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にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

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解題資料編 プロローグ

 きっかけは、高校時代からの友人、吉川直樹からの手紙だった。

 あいつが赴任した無医村からの、一通の手紙。


 〈君へ。


 こっちに来てもう一年以上になる。山ばかりの小さな村で、正直、医者としてやることは少ない。村人たちは皆穏やかで、よそ者の俺にも親切だ。


 だが、どうにも様子がおかしい。皆どこか作り物めいた笑顔を浮かべていて、誰に何を聞いても核心には触れさせない。


 先日、この村の■■が二人、朝方■■■に運び込まれてきた。前日まで俺が■■いた、■■たちが■■■■■■■■。


 運び込まれてきた■■ちゃんと■■くんの■■を、■■室で■■していた時だった。


 二人の■■が、突然■■出した。■■の下で何かが■■き、■■という■■から、■■■■■■がせり上がってきた。それは■■からずるりと持ち上がると、■■に向かって伸び上がり、張りついた。


 無数の■が、俺たちを見下ろしていた。■■のたびに、あの子たちの■が聞こえた気がした。■■、と。それとも、ただそう聞こえただけなのか。

 ■■が起き上がり■■かかってくる。

 ■■としかいいようがないが、俺が実際に■■したことだ。


 なぁ――高校の時のあの夏のことを、思い出さないか? お前の肩に残ったあの■■のことも。もしかしたら、あれと似たようなものが、この村にも■■のかもしれない。


 だが、本当に■■のはその後のことだった。

 村の誰もが、まるで最初からそんな■■は■■■■■■かのように振る舞う。


 俺自身、■■が■■れている■■がある。だが■■には確かに■■ている。■■がある限り、■■てなるものかと思っている。


 これは、お前の仕事のネタになるかもしれないな。落ち着いたら、また連絡する


 吉川直樹 拝〉


 手紙を見て俺は目を疑った。

 ――検閲されている。現代のこの日本で?


 封筒の隅には、消印と一緒に村の名前が印字されていた。

 ――虚木村。


 その手紙が届いてから、程なくして。

 その村が、謎の火災で村ごと焼失したというニュースが流れた。

 吉川も、行方不明。


 俺は高校時代からの付き合いがある小説家の彼女――藤瀬伊織に、このことを話した。


 俺は怪談や心霊事件を専門に扱うルポライターで、職業柄その手の情報には常にアンテナを立てている。


 だが、これは違う。友人が消えた。それだけで十分だった。


 「私も行く」


 高校時代からの友人で、元カノでもある彼女はそう言って、俺の話を最後まで聞かずに旅支度をはじめ、俺達は虚木村へと向かうことになった。


 §


 焼け跡は、思っていたよりずっと静かだった。

 焦げた柱、黒く塗りつぶされた壁、冷えた灰。それでも、俺たちは資料を探した。


 村の中央の広場跡、石の下の土に半ば埋もれるようにして、一冊のメモ帳が見つかった。

 紙が、ふやけている。指先でつまんだ瞬間、ぞっとする。沈むように柔らかく、まるで乾ききらない布か、濡れた皮膚を触っているような感触。思わず手を引っ込めそうになった。表紙はほつれ、赤黒い染みが浮かんでいる。


 俺は意を決して、ページをめくった。

 紙は想像以上に脆く、ぺりぺりと音を立てて裂けた。その瞬間、甘い匂いが顔に向かって立ちのぼる。花の蜜にも似ているが、鼻の奥を刺すように重く、鉄の匂いが混じっている。長く嗅げば吐き気を催しそうな匂いだった。


 文字は若い女の丸い筆跡で、ところどころ滲み、判読できない箇所が多い。それだけではなかった。焼け跡の別の場所からは、大人の几帳面な日記、役場の書式のものと思われる記録用紙、筆跡の異なる断片が数枚見つかった。まるで誰かが意図的に切り取り、封じ込めたように、村の各所に寄せ集められている。


 俺たちはそれを一枚ずつ、封筒に集めていった。


 机の上に広げ、一枚ずつ目を通した。そこに記された言葉は、恐怖に追い詰められた者の悲鳴ではない。声を荒らげるでもなく、嘆きもなく、ただ氷の底に沈められたような温度で書かれている。感情の痕跡が欠け落ちた記録。淡々と事実だけが並んでいた。


 ――これはただの資料ではない。書いてあることは異常だが、実際に起こったことだ。

 俺は自らの直感にしたがい、この記録の裏付けを取り始めた。


 資料を探し求め、郡役場の古い報告書を請求し、診療所に残されたカルテを写し取り、村から離れた住民に話を聞き取る。古書店で見つけた郷土誌には「肉ゑ神」の名が記されていた。明治期の民俗調査の付録にわずか数行、 〈大旱魃の折、村人は人を祀りて肉を神とした〉 と書かれている。


 さらに戦後間もない大学紀要には、地元出身の学生による論文が挟まれていた。


 〈肉ゑは水神の変形にして、贄を喰らう。年ごとに若き女を“蓋”として封じる儀式あり〉


 脚注は曖昧で、出典は“口碑”とだけ記されている。


 気がつけば、焼け跡で拾った紙と、俺が外で集めた紙が、いつのまにか見分けがつかなくなっていた。どちらも同じように湿り、同じ匂いを帯び、同じ冷たさを持つ。読み進め、書き写し、追記していく日々が続く。


 資料の中には、完全な嘘、誤認情報、思い込みによる創作も含まれているだろう。

 真実が何であったのか、それは誰にも分からない。


 だが、資料だけはこの通り、しっかりと集まっている。

 記憶が欠けても、記録は残る。それだけが、今の俺の支えだ。


 もしこの資料に集めた通りのことが本当だとしたら――これは、世界を揺るがしかねない大事件だ。


 吉川の行方を探すための行動が、いつのまにか、こんなことになっていた。

 俺はもしかしたら、世界を変えるほどの大事件のネタを掴んだのかも知れない。


 だが、ひとつ確かなのは、これらの断片に触れた者は、もう逃れられないということだ。


 村で得たわずかな手がかりを元に、他の土地に残る同じ信仰の痕跡を探し歩く日々が続いた。

 だが、資料を集めれば集めるほど、身の回りで不可解な出来事が起こるようになった。


 電話の向こうで、話したはずのない誰かの声が紛れ込む。集めた資料を保管しているキャビネットの奥から、水の匂いがする。夜、目を覚ますと、机の上に広げたままの紙が、寝る前とは違う順番に並び替えられている。


 そして、最後にもう一度焼け跡を訪れた夜――そこで何かが起こった。

 なにか恐ろしいことが。

 俺達は意識を失い、気がつくと街の病院で意識を取り戻していた。


 未だ朦朧としている伊織を残し、俺は病院を抜け出した。


 これは、ただの紙ではない。

 これを読む者には、覚悟が必要だ。

 以下に収集した資料の、ほんの一部を記録しておこう。

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