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まんまと戦場に行かされた件  作者: 開運満足 


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八十島海人の覚醒

そのレストランは昭和十七年九月二十五日の神戸の須磨海岸に存在していた。時空間が歪んでいて、同日の午後五時から午後十一時までを繰り返しているのだ。


変事が起きてから時間旅行の冒険は急転直下、あらゆる疑問が終結に向かって動き出します。

時間旅行の謎の一端が明かされます。

八十島海人が覚醒します。

 ===八十島海人の覚醒===



 ダンからダンガットに向かう道路の途中で、幻術の中としか言いようのない出来事が起こった。

 二頭の虎が自動車部隊の隊列を襲い、紅葉と北村を攫って行った。

「攫って行った」と言っても、実際に拉致の瞬間を目撃したわけではない。

 美しい虎二頭が覆い被さるように、襲撃して来たと思ったら、襲った虎も、襲われた紅葉も、北村も消えてしまったからだ。



 二頭の虎が紅葉と北村に襲い掛かった瞬間を思い出そう


 八十島は目を大きく開けて瞬きも止めていた。


 見逃すはずがない。


 電光のような左掌底を虎に叩きつけた。掌底は虎に当たらなかった。直前で虎が消えた。


 紅葉は機敏に体を右に開いて瞬時に右回し蹴りを見舞った。

 「虎を蹴った打撃音か?」と思った時には、虎と紅葉が消えていた。


 北村は、左右の腕を素早く動かしていた。おそらくボクシングの技だろう、両手の連続打撃で迎撃した。パンチは当たったはずだ。が、虎も北村も消えた。


 岩田は、もっと凄かった。一瞬で、腰に下げていたホルスターから英軍制式の.455口径リボルバーを抜いて撃った。


 ズバーン、ァーン、ァーン、ァーン、ァーン


 と谷の渓流に銃撃音が木魂した。弾丸?も虎も消えた。



 虹の橋も消えて、月も消えて、夜も消えて、

 やがて、元の密林の薄暗い昼が戻って来た。



 八十島は、奥山紅葉が目の前から消えて動揺している。「なぜだ」という疑問が渦巻いていて心の整理がつかない。

 そのむしゃくしゃする疑問と紅葉を守れなかった自分に対する怒りを抱えて、何かにそれをぶつけたかった。次の目標を定めれば、それに全力で当たれば良い。それまでは、沸騰する疑問と怒り、空回りする焦りをまず抑えるのが最初の仕事だ。


 かって、英国特殊偵察連隊(SRR)の小隊長を務めていた時、不期遭遇戦で部下が重傷を負うケースがあった。状況が目まぐるしく変わる中では「任務と状況の再把握」こそが現場指揮官に課せられた第一の責務だったと思い起こしたのだ。


 自動車部隊の指揮は少尉に任せればよい。

 おそらく少尉に二人が消えたことを言えば

「捜索なさいますか」と聞かれるだろう。

 捜索はしない。無駄だからだ。

 なぜ無駄と思うかは、僚友が行方不明になった山口と岩田にはしなければならないだろう。

 因幡姉妹や隠れ家レストランの秘密は話せない。だが、この行方不明事件は拉致であると断言できる程度には説明できるし、その容疑者も知っていると説明できるはずだ。



 そこまで考えが及んだところで、山口が聞いてきた。

 「局長、秘書殿が狙われる理由はわかりますか」


 「いや、わからない。北村さんが狙われる理由は?」


 「心当たりがあります。岩田君、もう話していいだろう」


 岩田が頷いて言う。

 「ダンガットに行って種明かしする意味がなくなりましたからね」


 「局長殿、怒らずに冷静に聞いて欲しい。局長にこれを秘匿していたのは任務の一部なのです」

 と、山口所長が説明を始めた時、八十島海人はピンときた。


 「北村さんが、因幡風(いなばかおる)さんなんだね」


 その瞬間、大量の記憶が流れ込んできて八十島の記憶に新しい情報が積み重ねられた。

 もうひとりの八十島の記憶だ。


 山口と岩田は顔を見合わせる。


 「すでに、おわかりでしたか」

 と山口が言う。


 「いや、岩田さんの『ダンガットに行って種明かし』という言葉でわかった。気付いていたわけではない。ありがとう、これで次に何をしなければならないかがはっきりしそうだ」


 八十島は書き加えられた記憶を辿って行く。はっきり新旧の記憶の区別がつくのでありがたい。



 ===八十島に書き加えられた記憶===


 その記憶の情報で、もう一人の八十島海人、この世界を再び訪づれている自分は、二度目の訪問時の因幡姉妹を探して、今、ダンガッドに居ると知った。

 元中佐と一緒だ。


 二度目の昭和十七年を訪問した因幡姉妹は、八十島にはまだ会っていないが、確かに奥山紅葉を見知っている。

 というのは、一度目の訪問で因幡風氏を見つけられなかった姉妹は、元の令和の時代に戻って来てから、奥山紅葉を因幡ビルヂングの社員として雇った。それからこの世界を再訪しているからだ。


 元中佐を証人として連れて「今や奥山紅葉が因幡姉妹のかけがえのない友人で味方」となっていると説明が必要なら奥山紅葉を見知っている因幡姉妹のほうが、初回訪問時の全く紅葉を知らない姉妹より説得しやすいと考えたのだろう。

 どうやら、因幡ビルヂングに今いる姉妹の書付のほかに、紅葉が友人となった証拠としてこの時代には危険すぎるOOPARTS(オーパーツ)(out-of-place artifacts)すら、持ち込んでいるようだ。


 時間旅行には、新旧の記憶による混乱を避けるための法則、原理があるようだ。

 八十島は心の整理をつけるべく、その原理を自分なりに解釈することとした。


 どうやら世界は多層的に出来ていて、二人の人間が同じ世界に存在する矛盾的な揺らぎ、例えばドッペルゲンガー的現象すら、一定幅で波動関数の誤差として存在しえるらしい。したがって波動関数が示す重ね合わせ状態も、異なる時間と空間の中で同時に実在し得るのだろう。

 因幡姉妹が、二度は出来たのに、三度目の昭和十七年の旅が出来なかった謎もそこにあるらしい。みっつは同時に存在できないからだ。二つが同じ時間と同じ空間に存在できる許容範囲なのだ。


 八十島仮説の定義:

 時間旅行における素粒子レベルまで同一の物的存在は、観測者からみて一定幅の波動関数の誤差内で確率論的に存在できる。人体についての素粒子レベルまで同一の物的存在の誤差はふたつまでは許容されるらしい。


 この時間旅行に、複数の同一人が同時に存在する理屈を、八十島は、とりあえずそう考えることにした。八十島は神童と呼ばれた少年時代に素粒子物理学を少々齧っていた。

「それでも時間旅行にOOPARTSは危険すぎるだろう」

 もう一人の自分のことながら「気は確かか」と疑いたくなったのは確かである。


 いずれにせよ、みっつのことに気が付いた。

 ・今思考を巡らしている自分と、二度目の時間旅行をしている自分、八十島海人が、この世界(昭和十七年)にふたり存在すること。

 ・それに気が付くとほぼ同時に、先に時間旅行に入っているひとり目の自分に、後から来た二人目の記憶が入り込み、書き加えられる。

 ・記憶は新旧が明確に区別でき、新しい記憶が(新事実が)古い記憶を消し去ることなく書き加えられるので自己矛盾が全く生じない。


 時間旅行で致命的な矛盾が生じないような法則が、宇宙には存在していることになる。

 ただし、二人の自分がどこまで接近できるのかは、分からないし、確かめようとも思わない。未知というのはさすがに怖い。



 ===昭和十七年十一月二十九日 ダンからダンガットへ向かう軍用路===


 ここまでの理解に要する時間は文字で説明すると長いが、山口と岩田に「ありがとう」と感謝している間に、自動車部隊を率いる少尉が、次の行動を尋ねる質問を発するまでの短い数瞬間の出来事だ。


 その少尉

 「八十島局長殿、自動車隊に異常はありません。局長所属の二名が虎と一緒に消えたのを目撃しております。当方は、捜索に人員と車を割く準備は既に出来ております。ご命令を」


 「その必要はない。あのふたりがこのような芝居がかった形で出発するとは思わなかったが、特殊な演出を用いた召喚に応じて『極秘斥候任務を帯び二名が偵察に出発』しただけだ。少尉の自動車部隊が出発できるのなら、ともにダンガットに向かおう。本件については緘口令のみをお願いしたい」


 「極秘斥候任務で二名が偵察のため出発、緘口令、虎出現から部隊出発まで見聞きしたこと口にしないこと、以上、命令伝達をいたします」


 「ありがとう少尉」


 少尉は凛々しく敬礼すると叫んだ。

 「下士官集合!」


 五分後、何事もなかったかのように十台の九四式自動貨車(ぐんようとらっく)部隊が出発した。


 「山口さん、岩田さん、僕には紅葉と北村が誰に攫われたか、今、見当がついた。紅葉も北村さん、つまり因幡風さんも絶対に取り返す。信用してもらえるかな」


 山口と岩田が順番に

 「もちろんです」

 「もちろんですが、これからどうなさるのですか」


 「それに答える前に、あなた方の話で、僕に開示できる部分を全て聞いておいた方が良さそうだ。話してくれるかい」


 「もちろんです」

 「もちろんです。・・・でもなんか・・、こうやって、八十島局長が関西弁を使わんと標準語で話されると調子狂いますよ」


 三人で笑う。

 八十島は動揺していたし、思索に深く没入していて、いつもの言動を忘れていたようだ。

『落ち着け、落ち着け、僕がこの世にふたりもいれば鬼に金棒、百人力の八十島海人は二百人力や』


 山口

 「私はこの国の工作にあたる南方企業調査会で働いていて、それが解散したので、F少佐の印度工作を隣国から支えていると考えて下さればよいです。F少佐の下にいる岩田君と北村君はこの国からインド方面に工作しとるわけです」


 八十島

 「だいたいそんなとこやと思うとったんやが、北村さんが攫われた理由に覚えがあるというとったやろ、今知りたいんは、そこや。話してくれるか」


 岩田

 「因幡風さんは、サウンガウの名手でして、最初から才能があったんでしょう。英軍に潜むインド独立の志士にサウンガウの音色で暗号通信をしていました。もっともサウンガウは私が弾いているように見せかけておりました。それは英軍と連合国側のゲリラやスパイから狙われる理由になります。あと、F少佐から八十島夫妻以外にも因幡風さんを探している者がいると聞いておりまして、その者から隠れる必要があるために、F少佐からの命令で、因幡という苗字を北村に替えたと、F少佐から聞きました。私が本名を知っていることは北村さんも知らないことでしょう」


 山口

 「軍の中にも独立勢力への肩入れは裏切り行為が予想されて危険と言う幹部がいますが・・・。しかし、そのなかで、北村君と局長秘書を狙うとしたら、F少佐のいう因幡さんを追う人でしょうな」


 八十島

 「僕ら夫婦以外の因幡風氏を追う人。その人らを僕と紅葉は知っとるんや。さっきの幻術みたいな仕掛けを操れる姉妹や。細かいことは言えへんのやが、その姉妹がふたりを攫って行った誘拐犯や、正体が分かっとるさかいに、ダンガットに行ってふたりを取戻す算段をつけたるつもりや」


 『北村風を取り返さないと印度独立が危うい。なんとしても因幡姉妹を説得せにゃ、ならんな』


 『待てよ、僕が一旦隠れ家レストランに帰らんと矛盾が生じるで。ひとりめの八十島は、たとえふたりめと同じ記憶の持ち主でも、急いで帰らんと・・・、なるほど、その手があったんや』


 八十島海人は、急いでもとの世界に戻る方法として、また、紅葉を救い出す方法として、もう一人の八十島の記憶を使おうと決心する。


(続く)




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