昭和十七年のアングンの風景
昭和の戦後と呼ばれる時代に建設された古いビルのなかにあるレストランは時空間が歪んでいて、そこだけが過去のある時間帯を繰り返している。亡霊の記憶がそのレストランの時空間を形作っているのだ。
登場人物たちは、亡霊の記憶の時空間と過去に現実であった時空間とをつなげているレストランを、何かの目的をもって一緒に行き来しようとする。
それは歴史を変えてしまうかもしれない危険な行為だ。そう分かっているはずなのに。
いよいよ、昭和十七年、日本軍占領下のライラ・マーに到着しました。アングンと呼ばれていた街の雰囲気を紹介します。
===アングン港===
アングンには昭和十七年十一月三日、明治節の朝の五時に到着した。
八十島夫婦は、龍田丸船上で日本陸軍のアングン港湾司令部から派遣された士官を通して上陸手続きを終えて上陸した。
明治大帝の遺徳を偲ぶ明治節は、日本国内だけでなく、日本軍が支配するどの地域でも重要事だった。
朝の御前に合わせて、現地時間の六時半に、龍田丸が係留している埠頭に立った夫婦は手持ちの荷物を足元に置くと、北東の宮城の方向に頭を深々と下げた。
その時間に、アングン港のあちこちで、日本から到着した船から軍需物資を積み下ろす為に徴発された現地の労働者たちが、荷物を運ぶ手を休めて、それぞれ遥拝する様子を見られた。
紅葉が、八十島と二人で港への出入り口を監視する憲兵隊事務所に向かう道すがら、八十島に声をかける。
「わたしたちはこれで龍田丸に別れを告げますが、船は補給物資積み込みのため二日ほど停泊する予定です。本日のアングン寄港と明後日の出航は、連合国諸政府に通知の通り順調ですが、改めて取り決め通りに履行されていることを日本政府は中立国である西班牙政府を通じて連合国政府に通知することになっています。航海途中の突発的事故などという不幸は起きないと思います」
八十島は、龍田丸の方を感慨深げに見ながら歩いていた。龍田丸の甲板の様子を眺めていたのだ。八十島はため息を吐くように言う。
「久しぶりの入港やさかい、異国を見よう思うんやろうな。甲板に人が多い。航海中は海に囲まれとって、転落したら危険やゆうて甲板に出してくれへんかったし、昭南港でも乗り込む人が多くて警備上の都合で外に出られへん人がほとんどやった。ホンマは大勢を管理する船の都合で出さんかったんやろな。でもいつまでも船室と食堂の往復で、閉じ込めておけんわな」
「途中停泊はこれが最後の機会ですし、物資の積み込みで人の出入りも多く、監視する役目を負うものは心が休まらないことでしょう。監視する日本人も監視される連合国人も束の間だけでも外気や陽の光りを浴びる機会を得て欲しいものでございますね」
「ほんま、事故や事件が起きなきゃ、それでいいちゅうもんやない。人間なんやから気分転換は必要や。あと少しやから皆さん息災で過ごしてもらいたいもんや」
八十島海人と紅葉は船で見知った英国人らの顔を思い出しながら、そんな会話を交わす。
港には大小の船がたくさんいた。
いわゆる軍艦や軍の輸送艦だけではなく、軍に徴用されている民間船が多数犇めいているのだ。全て日本の貨物船だ。一目で現地の船と見分けられる艦船はひとつもなかった。が、徴発されている事実は出航前から学んでいた。
事実、近い将来に湿地帯が戦場に化す。そのためアングンやその近傍の小型船が、日本軍に根こそぎと言っていいほどの多数徴用されていた。それはこの国の北西沿いの港湾に行けばわかることだ。後に自分らの目と体で知ることだろう。
龍田丸から降りるのは、八十島夫妻のみで、彼らは西班牙大使の娘婿である英国人夫妻と当地で交換されることになっている。
龍田丸に乗り込むのは、彼ら英国人夫妻以外にも数名いるはずだ。
だが、その内容は八十島らには知らされていない。
龍田丸がアングンを出港すれば、何処にも寄らず、印度洋を突っ切って交換地のポルトガル領東アフリカ、ロレンソ・マルケスに直行だ。
西班牙大使の娘婿の英国人は帝都物産の現地雇いの社員で商社員として数年働いていた。当然、商社の営業網を通じて東南アジアにおける日本の占領地の状況にも詳しい。
本来ならスパイ容疑者として扱うべき人物が中立国の駐日大使の娘婿なのだ、日本軍はアングンを占領するとすぐに彼ら夫婦の扱いに困った。で、とりあえず、自宅に軟禁状態にした。
英国籍の日本商社マンは、比律賓で日本の商社の現地社員として雇われたとき、知り合って結婚した相手がたまたま駐日西班牙大使の娘であったのが幸いした。
仕事を離れるだけですんだのだ。
しかし交換されて、母国に着くか連合国の土地に入ったら、敵国の商社員として雇用された敬意や経歴が、英国や米国の官憲の取り調べ対象となるのは確実だ。
その点でも西班牙大使の娘婿という地位は身を守るために役立ちそうだ。彼は今頃結婚運に感謝していることだろう。直ぐに交換対象リストに入ったのも西班牙大使の娘婿の特典によるものだ。
夫婦で戦争が終わるまで中立国の葡萄牙や西班牙にいて欲しいと西班牙大使を含む日本の関係者は思っているらしい。
八十島たちが龍田丸の一等客室を占有できたのも、彼ら、英国人と西班牙人の夫婦との交換条件のおかげなのだ。
八十島夫妻は港の憲兵事務所まで出迎えに来た軍の車に乗って、その英国人夫妻が待つ帝都物産事務所に向かう。
令和時代の数週間前に八十島らがいた街、河から塔へと立ち昇る湿った空気が夕日で陽炎を作っていたスマゴトと呼ばれる街。
その街は、多くの白いタクシーと中古バスとサイカ―が行き交い、少女たちが笑い声を立てている街だった。
そのスマゴトは何処にもない。
八十島の目前には八十五年前のアングンと呼ばれる街があった。
街の主要道の路面は凸凹
それは日英両軍の爆撃の傷跡
まだ補修は充分でなく
瓦礫が残り
道路の隅のあちこちに寄せ集められ
山となっている
かって英軍が整備した道を
今は日本軍が整備している
それも急ぎの仕事と命じられ
元はと言えば日本軍が壊したのに
援蒋ルートの入り口だからといって
躍起になって爆撃したのに
それをまた日本軍が舗装している
また連合軍が来て壊すのに
そしてまた誰かが作り直すのだ
戦争はいつも皮肉屋で無駄使いの浪費家
あの日夕日を反射し
人々の日常の雑踏と陽炎の中で
輝いていた仏塔
同じ仏塔が朝もやを纏っている
その仏塔が
東からやって来て
日の沈まぬ王国を追い払った
太陽の帝国の軍人たちを
見つめている
どこに向かうのだろう
ザッザッ、ザッザッ
軍靴の音
その横を荷車を引く牛が通る
凸凹の道にガラゴロ、ガラゴロ
音を立てて
その多くが荷駄を乗せている
時に負傷者を乗せているのも通る
多数行き来する
日本軍の九四式自動貨車(軍用トラック)
時折鹵獲した外国産が混じる
生活のために行きかう人の道が
軍の道と化している
そんな軍の街中に
突然歌声のような読経が響く
僧侶の托鉢だ
在家信者から施食を受けている
すれ違う僧侶たちだけが
性懲りなく戦乱・内乱・軍政に翻弄されるこの国で
八十有余年後も変わらない
僧侶たちよ
追い求め続けているものは
見つかったのかい
早く見つけることを祈っているよ
道路のあっちこっちに穴があり、あちこちで補修が行われているせいで、八十島らが乗った車も二度三度と譲り合いが必要になる。
こちらでは牛の引く荷車の車輪が穴に落ち、三人がかりで車を引っ張り上げている。
そのおかげで、目ざす到着点まで、思いのほかに時間がかかってしまう。
『今さっき見えてた朝もやの中の仏塔が「四分の三世紀以上も昔」の仏塔で、「ひと月ほど前に見た」夕日の反射で金色に眩しく光っとった仏塔が「未来」の仏塔の姿なんやと思うと奇妙やな』
街の何処からも見える仏塔を見ながら、八十島は感慨に耽る。
また隊列とすれ違う。
軍靴の音が、乗っている車の発動機音の後ろに遠ざかってゆく。
「ひょっとしたら、あの隊列の後を追いかけな、いかんかも知れへんなあ」
と八十島は思わず呟いた。
令和時代の場所と寸分変わらぬ場所に帝都物産のビルがあった。今あるビルと同じ建物だ。
ビルの前で車を降りて、荷物を受け取る。
どこからか英語が聞こえる。
現地人は現地語のほかに英語を話す人が多く、日本語はまだあまり得意ではない。
ちょっと前まで英国の支配下だったから仕方がないだろう。
八十島夫妻は、帝都物産の現地事務所で、目当ての英国人夫妻に面会した。他の帝都物産社員を交えてお互いの紹介と雑談をした。
英国人はパトリック・マーフィー、妻はイザベラという名だった。
他の帝都物産社員というのは、帝都物産のアングン駐在所長山口とバンコックから応援に来ていた岩田と北村という名の帝都物産の駐在員だ。
考えてみると、これは戦中に、敵性人と話をしていることになる。
稀で不思議な経験ではあるが、人としての礼儀だろう。
知り合ってすぐ別れる運命だが、これも何かの縁。
二組の夫婦と帝都物産の社員たちは、将来の幸福と健康、特に英国人夫婦の船旅の無事を祈った。
車で八十島夫婦を連れて来た兵隊も話に加わっていた。情報部門に属する兵士なのだろう。
ただし、全ての会話が日本語で行われた。
最後に、紅葉が彼らに資生堂の高級石鹸をプレゼントしていた。二箱だから二十四個だ。それとタワシも。
「乗船が確認出来ましたら、その時点で東京にいる西班牙大使に帝都物産と龍田丸にいる交換監視員の双方から無事乗船したと連絡が入るはずです。お気をつけて」
帝都物産の山口アングン駐在所長からは三つ葉のクローバーを描いた日本製の陶器の皿を贈っていた。
その後、英国人夫妻は、港から八十島らを乗せて来た同じ軍用車で龍田丸まで届けられた。
「英国人の旦那さんだけやなく、西班牙人の奥様、イザベラさんも日本語が流暢なんは驚いた」
さて、昭和十七年のライラ・マーで僕らの拠点になるのはこの帝都物産の事務所だ。住居も同じビル内。「職住近接」の実現ができて嬉しいが、帝都の駐在所長と相談したら、行動計画は、時間的余裕というものが全くなく、残念ながら職住近接の恩恵はなさそうだった。
あの因幡兵長がアングンからライラ・マー北西部に異動して、特殊任務に就く予定か、既に就いているらしい。
因幡氏追跡について、いきなり山口所長から遂行期限と移動の条件を告げられる。
「今年いっぱいです。今年中にスマゴトにお戻り下さい。それからアングンからの海上移動は軍の都合で来月まで出来ません。陸路で北西海岸まで出ていただくことになります」
因幡氏の戦死偽装が今年中に行われるし、その偽装戦死は第一次アキャブ作戦に関連するからだ。
この事はこちらに来る前から分かっていたが、現地の交通事情が全く読めなかった。
戦時中の汽車や船の運行情報は補給物資を運ぶ機密情報だからだ。
記録に残るものを事前に調べたが、成果は多くなかった。
要するに船も鉄道も自動車も運行情報は関係者だけが知ることができる種類の機密だった。実際に船・汽車・自動車を運転運行する人々。そして移動や運搬をする人々にだけ、その都度、開示されるという扱いになっていた。
それで終戦とその直前に機密に関する記録ということで焼却処分されたと考えられる。
どんな場合も、現地に着いて関係部署に聞くというのが、正確で、多くの情報を比較でき、分かりやすく確実に役立つのだ。
当たり前だが、未来から遠く離れた過去の全てを知ることは出来ない。理解するという事も同様だ。
過去には過去の事情があり、例え数秒後の未来で後悔することになると分かっていても、その瞬間の判断にはその瞬間時の「当時」でなければ伺い知れない事情が存在し得るのだ。
その日は帝都物産の面々と昼食と夕食を一緒にして、たっぷり真水で沸かした風呂に夫婦で入ってから寝た。
「ところで、あのパトリック・マーフィーさん、愛蘭系英国人やね」
「そうですね。何を言いたいかはわかりますが、思ったことをすぐ口に出すおしゃべり男は、この世界、もてませんよ。ちょっとした口のゆるみや気持ちのゆるみで災難が降りかかるかもしれない世界なんですから」
『愛蘭革命派とかと関係あるんかな、まあええ、諜報員の世界は軽口叩かれへんちゅうことや、気が付かんかったことにしよ』
その翌日、アングン軍政監部へ挨拶がてら出張許可と鉄道に乗るための手続きをしに行く。
軍が運営する汽車や自動車に乗るために身分証と辞令を見せて出張許可証を貰う。
移動には軍の許可がいるのだ。
軍属身分である帝都物産社員はもちろん、商工省の官吏・嘱託身分を持つ八十島海人と紅葉の夫妻も軍政下の土地での移動となるために色々書類を持たされる羽目になった。
政庁の外には、ライラ・マーの現地人が蝟集していた。
商売や移動に必要な通行証を貰いに来ていているのだ。
彼らを日本軍から支給されたカーキ色の簡易軍服を着たライラ・マー独立義勇軍(RIA)が、一列に並ばせている。
彼らの前を、シンプルなRIAの軍服を着たライラ・マー人にしては背が高くて痩せた男が、日本軍の通訳兵を後ろに従えて軍政庁に入って行く。
RIAの兵士が直立不動になって敬礼をする。
行列にさざめきが起きる
「ザウンサン?」「ザウンサン!」
行列に並ぶ多くの商人や若者からは期待と羨望の眼差しを浴び、中には合掌する者もいる。少数は緊張した面持ちで目を向けているだけだ。
日本軍とライラ・マー人の協力の象徴は、行列に並ぶ人々の誰にも目を向けることなく、スタスタと政庁の奥へと入って行った。
そうして二日の職住近接生活は終わる。




