夜の逢瀬 弐
清音の声に感情が混じる。
寂しさ、恨み、それでも愛情。
「だから、あなたも――」
「嫌」
梓は清音の手を握った。
冷たい。
けれど、生きていた。
「あなたを一人にしたくない」
清音の瞳から涙がこぼれた。
お腹の目からも、涙が流れた。
「でも時間がないの。私、もう――」
「にくゑって何?」
梓は清音を見つめた。
「どうすれば、あなたを助けられる?」
清音が微笑んだ。
その笑顔が、切なかった。
「にくゑ様は昔、この村を救った。飢饉の時、土地神が与えた肉の神……でも祈りを失えば、すべてを食い尽くす。だから巫女が必要。でももう――」
言葉が途切れた。
月光が弱まって、二人の影が重なる。
清音は巫女装束を脱ぎ去った。白い布が床に落ちる。緋色の袴が、静かに広がる。
その姿を、梓は息を呑んで見つめた。
両手で身体を抱きしめる清音。震えている。
「これが……私」
背中にも、幾つもの目が浮かんでいた。
「うん」
梓はそっと近づいた。
「それでも、あなたは清音」
清音の額に、唇を寄せる。
「私の、大切な人」
――姉。
――愛する人。
心の中で呼ぶ。
言葉にはできない。
清音も泣いている。
二人は泣きながら、抱き合った。
やがて清音が囁いた。
「触れて……いい?」
梓は頷いた。
清音の手が、梓の頬を撫でる。
その指先の冷たさが、胸の奥まで染み込んでくる。
「あなたは特別」
清音の声が震える。
「私の力が効かない。にくゑ様の神薬も効かない。どうして?」
梓は答えられなかった。
――それは、私が禁忌の子だから。
――歪んだ命だから。
でも、その言葉は喉に詰まる。
「分からない」
梓は嘘をついた。
「でも、こうしてあなたと一緒にいられるなら、それでいい」
清音の瞳が揺れた。
そして――唇が重なった。
最初は触れるだけの、儚いキス。
けれどすぐに、それでは足りなくなった。
清音の唇が開く。
梓の舌を受け入れる。
甘い吐息が混じり合い、互いの熱を貪るように深く、深く重なった。
罪の味がした。
甘く、苦く、そして――もう引き返せない。
清音の指が梓の襟元に触れる。
ボタンが外れてゆく。
布地が肌から離れる。
白い首筋。
鎖骨。
清音の肌は冷たかった。
けれど梓が触れる場所から、確かに熱が生まれてゆく。
梓の手が清音の背中に回り込む。
肩甲骨を辿り、腰へと滑り落ちる。
指先が、何かに触れた。
背中の、肩甲骨のあたり。
肌の下に――小さな"目"。
閉じていた。
梓は手を止めなかった。
指をそっと滑らせ、その目を包むように撫でる。
瞬間、目が開いた。
梓を見つめている。
清音が震え、梓の名を呼ぶ。
「見ないで……こんな、醜いもの」
「醜くなんかない」
梓は清音の背中に唇を寄せた。
その目に、優しくキスをする。
――これも、あなたの一部。
梓の胸の奥で、何かが疼いた。
――私の肉体にも、禁忌の血が流れている。
――姉を愛してしまう、歪んだ業が。
清音の体が震えた。
「梓……」
涙が頬を伝い落ちる。
梓がその涙を舐め取ると、清音は梓を抱き寄せた。
服が床に落ちる。
月明かりが二人の裸身を照らす。
清音の体には、背中だけではなく、脇腹にも、太ももにも、小さな目が宿っていた。
それらすべてが梓を見つめている。
梓は清音を布団の上に横たえた。
髪が枕に広がる。
月光を浴びて、銀色に輝く。
梓は清音の上に覆いかぶさり、再び唇を重ねた。
今度はもっと深く。
もっと貪欲に。
舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。
息が荒くなる。
清音の指が梓の背中を引っ掻く。
爪の跡が、かすかに熱を持って疼いた。
梓の唇が清音の首筋を辿る。
鎖骨。
胸元。
そしてさらに下へ。
清音の体が弓なりに反る。
「あ……梓……」
甘い声が喉の奥から漏れた。
梓の手が清音の太ももに触れる。
冷たく、柔らかく、震えている。
太ももの内側にも、小さな目がひとつ。
梓はそこにも、そっと唇を寄せた。
清音の体が跳ねる。
「や……そんなところ……」
「どこも、愛しい」
梓は清音の体を、目という目に、すべてキスをしていった。
清音の手が梓の髪を掴んだ。
強く、しがみつくように。
「好き……好き……梓……」
その言葉が、何度も繰り返される。
梓もまた、清音の名を呼んだ。
――清音。
――姉さん。
心の中で、呼びたい言葉を飲み込む。




