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にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

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虚木清音 増えていく目

「また……増えとる……」


 清音の体が急激に変化しはじめたのは、井戸で千鶴と宗次を見送った翌日からだった。


 鏡に映る自分の顔を見つめていると、額の左側に小さな黒い点が浮かんでいるのに気づいた。虫刺されかと思って指で触れると、その点がゆっくりと瞬いた。


 ――目だった。


 息が詰まる。鏡から飛び退いて、再び恐る恐る覗き込む。今度は額だけでなく、首筋にも、肩にも、小さな目がいくつも浮かんでいた。


 慌てて手鏡を取り、背中を映してみる。そこにも無数の目が、まるで星座のように配置されていた。


 どれも清音の意志とは無関係に瞬きを続けている。見られている。体の内側から、外側から、無数の視線に包まれている感覚に吐き気を覚えた。


 清音は急いで部屋中の鏡という鏡を取り出し、全て布で覆った。姿見も、手鏡も、化粧台の鏡も。白い布で包んで、押し入れの奥にしまい込んだ。


 でも、体の変化は止まらなかった。


 翌朝、起きてみると、腕にも脚にも目が増えていた。お腹の上にも、太ももにも。まるで皮膚が別の生き物になってしまったようだった。


 外に出ることができなくなった。


 父の清一が心配して部屋の扉を叩いても、清音は返事をするだけで姿を見せなかった。


「清音、体調が悪いんか?」


「大丈夫じゃ。少し疲れとるだけじゃけぇ」


 嘘だった。体調が悪いどころか、体そのものが自分のものではなくなっていく恐怖があった。それがとても辛い。


 だが、一番辛いのは、梓に会えないことだった。


 無事に回復したとは聞いている。でも会いたい。本当はお見舞いにも行きたかった。でも行けなかった。


 きっと梓は心配している。なぜ学校に来ないのか、なぜ会いに来てくれないのかと。


 でも、もうこの姿は見せられない。

 まだ、少しでも綺麗なうちに梓と愛を交わせて良かった。

 ――人であるうちに。

 胸の奥から熱いものが込み上げる。悲しさと愛しさと、切なさと。


 あの人は私にとって特別。

 巫女はにくゑと繋がっていて、あの中にある永遠を知っている。だが全てを知っても、やはり梓は、だからなのだろうか、特別だった。


 梓を守りたいのに、今の自分こそが梓にとって一番危険な存在になってしまった。体中の目が梓を見つめてしまったら、きっと梓も同じことになる。


「梓……」


 清音は膝を抱えて部屋の隅に座り込んだ。

 愛している。誰よりも、何よりも。

 でも、愛しているからこそ、近づくことができない。

 この矛盾が清音の心を引き裂いていった。



 § § §



 祭りも近い、あの夜から七日目の夕方、とうとう梓が訪ねてきた。

 玄関から聞こえる声に、清音の胸は高鳴った。懐かしい、愛しい声。


「清音、具合悪いって聞いたけど、大丈夫?」


 すぐにでも飛び出していって、抱きしめたかった。

 でも、足が動かない。

 代わりに清一の声が聞こえてくる。


「帰れ。清音は儀式の準備で忙しいんじゃ」

「でも、友達として心配で……」


「友達?」


 清一の声が冷たくなった。


「友達じゃろうが誰じゃろうが、ならん。清音は巫女じゃ。今は精進潔斎の時、掟で誰とも会わせられん」


 清音は部屋の扉に背中をつけて座り込んだ。

 梓がいる。すぐそこに。

 扉一枚隔てただけの距離に、愛する人がいる。

 手を伸ばせば届きそうなのに、絶対に届かない。


「……清音?」


 梓の声が近づいてくる。玄関から清音の部屋の前へ。


「聞こえる? 私、梓よ」


 清音は扉に手のひらを当てた。きっと梓も反対側で同じようにしているのだろう。


「会いたい」


 梓の声が震えていた。


「私も」


 清音は声に出さずに呟いた。でも、言葉は扉を通り抜けない。


 ――でも……会えない。


 しばらく沈黙があった。梓が何か言いたそうにしているのがわかった。


「……無理しないで。元気になったら、また一緒に学校行こうね」


 優しい声だった。責めもしない、急かしもしない。ただ、待っていてくれるという約束。


「ありがとう」


 清音はやっと声を出した。扉越しでも、梓に言葉を届けることができた。


 梓の足音が遠ざかっていく。玄関で清一と短い挨拶を交わし、家を出ていく音。


 清音は扉にもたれたまま、涙を流した。

 愛しているのに、愛しているからこそ、傷つけてしまう。

 自分がわからなくなった。

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