肩より上に突き出している。全身が濡れていた。空は晴れているのに、服の裾から水がぽたぽたと落ちている。


「……大丈夫?」


 声をかけそうになって、梓ははっとした。子どもは動かない。胸も上下せず、息をしている気配がない。顔を上げさせてはいけない。人間の顔ではない気がしてならなかった。


「今日は学校で畑仕事だったのね。お疲れさま!」


 榊商店の千鶴が手を振っている。反射的に頭を下げる。振り返ると、そこにはもう子どもはいない。濡れた跡だけが、道に残っていた。


「今……子どもが……」

「丁度下校時刻ですもの。どうかしたの?」

「い、いえ、なんでも……」


 取りすがる村人たちが微笑みかける。


 そのときだった――通りすがる人々の笑顔が、一瞬だけ同じに見えた。目尻の上がり方。口角の角度。年齢も性別も違うはずなのに、判で押したように揃って見える。


 梓の足が止まった。心臓が小さく跳ねた。


「梓ちゃん、どうしたと?」


 近づいてくるあゆみの表情も、同じ角度の笑顔、同じ優しさの仮面に見える。


「みんな、梓ちゃんのこと大好きじゃからね」

「清音様……清音も、梓ちゃんのことようけ気にかけとるし」

「……様?」


 聞き返した声に、あゆみが目をそらす。

 何故だろう。

 あの頃と同じ気配を梓は感じていた。



 § § §



 翌日も、またその次の日も、同じ場所にその子はいた。

 同じ姿勢で、同じように濡れたまま。


 不思議なのは、ほかの誰も気に留めないことだった。誰も視線を向けない。まるで見えていないか、見ないふりをしているかのよう。


 隣を歩く清音に尋ねても、クラスメイトに聞いてみても首を傾げるばかり。

 ――私だけに見えている、子ども?


 三日目、梓はとうとう足を止めてしまった。

 昨日までと同じ姿でしゃがみ込む小さな背中に、引き寄せられるように近づいてしまったのだ。


 一歩。二歩。

 靴の先とコンクリートの縁が一メートルほどの距離になったとき、子どもの背から何かが一斉に這い出した。


 ――目だ。


 小さな目が、いくつも、背中に並んでいた。

 黒目がちのそれが、一斉にこちらを見る。


「――ヒッ!!?」


 目が合った――そう思った瞬間、世界が白く途切れた。


 背中に並んだ小さな目が、いっせいに瞬いたように見えた。喉の奥が凍りつき、足の裏から体温が抜けていく。耳の遠くで誰かが名前を呼ぶ。清音、清音――声にならないまま、地面がゆっくり傾いてきた。



 § § §



 甘い匂いで目を覚ました。

 自分の家だ。

 口元にガラスの縁が触れている。やさしく傾けられた瓶から、とろりとした液が舌の上に落ちた。濃厚な飴のような味わい。ほんの少し鉄の味が混じる。


「飲んで……薬よ」


「……これ、なに?」


 訊ねる声はかすれていた。答えは返ってこない。清音の声は静かで、指は驚くほど冷たかった。その指が一瞬、わずかに震えたような気がした。


 喉が勝手に動いて、二口、三口と飲み下す。胸の中の震えがゆっくりほどけて、指先に戻ってこなかった感覚が少しずつ戻る。

 視界の端で、茶色のガラス瓶が赤黒く光った。


 体を起こすと、畳の目が汗で頬に貼りついていた。自分の家だ。清音は座卓の端に瓶を置き、栓を指でたたいた。その動作が妙にぎこちない。


「……もう大丈夫」


 断言する口調に、有無を言わせない力がある。けれど清音の瞳の奥に、一瞬だけ何かが揺らいだように見えた。梓はうなずいた。大丈夫、たぶん。


 瓶を見て、胸の奥がきゅっとした。見覚えがある。引っ越しの段ボールにしまい込んだ、母の遺品の中――古い手鏡や写真の包みの下に、確か――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ