隠れ家レストランに帰還
時間旅行から八十島ら一同が戻ってきました。
戻ってきた場所は令和のライラ・マーにあるイナバビルヂングの隠れ家レストランです。
八十島海人は隠れ家レストランに戻って来て、奥山紅葉と一緒にテーブルに座っている。
座っているのは八十島海人Bだ。
その八十島Bに「八十島海人Aがダンガットの野戦病院を舞台とする異次元空間で元中佐に時間旅行の説明をして、元中佐に渋々ながら『八十島海人としての記憶を辿れば時系列的に因果関係が成立しているので、いまさら八十島海人Aが隠れ家レストランに行かなくて良い』という理屈を納得してもらった記憶」が流れ込んで来た。
因幡姉妹Bが、八十島海人Aと元中佐を隠れ家レストランに転送したのだ。
これで、八十島海人Bは、八十島海人という唯一無二の個人となったことを知った。
「紅葉さん、僕の分身の記憶が今入って来よった。どうやらみんな帰ってきたようや」
元中佐が、隠れ家レストランの空中にポッと出現した。
元中佐が八十島と紅葉を見ていう。
「やれやれや。これで、もとの給仕長に戻った。着替えてくるさかい、また給仕長と呼んどぉくれやす」
八十島と紅葉の隣のテーブルに座っていた因幡結枝Aと槙葉Aの姉妹も、因幡姉妹Bの記憶が入ってきたようだ。これで、因幡結枝という唯一無二の個人と、因幡槙葉という唯一無二の個人の二人に戻ったと分かった。
そのふたりが給仕長に言う。
結枝
「風さんは、ちゃんとに元の世界に返してあるんやから、給仕長は安心しとってな」
槙葉
「インドも史実通り独立しとるはずやで」
それから隠れ家レストランの中にいろいろな訪問者が現れた。
殆どが顔なじみの英霊たちだ。
しかし、顔なじみの英霊の数は少しだけ減っていた。
八十島たちが時間旅行でつくった新しい道が、少しは役だった証拠だ。
新しい道を作ったせいで戦後まで生き残った知人がいた。
辺見照少尉。
小野寺征人上等兵。
西谷一誠上等兵。
この三人は何と40代後半から50代前半くらいのイケおじ姿だった。
で、辺見小隊と一緒に自動車であの道を西から東へ走破して、生き延びたという。
紅葉が帝都物産の山口氏と組んで用意した象の川を越える舟艇他の渡河手段も役だったということのようだ。
そういうことで、終戦まで生き延びたばかりか、終戦後に家族と一緒に暮らすことができたという。
でも、もともと子供がいた西谷氏は戦後に新たに子供は儲けられなかったし、独身だった辺見氏と小野寺氏は結婚は出来たが、子供が出来なかったらしい。
だが、戦死した戦友が数多くいる中で、とにかく生還して親や妻子に再会できて、幸せだったという。
隠れ家レストランには、死ぬと同時に過去死(過去に英霊として過ごした頃)に重複した記憶が蘇り、その記憶と戦友の英霊の招待で戻って来られたそうだ。
だが、八十島らの時間旅行で戦死者が減る効果はさほどなく、せいぜい戦死者二十人に一人ぐらいが生還したに過ぎないと思われた。
過去というのは変化しにくい剛性を持っていることがわかった。生還しても子供を残せなかったのはその剛性のせいだろう。
それは次々と隠れ家レストランを訪ねてくる英霊たちの姿が変わっていないことで、似たような死を迎えたとわかったからだ。
驚いたのは、因幡風氏が、若い二十代の姿で、昭和十七年で会った北村風氏、そのままで隠れ家レストランにやって来たことだ。
給仕長
「えっ!なんであんたがおるんどすか」
槙葉
「分身です、約束通り昭和十七年の十一月二十九日から生きて活動して日本に戻って来るもう一人の北村風さんというか。因幡風さんがいてます。こちらは北村風さんという事です」
北村(因幡風)
「そういうことです。もうそうするしかないでしょ。この二人を納得させるには・・」
結枝がいう
「給仕長には女の情がわからへんのやろな。あなたは平安京で有名なドンファン」
槙葉が続ける
「業平卿の生まれ変わりや」
結枝
「あっちで恋して、こっちで恋して」
槙葉
「浮名を流しては、忘れて旅に出てしまう」
結枝
「そんな薄情者の男と違うて」
結枝と槙葉
「うちら姉妹は情が捨てられへんのです」
二人で代わる代わる
結枝「輪廻転生」
槙葉「昭和ならぬ承和から」
結枝「記憶の消えぬ身の辛さ」
槙葉「何度も恋を交わした縁ゆえ」
結枝「絵巻のごとく美しい」
槙葉「娘子ふたりは」
結枝「お父様の情けが欲しい」
槙葉「給仕長の許しが欲しい」
結枝「どうか愛しいこの方と」
ふたりそろって
「一緒に暮らせるようにして、おくれやすー」
八十島
『元中佐の給仕長は、遠い前世で在原業平だったんや、どうりで京都弁使えるわけや。とすると、因幡風さんは在原行平やから、遠い前世で兄弟だったんやね。ややこしいな。縁とは恐ろしいものや』
「それで北村さんの身は安全なんですか?安全ならいいですけど。どこかで矛盾が生じませんか?」
結枝
「私たちも初めてで分かりません。時間旅行は何度もやってますが・・」
結枝が槙葉の顔を見て
「行平さんの転生した身を」
槙葉
「連れて来れたのは、これが初めて」
結枝と槙葉
「おとーはん、大丈夫と言っておくれやす」
給仕長
「八十島はん、どうやろう。八十島はんがいける言うのどしたら、許可します」
八十島
「僕に振られても・・・」
結枝、槙葉、給仕長、北村が異口同音に助けたってという。
「おとーちゃん、なんとかして」
「八十島はん、あんたしかおらん」
「八十島局長、あなただけが頼りです」
八十島
「えらいことになったなぁ、仮説と推論でできた『わしはこう思う』を更にいい加減に仮説にしたようなそんな話で人の人生を振り回すんは、あまりに無責任すぎるやろう」
紅葉
「この中で海人さんしか、判断できる人がいないのでございます。裁判にもかけられない異次元の出来事です。誰かが判断しなければならないとすれば、それができるのは海人さんしかいないのではないでしょうか。要は記憶の連続性ですよね」
八十島
「そうなんやけど、これから話す話は仮説にすぎへんさかい、結果に責任は持たれへん。そういう話としてきいてくれや・・・」
八十島は、数式を使わず、例えを使ってなんとか説明しようとする。
まずは概略だ。
「この世に起きてるもろもろの現象は、別の高次元宇宙で起きてることを時間差無しで表現してるだけ、つまりこの時間が一方向に流れて行く三次元世界は、ここから遠い遠い高次元世界で実体を持ったなんかが変化して、その変化を瞬時に、時間差なしに、同時に投影してる。そんな世界ちゅう仮説があるんや。
もし、そうやとすると、その高次元世界で因果関係が成立してさえおったら、この三次元での因果関係は何ら問題あれへん。そんな宇宙像を仮に考えるとする。まあ、ゆうてみたらそれをモデルとして話するさかいに、皆さん一所懸命に考えて見てな・・・」
八十島は、高次元における実体、そのもの自体は見えないし直接観測できないが、その実体に光が当たって、それが影になっていると考えれば、この三次元世界にいて高次元の事象が観測できるという説明が分かり易そうだと気付いて、その説明を始める。
「その宇宙像、宇宙のモデルのなかで『観察者の記憶』の因果関係の連続性を、高次元からの光とその影に例えて、光が照って影ができる。その影が保てるように光を追えたら、光と影との因果関係は説明できるから問題があれへん、それが我々が暮らしとる三次元世界やとこの世界を仮定するわけです・・・」
次は矛盾とは何かを説明する。
「その世界では、もし光が照ってるのに影が出来へんかったり、影が出来てるのに光が照ってへんちゅうようなこと起きては困るわけです。困んのは『その光を追う観察者』です。
ほんで、その観察者は、影を途切られへんように追うていったら光も追えるはずやと、そう考えてるわけです。影に重複部分があっても、それが途切られへん限り光を追いかけられる、そう考えんのは観察者としては正しいやり方やと判断できる、ちゅうかそれしか方法があれへんのや・・・」
そして、なんとか結論を付けようとする。
「仮説は仮説なんやけど、今回の時間旅行で『観察者の記憶』が高次元の実体に光が当たってできた『影』の役割を充分果たしてるようやと、つまり因幡姉妹の異次元空間を用いた時間旅行で『観察者の記憶』が時間旅行の矛盾を引き起こさないように使える『影』として扱えると実証できたと思うんです。
結論として、記憶がつながりさえしたら矛盾のう元の時間軸に戻れると推定してええ思う。
『絶対、どんな場合もそうか』言われると、その完全性は実績を積み重ねへんと何とも言われへんのやけどな、これ以上のことは、多次元宇宙論を唱える科学者を探して来て、その人にでも聞いてくれへんと説明できん」
結枝と槙葉
「それで充分や」
北村
「それで生きて帰って来てるのですよね。私たち」
八十島
「北島さんがこのままこの隠れ家レストランに存在していこうとする場合、まだもう一人の分身の因幡風さんが昭和十七年の十一月二十九日から因幡風さんの歴史上の命日まで存在し続けるわけで、この因幡ビルヂングの外(令和の時代2020年代)に出たら、分身二人?は、どない言うたらええんやろう、そのどちらも存在し得ーへん思う。僕にはなんにも分かれへん」
給仕長
「ああ、私もとっくの昔、昭和六十年代に命日を迎えていますが、このレストラン内なら存在可能ですよ」
八十島
「F少佐って、ひょっとしてあの藤〇〇市さんって人?と同一人物なのですか?うすうすそうだとは思ってましたが、まさか伝説のあの人?」
紅葉
「教えてありましたよね」
八十島
「教わったけど、やっぱりそうなの?この因幡ビルヂングを訪ねてから、どうも現実感が無いことが多過ぎて、今も夢かなんかの中のようだよ。いっぺん頬っぺたをつねってみて」
紅葉、八十島にハグをして思いっきり抱きしめる。
「これでいかがでしょうか。海人さん」
「いやぁ、ますます夢心地や」
紅葉が八十島のお尻を思いっきりつねる。
「あたた、ゆ、夢じゃない。夢じゃなさそうや。いたい、痛い」
槙葉
「ちょいっと、おとーちゃん、紅葉、自分の子供の前でのろけるのやめてや、こっちが恥ずかしいわ」
八十島
「そのお父ちゃんというの勘弁してや、前世の記憶がない身やから、どう反応してよいかわからへん。結枝、槙葉と呼び捨てにするんはまあまあ出来そうなんやけどな」
結枝
「おとーちゃんは、おとーちゃんや、いまさら違う呼び方なんか、できへん。うちらは勝手にそう呼ぶから慣れてや」
八十島
「紅葉は僕の大切な人や。そやさかい結枝も槙葉も、お父ちゃんが目の前で大切な人に愛情表現するのに慣れてや、それから、結枝、これから『紅葉さん』と呼ぶんやで」
結枝
「嫌や、『紅葉』と呼ぶのが慣れとる。どうしてもだったら『おかーちゃん』と呼ぶ」
八十島
「はぁーっ。そういや、年を聞いてなかったな。いったいふたりはいくつなんや、凄く若く見えてるわりに大人ぶってるけど」
結枝
「十九になりまする」
槙葉
「十七や」
八十島
「ホンマに若いんやなー。それで会社の社主か。たいした娘を持ったもんや。これからどう扱って行こうか悩むわ。妖術使うから怖いしな」
結枝と槙葉
「『怖い』なんていわれると傷つくわー、おとーちゃんは怖いことないやろ」
と言って、しくしく泣き出す。
「確かに、怖がられることをして来ました。でもひとえにひとりの人をお慕いする為に行ったこと、それだけは分かって欲しい」
『こんだけの長い台詞をハモルようにふたりでしゃべれるんやから、恐ろしいにもほどがある。これも異能力やね。浄瑠璃モード?に入るとできんねんやろうなぁ』
八十島
「わかった、わかった。ごめん、言い過ぎた。気持ちは分かる。ただね、これから、気持ちを言動で示すときには、相手を怖がらせないよう、眼差しや言葉遣い、仕草には優しさや労りを込めるようにしなさいね」
結枝と槙葉が満面の笑顔で、
「はい、おとーちゃん、おかーちゃん、今後は気を付けます」
八十島
「素直でよろしい。給仕長のいう事もよく聞くように」
『あちゃー、とうとう、お父ちゃんとお母ちゃんにされてもうたよ』
「北村さん、因幡風さんとしての記憶は昭和十七年十一月二十九日までお持ちなんですよね。あの『酔っぱらって切りかかってきた軍曹』事件について、後で話をお伺いしたいのですが・・・」
北村
「八十島局長殿、その前に『記憶の重複』について一つお伺いしたいのですが・・・」
と言って話し出した事実が・・・。
昭和十七年十一月二十九日にダン ー ダンガッドの道路上で虎に攫われて一旦消滅し、その後虎の現れる変異が起こる前の自分に記憶を重複させて蘇った北村の記憶には、昭和十七年十一月十二日にダンガッド野戦病院のベッドで目覚め、因幡姉妹の看護(監視)を受け続けて、同月十四日の夜、虎に攫われたという記憶があるといい
「記憶は繋がるにはつながっているのだが、どう前後しているのか、こんがらがって分からんのですが、・・・」
という。
結枝と槙葉に聞いてみると
「昭和十七年十一月二十九日に因幡風氏をダン ー ダンガッド道路上の軍用トラックに返すのに虎を使っただけ」
とのことで、
「縫いぐるみの虎は、おかーちゃんと風様に壊されたから、手っ取り早くその辺に居た本物の虎を使った。風氏は因幡風と北村風とにうまく分離してある」
そうだ。
八十島、紅葉、給仕長が
『やっぱり怖いわ、この姉妹』
と思ったのは、やむを得ないことだった。
北村氏は一生逆らえないだろう。
隠れ家レストランは、相変わらず昭和十七年九月二十五日の神戸の須磨海岸に存在して、同日の午後五時から午後十一時までを繰り返して、秋の名月が輝いているのだった。
給仕長:月やあらぬ 兄は昔の 兄ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
北村風氏:名月も 月は昔の 月ならぬ わが身ひとつを ふたつ身にして
(続く)
隠れ家レストランに戻って来た一同はまだ令和の因幡ビルヂングの内外には出て来てません。隠れ家レストランに居ます。次のエピソードではイナバビルヂングの外の状況が語られる予定です。




