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まんまと戦場に行かされた件  作者: 開運満足 


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隠れ家レストランから昭和十七年の世界へ

戦時中に建設された古いビルのなかにあるレストランは時空間が歪んでいて、そこだけが過去のある時間帯を繰り返している。亡霊の記憶がそのレストランの時空間を形作っているのだ。


登場人物たちは、亡霊の記憶の時空間と過去に現実であった時空間とをつなげているレストランを、何かの目的をもって一緒に行き来しようとする。

それは歴史を変えてしまうかもしれない危険な行為だ。そう分かっているはずなのに。


いよいよ、隠れ家レストランを出て昭和の街に。格闘シーンも。


 ===ライラ・マー行きの船に乗るまで===


 二週間後、僕、八十島海人は船に乗せられてた。

 昭和十七年、一九四一年十月十五日神戸発の船でライラ・マーに行くんや。


 同行者は奥山紅葉が扮する八十島の妻、八十島紅葉二十二歳のパスポート(大日本帝国外国旅券 PASSPORT OF JAPAN )を持って付き添う。

 もちろん夫に扮する 僕 八十島海人三十三歳もパスポートと必要な書類を持たされとる。

 せやけど僕は場違いちゅうか時代違いで心細いことこの上あれへん。

 戦時中で、しかも物資のあれへん時代やさかい。



 作者が時代背景を説明しよう。

 この時代、日本の一般人は簡単には海外に行けなかった。

 例外的に日本人で海外渡航する者と言えば、人口が増えて耕作する土地が足りなくなってきた農業従事者だった。

 彼らの殆どが、相続時に充分な土地を得られない農家の次男三男以下で、自分たちの生活の基礎となる土地を海外の天地に求め、出国するケースだった。

 彼らは主に南北アメリカ大陸を目指したので、当時の日本では専ら彼らを対象に片道パスポートの発給が多数行われていた。

 しかし米国で移民問題が外交問題化して日本人の米国移住が出来なくなり、北米向けの移住者に対するパスポート発給需要が無くなると、一九〇八年以降、日本政府は移民に対して一般の旅券と別に「移民専用旅券」を発行するようになる。

 それ以外の一般のパスポートは一部のエリート商社員や特定の目的を持った者にしか発給機会が無く、殆ど需要が無くなってしまっていた。

 そしてあの戦争が始まる。

 それからは「移民専用旅券」すらも発給される機会が無くなった。


 だが、もともと日本の植民地や占領地ではパスポートが不要な場合が多かったのだ。

 このころアジアで数少ない独立国であった満洲国(日本の強い影響下にあった)やタイ(日本と同盟関係にあった)ではパスポートは不要だったし、中華民国との間でも一九一八年一月に「両国国民のパスポートの免除」すら行われていた。

 要するに、当時の日本国民が移動する範囲内では、内地・外地にある各警察署で発行される身分証で事足りるケースが殆どだった。

 そういうわけで、パスポートの発行自体が稀だったと言えるだろう。


 しかし、今回、文民として軍に協力するという名目で渡航する八十島たちは、占領地現地軍や軍政関係者に接触する際に必要だという事で、商工省の身分証と辞令のほか外交官に準ずる特別待遇の身分を証明するためにパスポート(大日本帝国外国旅券 PASSPORT OF JAPAN )と、その特別な用向きを記した軍発行の渡航許可書なるものを携帯していた。

 それは、当時の占領地、主に中国におけるインフレを抑制するため、一九四〇年五月に「渡支邦人暫定処理ニ関スル件」が閣議決定され「不要不急ノ旅行」に対する身分証明書発行が極力制限される事態に対応したのが主な理由だ。

 要するに、八十島たちの渡航にあたって他の行政機関から横やりが入らないよう、念のため、通常時必要な身分証・辞令、のほかにパスポートと渡航許可書を準備することにしたのだ。

 そのパスポートと渡航許可書は、商工省の身分証明証・辞令とともに、隠れ家レストランの給仕長が手配した。


 以下は、八十島海人の説明だ。

 「しかもそれぞれ正式の省庁が発行した正真正銘のほんまもんなんや」

 「これは、あの因幡姉妹や辺見少尉との面談の後、一旦隠れ家レストランから元の世界の宿(因幡ビルヂング内にある。姉妹に何かされてもうて、ビル外への外出は物理的にでけへんようになったいたさかいに)に戻ってから、紅葉に他の膨大な量の情報と説明の中で聞いた話やけどな・・・。


 あの給仕長は一九四十年(昭和十五年)末で軍を退役した元陸軍中佐で、軍で中佐待遇のまま民間人を装うて(それがレストランの給仕長らしい)特殊任務を担うとって(身分的には広い意味の軍属ちゅう事)、その方面の専門家や。

 そして、その元中佐が指揮する半軍半官半民の独立特殊工作機関が、何故か、現代の奥村紅葉らの組織と協力関係にあるらしい。

 それにしても、過去と現代の情報機関が協力しているなんて無茶苦茶シュールで訳が分かららんが、説明を信じると、そう言う事らしいんや。


 詳細説明なんぞ、あれへん。

 聞いても分かれへんしな。

 必要以上は知りとうもあれへん。

 これ以上巻き込まんといて欲しいんや。


 兎に角、歴史の書き換えは極力せえへん、その危険を認識し、必要以上は聞けへん、教えへんこと共通の認識、大前提として、過去と現代の情報機関が現場のみで全権をもって、他の行政機関にも知られんと一つ一つの案件を処理をしていくちゅうことや。


 やさかい隠れ家レストランに時空間の裂け目があること知る人間は限られてる。

 そんなんで情報管理が成り立つんかが不思議やけど、双方で問題解決の必要があり目的を共有できるのなら全ては解決可能で実行可能なんだそうや。

 それでうまいこといくとは到底思われへんが、紅葉曰く

『八十島様さえ、秘密を漏らさなければ上手くいきます』

 とそう言う事らしい。

 しかも元中佐はこの大東亜戦争が敗戦で終わることすら知ってるんやて。辺見少尉のような(元中佐から見たら未来時において戦死する)英霊がレストランにやって来て話をするからやて。


 あのレストランは昭和十七年九月二十五日の午後五時から始まる時空間が繰り返されてる。

 そういうことでその時に生きとる人々が来店可能なんは当然やが、靖国に「みこと」として祀られた人やったら生者と同じようにご来臨可能なのだそうや。

 聞いてるあんた、貴方、理解できるか?信じられるか?

 昭和二十年の六月に戦死した辺見少尉もやって来てるんやから、それが証拠やろう。

 よう知らんけど。

 その理屈で、昭和二十年八月以降、戦後になって刑死した人々や収監中に死亡した人々さえも来店可能や。

 その人たちにも元中佐は会うてるんやて。

 

 まあ、いろいろあるけど、僕が体験した中で一番重要な情報はこれかも分かれへん。

 隠れ家レストランに何時間、何日滞在しとっても、こちらの世界では二分しか経ってへんのや。もっぺん繰り返すけど、たった二分やで。

 

 さて、僕と紅葉の旅の目的やけど、ずばり因幡風いなばかおる氏の行方不明の理由の調査と「酔っぱらって切りかかってきた軍曹」の身元を聞いてくることや。

 ほんで可能やったら、因幡兵長を連れてこれたら最高やけど歴史を大きく変えてしまう可能性があるから期待してないそうや。

 

 で、本当は何のためかって?

 そら僕も聞いた。

 当然や。

 人一人の行方を知ることと噂話ぐらいで歴史を変えてまうかもわかれへん冒険をすんのはおかしいし、危険すぎる思うからや。

 

 でもな、僕のことを「お父ちゃん」と主張する美人姉妹の憂慮を何とかして解かな、僕は因幡ビルから出して貰えへん。そやさかい、風さんが理由を告げずに失踪した理由は確かめる。

 せやけどそんなんは情報機関の仕事ちゃう。 それに嘘の作り話の出所を確かめるちゅうのも、阻止するのも国の仕事ちゃうやろう。

 なんか隠しとる思うんは当然やろ?


 紅葉から聞かされた説明は

 『日本と摩擦の覆いあの隣国との円滑な関係を築き、近未来におけるあの人権無き一党独裁警察国家への備えを万全にするためです』

 『いわば平和構築ミッションです』

 『少しでも二国間の摩擦を過去から現在にかけて減らすことが出来れば双方の利益は大きいのです』

 『その恩恵は二国間のみならず世界に莫大な経済的利益をもたらせるはずでございます』

 『おわかりいただけますよね』


 概略するとそんな説明やった。


 『えっ、なんで?そんなんわからへんよ』

 僕は本当に皆目分かれへんかった。

 しかしそんな些事には構っていられませんとばかり、紅葉は昭和十七年の神戸港から十月の十日ごろ出港する便船でライラ・マーに二人で出発することを宣言し準備を始めた。

 どちらにせよ、僕は僕の自由のために冒険に行くことにした。美女と一緒やしな。


 『この時代になじむ服装や持ち物はこちら(元中佐の情報機関?)で一式全て見繕ってもらいます。今すぐ背広や靴、それに頭のサイズ、帽子用です。服や装備に必要な数字が要ります。何もかも全て寸法を計ります。サイズではなく寸法ですよ。気を付けて下さいませ』


 『現代と当時の違いについて頭に入れておいて下さいませ。尺貫法も。不審を抱かれると命に係わりますから』。


 『それ、戦中を歩くための注意事項です。冊子にまとめてあります。渡しますから、それを読んでよく理解し、身につけ、名優のように演じて下さいませ』


 『持って行けませんからね、それ。見つかったら大変なことになります。全部頭に入れて下さいませ』


 『今この瞬間から用いる言葉は、当時の人たちに、不自然に聞こえ無いようにして下さいませ』


 『言い回しだけではなく、その当時存在しなかった物や習慣や人についても気が緩むと口からふいに出がちです。なので、普段はなるべく無口でいるように今から心がけて下さいませ』


 『沈黙する習慣がつきさえすれば襤褸は出ません。それに思慮深いと人は勝手に思ってくれます』


 等々、いろいろな注意事項を奥山紅葉が言う。仮に将来、嫁さん貰うたら、そんな仰山要求突きつけられるんかな?たまらんなぁ。

 こっちは色々不満やさかい、分かろうとする気ぃが欠けてる。

 そやさかい当然、理解不足のままや。


 なんで僕が選ばれてこの役割を引き受ける羽目になるの、「おとうちゃん」だからなんてずるいやん。ほんまのこのミッションの目的は何やねん。絶対に別にあんねんで。

 なんもかも怪しすぎる。

 僕に何やらせようとしてるんや。

 納得してへん人間を連れてって、失敗して困んのはこれに携わるすべての関係者ちゃうか。せやろう。ホンマの事話してや。

 あの不思議な空間についてもほとんどなんもわかってへんのに。

 

 そういうわけで、なんも理解も納得せえへんまま船に乗ってる。



 令和のスマゴトの宿舎からは、昭和の神戸の須磨の隠れ家レストランには船に乗り込む前に二日ほど通った。

 最初の日は服と靴と帽子の寸法合わせをするために行って、躰の色々なところの寸法を取った。尺貫法とメートル法、両方で。それが済むと辺見少尉を交えお酒を飲みながら時代背景等を学んだ。

 興味津々で話を聞いた。


 それから、一度スマゴトにある因幡ビルの自分の宿舎に戻って、もういっぺん昭和十七年の日本の須磨海岸にある隠れ家レストラン行くと、辺見さんの戦友たちがようさん、二〇名ぐらい、おった。それでも全員集合は出来へんそうだ。少尉っていったい何人部下がおんねん?。軍隊の将校って偉かったんやね。


 なんべん昭和の須磨海岸を訪問しても現代のスマゴトにある因幡ビルに戻ったら、二分しかたってへん。その寸法を測った日は昼寝を挟んで、もっぺん長々と通った。


 その翌日は、昭和の神戸の須磨のレストランに何べんも通った。

 だから、もはや勝手知ったる馴染みの場所となっとった。

 令和のライラ・マー時間で夕食だけでのうて、朝食と昼飯の時間にも、昭和十七年九月二十五日の神戸の須磨のレストランで月を見ながら食事をしたんやから。


 流石に僕の飲酒は令和の夕食時だけにしてんけど、レストランで会う人々はそれぞれ月夜の夕食を楽しんどった。

 ちゅうわけで、辺見少尉とその戦友であるようさんの英霊とも親しなれた。

 その辺の話は機会があれば、おいおいしていくことになると思う。戦争の体験談は悲惨で涙が出る話が多いけど教訓になるからね。


 だが次の日、三日目の、令和の夕食時にあたる訪問では、辺見少尉とその戦友たちと、酒も飲まんと、別れの挨拶だけを交わした。

 僕と紅葉はレストランで食事、令和の夕食を済ますと、奥の部屋で元中佐から届けられた戦中時代向け衣服、靴、鞄、時計やらの小物を慌ただしく身につけた。

 一旦裸になって身につける全てを当時のものに変えて、昭和十七年の人物に成りすまし神戸の街に向かうためだ。

 その時こそが、初めて昭和十七年の九月二十五日午後五時から午後十一時までを繰り返す時空間から出て行く時だったのだ。



 ===隠れ家レストランから昭和十七年の世界へ===


 あの日(といってもいつも同じ日の同じ時間である)、八十島海人は因幡姉妹が通って来た松林の砂の露地を、奥山紅葉に案内されて抜けていく。


 にわか雨も降らず、風も吹かず、姉妹の登場もない。

 だから月夜の虹もない。

 松が段々高かくなり月が隠されていくと露路は薄暗くなっていく。

 すっかり暗くなってから十数歩も歩くと露路は行き止まる。

 そこが時間が進む昭和十七年の世界への出入口だという。


 やがて、午後八時

 隠れ家レストランで見たと

 その同じ満月が

 松の梢から顔を出し

 煌々と照ってくる

 その光が

 行き止まりの薄暗い

 露路の砂地に当たる

 と、その砂地の砂一つ一つが

 星々のように光りだし

 銀色の鏡となる

 銀鏡は止水の池のように月と空を映した

 その銀鏡の夜景がさーっと下に流れたのは

 鏡面が垂直に立ったからだった

 

 気付くと

 行き止まりの露地は

 どこかの舗装道路に面して

 孟宗竹の生える

 小さな竹藪の切れ目になっていた


 藪の切れ目から紅葉に続いて八十島が出る時、重く湿った潮風に背中を押された。

 振り返ると孟宗竹の竹藪が一坪ほどポツリとあり、遠くに月に照らされる松林が見えるだけだったという。



 『僕は、質問したかったし、感想も言いたかった。 しかし禁じられとった。

 驚きを伝えようと、驚いた顔を殊更に作って、紅葉さんの顔を見つめて言葉を我慢しとった。

 さぞ、おもろい顔しとったやろな、僕。

 よくぞ紅葉さんが噴き出し笑いしなかったことや』



 どのくらい待っただろう。

 八十島は、何時までここにいるのかと聞きたくなった。

 そこに前照灯を点けた小さな車が発動機エンジン音とともにやって来る。


 遠くで打ち寄せる波の音が聞こえる。

 周りはひっそりとしているので発動機の音と波音だけが響く。


 八十島は、あらかじめ一言もしゃべるな、必要なら目配せ等で合図せよと言われていたので、応対は紅葉に任せた。

 その紅葉も一言もしゃべらない。


 車で乗り付けた兵士がさっと降りて右手を扉にかけたまま左手で「どうぞ」と手振りをする。

 紅葉は譲られた運転席に躰に重みが無いかのように優雅に座り、八十島に向かって横の助手席をトントンと叩いて「座れ」と合図する。

 どうやら、乗ってきた兵士は歩いて帰るらしい。

 兵士は、八十島が乗ったのを確認すると、八十島と紅葉に敬礼して、車が動き出すまで、その姿勢を保っていた。


 車は、束ねた幌で隠していたが、後部にも人を乗せられる空間があり、そこに荷物が積んである。


 八十島は、後日の詰め込み教育で知ったのだが、その車は「クロガネ四起」で知られる日本初の四輪駆動車だった。

 当時は九五式小型乗用車と言っていた。

 現代の感覚で表現すると「可愛い」車だ。


 車は東に向かって走り出した。

 道路は国道二号線で、今現在も現役の道路なので、八十島には月夜に照らされる景色に多少は馴染みがありそうに思えたのだったが、やはり半世紀以上前の戦時中の夜景ということで、方向ぐらいしか判別できるものはなかったという。


 車はセピア色の神戸の居留区に入り、そのビル街の一角の路上に停止した。


 林立する低層のビルの一室が出発準備のためにあてがわれた部屋だ。


 ビルの裏口(オリエンタルホテル勝手口とガラスに書いてあった。老舗ホテルだ)から従業員専用の細い通路と階段を通って3階まで上がる。

 案内は「副支配人山本」の名札を付けていた。

 他の従業員は見かけなかった。 

 八十島海人と奥山紅葉が入った部屋は広い応接部屋付きでダブルの寝室が二つあり、その寝室それぞれにバス・トイレが付く極めて豪華な部屋だった。

 その部屋を「作戦準備室」と名付けて、そこに入ってから、八十島は船に乗る当日まで一歩も外に出られなかった。

 つまり、神戸の街を窓越しに見るだけの缶詰状態にされた。

 当時の日本語と常識を詰め込むためということだ。



 『その部屋では確かに時間が流れとった。

 確かに昭和十七年の時間や。

 その証拠に、奥村紅葉と差し向かいで座る机のむかいの壁には「皇紀二千六百二年 昭和十七年 西暦1942年」て漢字は右から左に、アラビア数字は左から右に記しとる「こよみ」が貼ってある。

 ドイツ製の壁時計も壁にかかって動いとる。

 しかしタイムトラベル気分はあまりあれへん。

 窓から見える景色だけでは映画やテレビで見たドラマよりうそくさいんや。

 実感がわけへんねん』


 「英霊たちとだって、あんだけ話できてんねんから、もうちょい実地訓練でお願いできまへんかねえ。机でばっかり練習しても退屈や。建物の記念撮影ぐらいしたい」

 八十島は紅葉に訴えたらしい。


 しかし紅葉に言わすと八十島海人はこの時代に未熟で危険だから外に出せないという。


 「職場は戦場 漏らすな秘密」


 「一人一人が防諜戦士」


 「逃がすなスパイ 防諜」


 「壁に耳あり障子に目あり スパイは貴方のそばにいる」


 奥村紅葉はそんな警告や注意を呼び掛ける文字が躍っている印刷ビラを見せて

 「こんなご時世ですから。八十島さんみたいに大きくてキョロキョロして目立つ存在は、直ぐ不審者がだと通報されてしまいます。壁に耳あり障子に目ありでございます。辛抱して下さいませ」

 そう言ったそうだ。可哀そうに思ったのか、

 「まだ外地のほうが内地より伸び伸びとしてます。船に乗りさえすれば、さほど気を遣うこともなくなることでしょう」

 そう付け加えて、八十島を慰めてくれたそうだ。


 作者が補足しよう。

 第一次大戦後の神戸の街は、世界的な船舶不足時に船舶建造で各国に船を数多く提供し、造船業や鉄鋼業が活況を呈していた。

 次いで関東大震災が起きると被害を受けた東京と横浜に代わり、大阪と合わせて日本一の大商圏となる。

 特に壊滅的打撃を受けた横浜港の代わりに世界から日本へ入ってくる色々な物産を神戸港で引き受けたことで、港湾都市神戸は大繁栄した。

 特に当時の主力産業である生糸は神戸に集中した。

 銀行や商社、そして海運会社等が争って神戸の居留地に新しく店を開こうとした。

 その結果、エキゾチックな洋館が犇めく独特の景色と賑わいを作り出していたのだ。



 『せっかくここに来たのに、街に出歩かれへんのはめっちゃ残念なことや。

 しかも、その景色は戦争のせいで数年後には廃墟に姿を変えてまう。

 そう知ってるし、約半世紀後には阪神淡路大震災かておこるんやから。

 世界に輝いていた港湾都市神戸をこの目に留めておきたいのは当然やろ』


 八十島はガラスと壁に閉じ込めらた自分を恨めしき思っていたが、実は昔懐かしレトロの神戸を堪能する瞬間が全く無かったというわけではない。


 作戦準備訓練で使用しているホテルの部屋は、あの大女優マリリン・モンローと野球の大選手ジョー・ディマジオが泊まることになった超高級の部屋だ。

 とは言っても、それは今いる一九三七年から十数年後の未来で、しかも戦後の話だ。八十島が、試しにベッドで匂いを嗅いでみても未来のMMの残滓などがあるわけがない。

 

 もちろん戦前に日本を訪れた欧米の有名人の宿舎にもなっている。

 イギリス統治下のインドを舞台にしたジャングルブックで知られとるラドヤード・キップリングはノーベル文学賞を受賞した高名な小説家として人生で一番いいときに来日して、このホテルに泊まっているし、ヘレン・ケラーも泊まっている。


 この神戸のオリエンタルホテルは、名料理人がいて美味しい料理を出すと、当時の世界の一流どころに知られていたのだ。


 八十島は出発までの約二週間は「騙されたー、無理やりやらされるはめになったー」という意識で息が詰まりそうだというが、料理だけは贅沢に楽しめたはずである。


 『いつも同じ部屋の中で、同じ人、山本副支配人、が殆ど同じ時間に運んで来て、それを教官の紅葉と同じ円卓で食べなあかんかったけど、どれも素晴らしい味やったし、夕食には、この時代に希少な輸入物のワインすら付いとった。

 傍目にはかなりの贅沢やけど、機密保持可能な空間が他にあれへん状況やさかい許されてるんやそうや。

 ホテル側も同盟国の役人が隠密で来日して政府の関係者と密談してるて聞かされて協力してるけど、この戦時下にも拘らんと、ホテルとしても最高水準の役務提供機会を得られると感謝してるんやて』


 それに八十島にはこんな話も残っている。



  === 元中佐と奥山紅葉との密会の日の出来事===


 昭和十七年九月二十九日、元中佐と呼ばれる給仕長は現役少佐であった。その日彼は遠く日本を離れた某作戦本部から部下に指令を出していなければならない、はずだ。

 だがその少佐は日本の神戸に現れた。


 時は日暮れて久しく夜霧が立ち込めるころ、神戸港、煉瓦作りの倉庫が建て並ぶ一角にひとりで誰かを待つ様子で立つ少佐を、地面から沸いてきたように現れた正体不明の四人の男たちが取り囲む。

 倉庫街の照明が各倉庫の正面扉を照らすだけで他は暗いというのを利用した捕縛作戦だ。

 少佐が背後にしていた倉庫の両脇と向かいの倉庫の両脇から男たちが出てきたのだ。


 少佐は抵抗も出来ず連行されようとしている。

 実は彼は剣道の心得はあるが、素手での格闘は苦手だ。何か得物を持ってくればよかったと後悔し、すぐに諦めた。相手はその道のプロだ。成るようにしか成らんと開き直ったのだ。


 正体不明の男たちと少佐は隣の倉庫街方向にゆっくり歩き出した。

 四人の歩調に迷いはなく計画通り所定場所に向かうつもりだったのだろう、落ち着いていた。

 だが、光と影を利用するのに長けた者は四人の男たちだけではなかった。


 男五人が歩く、そのひとつ後ろの倉庫の影に光が一閃した。

 音もなく現れ、風のように疾走して、男たちの後側面で跳ね踊ったように見えた。

 正体不明の男たちは次々に石畳の上に背中と後頭部を同時に強く叩きつけられた。うめき声をあげたのは最後に倒された一人のみ。受け身も取れなかった三人はグゥの声も出さず失神していた。

 うめき声をあげた一人も「ウウー」の低い声の後に「あはっ」と息を吐いて失神した。


 そこに立つ人物を見た将来の将来の元中佐、昭和十九年の現役少佐は、

 「すぐに現れてくれへんかったから、どうやって自決したろうか考えとったよ。助かった。ありがとう。奥山さん」

 と言った。

 「取り囲まれた際に、すぐ現れて正面からお助けに参りましたら、こんなにうまくいかなかったでしょう。虚を突けたからです。ところで、この方々に襲われる覚えがおありですか」

 と奥山紅葉。

 「いや、どこの誰だか、何が気に入らないのか、まったくわからん」

 「F少佐さんがどこから隠れ家レストランに出入りしているか教えてくれましたら。お手伝いも可能ですのに」

 「…」

 「今の元中佐の給仕長のお立場なら、お話しいただけると思っておりましたが、墓場どころか転生するまでお教えいただけないようですね」

 「私も君たちが知っていること(未来)で知りたい件が多々あるのだがね」

 と少佐が笑い、奥山紅葉も微笑む。


 二人は夜霧の中に消えてゆく。

 

 「日暮るれば 山のは出づる 夕づつの 星とは見れど はるけきやなぞ」


 石畳の上に伸びている四人がどうなったかは二人とも知らないし、興味もないように見えた。



 だが、奇怪なことに、レンガ倉庫の屋根の上には着慣れない国民服に身を包み、濃い霧に包ませている八十島海人ともう一人の元中佐、隠れ家レストランの給仕長がいた。


 給仕長は、紅葉と若い現役少佐が無事に現場を立ち去るのを見ると

 「過去のわしに知られへんよう、動くのんは、なんや背中がこちょばくなる気分や」

 と言い、続けて、

 「紅葉はんに内緒で八十島君を駆りだしたんは、仕事を確実にするために必要や思たさかいなんや。前回は彼らを彼らの仲間にすぐ回収さしてもうた。今回は回収に来る仲間ごとやっつけちゃろう思うてな。なに、大したことやろうとは思てへん。もう、ちょいだけ痛めつけて一週間ぐらい外出できんようにするだけや」

 そう言うと木刀を持った元中佐は、おもむろに金属の梯子を降りて行った。


 八十島も続いて降りた。八十島は手のひらに十五センチほどの小さな小石を持っていた。

 梯子は地上三メートル位で切れているので、そこからは飛び降りた。


 すでに元中佐は男達の仲間六名が何処から、何時頃、どういう風にやってくるかを知っている。


 まず、彼ら二人がやったことは、気絶している四人に鎮静剤を注射して、銃や身元特定につながる証拠を回収し、手足と鋤骨を木刀や拳で殴りつけ必要充分なだけ痛めつける事だった。

 無抵抗で痛みを感じない人間をぶっ叩くのは、気持ちはよくないし気の毒だが、抵抗されて思わぬ重傷を与えたり、誤って殺してしまうことを避けるためだ。

 そうなってしまうと歴史が大きく変わってしまい、全ての計画が狂ってしまうかもしれない。

 それは絶対に許されないのだ。


 というわけで、八十島は「ご免ね」と心で許しを請いながら、拳で四人の手足やわき腹を複雑骨折をしない程度に殴りつけておいた。


 銃は二丁手に入れた。弾を抜いて銃とは別にし持ってきた麻袋に入れる。麻袋の口をしっかり縛って四人の足元に置く。

 残念ながら身元を特定するものは見つからなかった。


 それが終わると、伸びてる四人を回収にやってくる六人が細い道を一列になってやってくるのを背を倉庫の壁に付けて待つ。


 二人で六人縦列の前後を塞いで、一人一人やっつけるという段取りだ。

 「こちらも手加減が必要やから、気ぃつけてや、そうや、やくざもんやさかい、匕首を持っとるかも知れん」

 と元中佐が後付けで情報を付け加えているうちに、その六人が一列になって道を抜けようゾロゾロと出て来た。


 先頭の二人ほどが、元中佐が気を失って並べられている四人の前に立ちはだかているのに気が付いた。

 「少佐だ!」

 その声を発した男は、その瞬間に、その時代に少佐だった元中佐に木刀で叩き伏せられた。

 その言葉を聞いたすぐ後ろの男は

 「四人全員やられている!」

 と言ったが、やはり次の瞬間に元中佐の一撃で意識を失った。


 八十島は六人の最後尾から襲い掛かる。


 最初のひとりの首の後の付け根に鎮静剤を注射し、俯せに倒してから、相手の両肘を背に回して肩を外した。脱臼した痛みを訴える悲鳴は自分の着ていた服の中でくぐもって聞こえた。八十島が相手の上着の裾を持って頭まで被せたからだ。


 二人目は後ろに異変に気が付き振り返った瞬間に両肩に衝撃を感じた。鎖骨を砕かれたのだ。思わずしゃがみ込んで腕で肩を抱こうとするが、その腕が上がらず地面に膝から倒れ、呻吟の声を上げる。


 三人目には持ってきた匕首を構える時間があった。

 八十島が、地面にのたうつそいつ(二人目)を仰向けに倒し、その上を飛び越えた、その時、三人目が匕首の切っ先を向け、度胸よく突き掛って来た。

 八十島は、左に体を開いて一撃を躱すと、引いた左足を軸に大きく右足を踏み出して右手を左腰の位置から繰り出した。まるでその手に刀があって、居合術か抜刀術を使って対手に切りかかるように。

 その小石を掴んだ右掌底は三人目の顎を砕きノックアウトした。

 最初の一人から、三人目が気を失うまで5秒もかかっていない。


 残り一人は元中佐と八十島に挟まれた。

 「降参だ。見逃してくれ」

 「いやいや、そうはいかんやろ。仲間はみんな寝てもうた。お前さんだけ見逃しても裏切り者扱いされるだけや。誰に雇われたかは知っとるし、あまり利用価値が無いんやから、うちらとしたらこの場で殺したっても良いんやが、鎮静剤で勘弁したるわ」

 そう言うと、元中佐は最後の一人に首の後ろで手を組ませて膝をつかせて、いきなり後ろから相手を俯せに組み敷き、臀部に鎮静剤の注射を打った。

 鎮静剤の残りを公平に打ってから、最後の一人の両足を木刀で叩いて、十人を並べて寝かせて、その晩の秘密の仕事は終わった。



 今晩、華々しく派手に戦った八十島海人は、もう一人の八十島が紅葉のいないホテルの部屋で一人寂しく神戸の街を窓から見ている姿を、ついさっきまで倉庫の屋根から双眼鏡で観察していたのだった。



下書きをアップしていた事実が判明したので、本日(2026/07/22)書き直しをしました。ストーリー変更はありませんが、小説の地の文の視点を明確にしてあります。

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