↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まんまと戦場に行かされた件  作者: 開運満足 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/18

ダンの盆地からの出発

  ライラ・マーのスマゴトにあるイナバビルヂングを訪れた自称僧侶の八十島海人は、奥山紅葉の紹介でビルのオーナーである因幡姉妹に合うことになった。

 奥山紅葉に指定された場所は同じイナバビルヂング内にある隠れ家レストラン。

 八十島がそこに行くと、そのレストランは昭和十七年九月二十五日の神戸の須磨海岸に存在していた。時空間が歪んでいて、同日の午後五時から午後十一時までを繰り返しているのだ。

 そこで会った因幡結枝・槙葉の要請で、彼女らの前世における運命の人因幡風の失踪の謎を探ることとなった八十島海人と奥山紅葉は、昭和十七年の神戸から、戦場のライラ・マーに旅することとなった。

 交換船となった当時の豪華客船龍田丸には、戦争が始まって日本に取り残された外交官や駐在員を乗せていたが、その人数は龍田丸の定員の三倍の九百人を越えていた。その船で出国し、日本陸軍の秘密兵器の装甲気動車、軍用トラック、果ては象に乗って・・・。




===隠れ家レストランからダンの盆地まで===


 ここまでの冒険を振り返ってみよう。


 自称僧侶で日本兵の遺骨収集を手がける八十島海人(やそじまうみと)は、ある日、ライラ・マーのスマゴトにあるイナバビルヂングを訪れた。

 イナバビルヂングの「イナバ」に魅かれ、久々の休暇をそのビルの中にあるホテルで過ごそうと考えたからだ。

 そこでホテルのフロントの受付をしている美女、奥山紅葉(おくやまもみじ)に出会う。

 その奥山紅葉の紹介でビルのオーナーである因幡姉妹に合うことになった。


 奥山紅葉に指定された場所は同じイナバビルヂング内にある隠れ家レストラン。

 八十島がそこに行くと、昼間と異なる雰囲気の奥山紅葉がウエイトレスのメイド姿で現れ、不可思議な現象が次々に起こる。

 奥山紅葉の説明によると

 八十島と奥山がいるのは

 「昭和十七年九月二十五日の神戸の須磨海岸」

 であるという。

 このレストランは、時空間が歪んでいて、同年同月同日の午後五時から午後十一時までを際限なく繰り返しているのだ。


 そのレストランで、因幡結枝(いなばゆえ)と槙葉(まきは)の姉妹、旧日本帝国陸軍少尉辺見照(へんみあきら)、元中佐と呼ばれる給仕長に出会う。

 姉妹との出会いはまるで絵巻物を見るような出会いであったし、辺見少尉との出会いは唐突でショックを受けるものだったが、元中佐との出会いはその後の運命を変えたにもかかわらず事務的であった。

 それぞれ、運命というものには人格があり、意図がある。そのことを八十島は感じた。


 八十島海人は、「親子の縁」という思いもよらぬ突飛な理由で、因幡結枝・槙葉姉妹に半ば強制されるように、彼女らの前世における運命の人、因幡風(いなばかおる)の失踪の謎を、謎の美女、奥山紅葉と一緒に、探ることになった。


 八十島海人と奥山紅葉のふたりは、謎多き元中佐の手配で、夫婦を偽装し、昭和十七年の神戸から、大東亜戦争の舞台となったライラ・マーへ向かう。

 昭和十七年十一月、十二月のライラ・マーは、日本軍の支配下で比較的戦争自体は落ち着いていたし、何よりも雨期が終わり乾期が始まろうとする時期だった。姉妹は戦争の嵐が吹き荒れる前の時期に因幡風を探し出したかったのだろう。


 ふたりは、定員の三倍の英国と英連邦の国籍を持つ交換員を詰め込んだ豪華客船龍田丸(たつたまる)で日本を出国し、ライラ・マー到着後は、当時の日本陸軍が誇る秘密兵器である装甲軌道車、軍用トラック、果ては象に乗ってアラタン山脈を東西に横断する。


 八十島は、アングンから因幡風がいるであろうダンガットまでは海上路が早く便利なので、当然そのルートを通ると思っていたが、そのルートの船舶はアラタン州北部への日本軍輸送で手一杯という事情があって、アラタン山脈越えという難関路を進むことになったと認識していた。

 しかし、その認識は甘く、どうやら因幡風失踪の謎解きの前に元中佐と奥山紅葉のハンドラーの手で日本軍将兵の戦死者や病傷者の救済というミッションに無理やり協力させられたのが真実のようだ。


 だが、因幡風失踪の謎にたどり着けるのならば、それもまた良しと、八十島はそう思っている。


 八十島たちが、象隊を編成して押し通ってきた道は、軍の予定では翌年の夏に先導路を貫通させる予定で、本格的に整備し、軍用道路として活用するのはインド国内での作戦が成功した後のはずだった。

 したがって、よもやこの昭和十七年十一月中旬にアラタン山脈を横断して東西を貫させる難工事の核となる先導路が貫通していようとは、軍関係者の誰も考えてもいない。

 本格工事が可能になったことを知るのは、貫通を知らないうちに手伝わされた動物隊と呼ばれる一工兵小隊のみである。

 

 しかし、その道路の貫通を知った日本軍が、重い荷を満載した自動車が快適に通れないとしても、人や牛が引く荷車が、深い森に隠された道を通れるように整備できるだろう。そしてそれは、まだ起きていない日本軍敗走時までには、間に合う。その結果、史実より戦死者や病傷者が減り、少しでも兵が生き残れるだろう。

 そういう意図で、昭和の終わりに亡くなった元中佐と令和に生きる紅葉のハンドラーらが、相談し画策したものだ。

 歴史を変え過ぎない程度に、戦死者を減らし、悲劇を少しでも軽減しようという「隠れ家レストラン」発祥の計画なのだ。


 その計画に則り、帝都物産の山口が自動車部隊を説得し、その小隊長である辺見少尉を、紅葉が持つ異能力を用いて(ドラム缶風呂すら自分のために用意させるというおまけ付きで)操り、味方につけ、トラックで目当ての動物隊まで送り届けらせ、工兵隊との繋ぎも付けてもらった。

 その工兵隊では、紅葉が(同じように異能力を用いて)幹部を操り、動物隊の測量兵と象使いを借り出した。そうやって、ライラ・マー方面軍司令本部に知られることなく、秘密の先導路を貫通させたのだ。


 その裏には、ライラ・マー独立やインド独立を志し、そのために英国ではなく、日本に協力するよう山岳民族に説得活動を続ける現地人や、それを支援する日本の特務機関員とその協力者たちがいたし、なによりも隠れ家レストランで全てを操る元中佐の諜報機関と紅葉のハンドラーの諜報機関の存在があった。


 八十島らが抜けて来た秘密先導路を、昭和十八年の早い時期に連合軍がそれと認知し、封鎖や遮断する能力も暇もないはずだ。元中佐の諜報機関と紅葉のハンドラーの諜報機関もそう評価している。


 さて、その道を通ってダンの盆地まで来た因幡風を探し求める八十島海人と奥山紅葉のふたりの影には謎がいくつもある。


 ふたりを追う謎のグループがいる。

 そのグループの追跡を断念させようと元中佐ともうひとりの八十島の二人がいる。

 八十島らに出会う前の因幡姉妹との遭遇にはどんな意味が?

 ライラ・マー独立運動の志士とこの物語はどう関係するのか?

 印度独立運動家と帝都物産の岩田・北村とF少佐の関係は?

 愛蘭(アイルランド)独立運動家の疑いがある謎の英国人と帝都物産と軍。

 因幡風はダンガットに本当に居るのだろうか?


 そして、まだ誰も、八十島さえも、時々発揮される奥山紅葉の異能力に気付いていない。

 因幡結枝、因幡槙葉と隠れ家レストランの謎も殆ど知らされていない。


 謎解きなしで物語は進んでいく。



 ===変事の予兆===


 八十島らは、当初、川を下って海岸に出て、ダンガットに向かう予定だったが、雨期が終わったばかりで、未だ水量が多く筏で川下りするのは危険と判断した。


 岩田が山口所長に言い、山口が独り言のように呟く。

 「これは無理ですよ、山口さん。いくら早く下れても、筏が岩にぶつかったら木っ端微塵です」

 「船を調達しようにも頑丈でないと。すると軍用の舟艇か。まだそんなもん来てないし、あってもそれでも危ないな。この水量だと」


 北村が山口に聞き、山口が答える。

 「海に出てからの船便はもう手配されてるんですか」

 「いや、予定が立たないから、着いてからの話だったし、作戦の都合上無線も使えないからな」


 しかも川下りの後の船の手当ては軍に頼らざるをえないが、直ぐに都合がつきそうにない。


 山口が八十島と紅葉に声をかけ、八十島と紅葉が答える。

 「次善の策が安全で確実なら、それを用いるのが上策。自動貨車(トラック)に揺られましょう」

 「また自動貨車ですかいな、前に乗ったんはほんまに尻に堪えましたよ、尻に敷くもんをなんか考えんと・・」

 「それは何処にあるのでしょうか」


 それで、ダンからダンガットに向かう道を使おうと判断した山口が言う。

 「ダンで資材を降ろし、ダンガットに戻る軍用トラックに乗り込みましょう」


 とはいえ、八十島らと八十島とともにやって来た象部隊の兵士たちすらも、その自動貨車、トラックを見たのは辺見少尉が八十島らを送って来たあの日が最後だ。


 八十島が山口に言い、山口が答える。

 「紅葉の言う通りや、そのダンガットに戻る軍用トラック、どこにあるんですか」

 「これからやって来るんです」


 この谷沿いの道は、軍の正規の命令で作られた道で、八十島らがダンの盆地に入ってき来たとほぼ同時期に、既に、軍用トラックが何とか通れるぐらいには整備されている。


 山口が八十島、紅葉、岩田、北村に言う。

 「戦時の整備作戦だ、数日もすれば、飛行場と基地建設のための資材や兵士を満載して、軍用トラックの隊列がやって来るだろう」


 その通りだった。

 三日後には、トラックは自動車小隊ごとに隊列を作ってやって来た。

 だが、八十島らがダンの谷を出たのは、最初のトラック到着から五日目の朝だ。


 物資の送り込み、兵士の送り込みを続けたせいだ。道が狭いので、資材や兵士を降ろしてすぐに引き返そうとすると、後続のトラックとすれ違えない。それでなくても隊列の先頭でトラブルがあると大渋滞するのだ。荷物を積み過ぎて坂道で車輪が空転する、狭い山道で脱輪するなどは当たり前に起きる。だから出発は結果的に五日目になった。

 


 そのダンの谷に別れを告げようという日の朝、八十島はイスラムの祈りの声に起こされた。

 いつも通りダンの盆地は霧に包まれている。


 あァーァァァ……らァーアァー……はァーあくばるゥゥ……

 あッしャァーどゥゥ……あらァァー……いらァーはァ……いッらァッらァー……


 湿気の多い空気のせいだろうか、語尾が 「るゥゥ」「らァーァー……」 と高く長く尾を引きダンの谷間の霧のように頭の上から躰を包み込むように、漂い伝わってくる感じだ。


 紅葉も起こされたようだ、八十島が声をかける。

 「おはようさん。いつもの朝の祈りの時間や。平安を祈ってくれてるらしいんやが、よう響くなぁ」

 「おはようございます、海人さん。やって来た時に比べると、心なしか声も大きくなって力が入っているような気がしませんか」

 「そうやな、日本人に聞かせようとしてるんかも知れへん、あんたがたのことは見とるよ、監視しとるよと」


 洗面をしようと、天幕(テント)の幌を跳ね除けて外に出ると、そう遠くない所で仏教寺院の鐘が響いているのに気付く。


 トォン……タァン……トォン…… 、カァ~ン……トォ~ン……

 トォン……タァン……トォン…… 、カァ~ン……トォ~ン……


 鉄製の鐘なのだろうか、湿気でよく響くが、音が「ォン」「ォ~ン」と日本の梵鐘より少々短く高く尾をあまり引かない。空気を震わせて地面から足元に響いてくる。


 紅葉が言う

 「祈りの音声や音すら雰囲気が違うし、声音や鐘の音が調和するどころか、交じり合うこともなく、おのれを主張し合っています。どちらも平安を願っているのに、緊張感が空気に満ちて、怖いぐらいです」

 「最近は、英国人の支配が緩んでからやそうやけど、他の地域では襲ったり襲われたりと、襲撃事件が絶えないそうや。このあたりも今まで事件が無かったからと言って、今日も明日も無事や、とはいかんやろ」


 ダンの谷からダンガットへ向かう谷の最大の特徴は、谷川の両側に宗教の異なる村が並んでいることだ。東側には仏教徒の村、西側にはイスラム教徒の村が多く連なっていて、何もかもが異なっている。


 日本軍がトラックで続々とダンに入ってくるようになると、仏教徒であるアラタン人は日本人に比較的友好的な雰囲気だ。恐らくはライラ・マー独立義勇軍(RIA)の人気が大きいのもあるだろう。

 八十島や紅葉、山口ら帝都物産の三人らの周りでもそうだ。

 ダンの盆地の子供たちのなかには

 「マスター、マスター」

 と盛んに声をかけて、バナナや、どこに出手に入れるのか煙草など、を売りに来る者がいる。


 一方、イスラム村は、仏教徒が日本人を支持し、日本軍が仏教徒を保護するなら自分らを敵視するのではないかと恐れている者が多くいるようだ。

 英軍は彼らに武器を与えて、日本軍にテロをけしかけているとも聞く。

 戦時の宣伝工作とは面倒なものだ。ひとりひとりの人間の良しあしではなく、利用できる属性、利用される属性によって、頼りにしたり、警戒したりしなければならなくなる。悲しいことだ。

 そういうわけで、イスラム教徒の大部分は日本軍を敵視しないまでも、積極的に近寄らずに、警戒している者が多いように見受けられた。


 八十島らは、その仏教徒とイスラム教徒の間の道路を、資材を満載した軍用トラックの隊列の間を遡るように、ダンガットに向かうことになる。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。