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にくゑ【ある世界が終焉を迎えるまでの道程。そして――】終焉の探偵  作者: カクナノゾム
第一部 にくゑ

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忘却の朝 参

 放課後の教室は、夕陽に染まっていた。

 机の角が赤く光り、黒板の文字が長い影を落としている。

 窓の外では、蝉の声が狂ったように鳴いていた。


 あゆみは廊下に立ち、清音の後ろ姿を見つめていた。

 白いセーラー服。

 長い黒髪。

 背筋の伸びた、凛とした立ち姿。

 美しかった。


 いつ見ても、胸が苦しくなるほど。

 あゆみの心臓が、早鐘を打つ。


 今日こそ。

 今日こそ、伝えなければ。

 この気持ちを。

 ずっと、ずっと抱えてきた想いを。

 邪魔な梓が先に帰ってしまった今日がチャンス。

 思いを定め、帰り支度をしている清音に歩みよる。


「清音」


 声をかけると、清音が振り返った。

 その瞳が、あゆみを映す。

 あゆみの息が、止まりそうになった。


「あゆみ? どうかした?」


 清音の声は、いつも通り優しかった。

 柔らかく、穏やかで。

 その声を聞くだけで、あゆみの胸は満たされる。


「お話があるんよ。ちょっとだけ、時間もらえる?」

「ええ、構わないわ」


 清音が微笑んだ。

 その笑顔に、あゆみの頬が熱くなる。

 二人は誰もいない教室に入った。

 扉を閉めると、外の音が遠くなる。

 夕陽だけが、二人を照らしていた。

 あゆみは清音の前に立った。

 手が震える。

 喉が渇く。

 言葉が、なかなか出てこない。


「あゆみ?」


 清音が心配そうに覗き込む。

 その優しさが、あゆみの背中を押した。


「私な、ずっと清音のことが好きじゃった」


 言葉が、口から溢れた。

 もう止められない。


「小さい頃からずっと。清音を見るたびに、胸が苦しゅうて」


 清音の表情が、わずかに変わった。

 驚き――いや、困惑。

 あゆみは構わず続けた。


「昨日のこと、私だけ覚えとるんよ」


 清音の目が、わずかに見開かれる。


「美穂と健太のこと。佐藤さん一家のこと。みんな忘れとるのに、私だけ覚えとる」


 あゆみは一歩、清音に近づいた。


「それって、私が特別じゃからじゃろう?」


 清音が、何も言わない。

 ただ、あゆみを見つめている。


「清音が、私だけを特別に扱うてくれたんじゃろう?」


 あゆみの声が弾む。


「記憶を消さんかったんは、私が大切じゃから。私が――」

「違うわ」


 清音の声が、静かに響いた。

 あゆみの言葉が、止まる。


「え……?」

「あゆみは、勘違いしてる」


 清音の声は優しかった。

 でも、そこに含まれる何かが、あゆみの胸を凍らせた。


「ええ、記憶は消さなかったわ」


 清音が頷いた。


「あゆみが、覚えていたいって言ったから」

「それって……」


 あゆみの声が弾む。


「そう。あなたが望んだから、叶えてあげただけ」


 清音が一歩、下がった。


「それだけよ」


 ――それだけ。

 その言葉が、あゆみの心に突き刺さった。


「で、でも」


 あゆみの声が震える。


「それって、私が特別ってことじゃ……」

「特別ね」


 清音が頷いた。


「でも、私が望んだ特別じゃない」


 あゆみの足元が、ぐらりと揺れた。


「ごめんなさい、あゆみ」


 清音の声が、遠くなる。


「でも、私は……」


 清音が目を伏せた。

 その表情に、迷いが浮かぶ。

 やがて、清音は顔を上げた。

 その瞳は、どこか決意に満ちていた。


「あゆみは、梓じゃないから」


 世界が、止まった。

 蝉の声も、風の音も、すべてが消えた。


「だから、ダメ」


 清音の声だけが、やけにはっきりと聞こえた。


「え……?」


 あゆみの口が、勝手に動く。


「梓……じゃない……?」

「ええ」


 清音が頷いた。

 その表情に、一片の迷いもない。


「私が愛してるのは、梓だけ」


 あゆみの視界が、歪んだ。


「あゆみのことは、友達として大切に思ってる。でも、それ以上じゃない」


 清音の声が続く。

 一言、一言が、あゆみの胸にナイフのように突き刺さる。


「ごめんなさい」


 清音が頭を下げた。


「あゆみの気持ちには、応えられない」


 あゆみは何も言えなかった。

 言葉が、喉に詰まって出てこない。

 清音が顔を上げる。

 その瞳に、哀れみが浮かんでいた。


 ――哀れみ。


 その感情を読み取った瞬間、あゆみの中で何かが音を立てて砕けた。


「そう……そうなんじゃね」


 あゆみの口が、勝手に笑った。


「清音は、梓ちゃんが好きなんじゃね」

「ええ」


 清音が頷く。

 その仕草が、あまりにも自然で。

 あまりにも、当然のことのようで。

 あゆみの胸が、激しく痛んだ。


「ごめんなさい」

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