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勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
第4章 胎動する世界

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第78話 戦火の拡がり


 クラーケン討伐の後。


 空は、嘘のように澄み渡っていた。


 嵐の名残は消え、静かな青が広がる。


 だが船上の空気は、まだ戦いの熱を引きずっていた。


「負傷者の確認! 持ち場ごとに状況を報告しろ!」


 グレイグの号令が飛ぶ。


 船員たちが一斉に動き出した。


 甲板には、焼けた匂いと潮の匂いが混ざっている。


 リオは剣を下ろし、息を整えた。


 肩が、わずかに震えている。


 張り詰めていた力が、ようやく抜けていく。


 胸の奥に、まだ雷の余韻が残っている。


 視線は、自然と空へ向いた。


 ――さっきの、あれは。


「クロキリ」


 黒装束の男は、少し離れた場所で海を見ていた。


「さっきの魔人は……なんだったんですか?」


 クロキリは振り返らない。


「不明だ」


 短い答え。


 だが、すぐに続けた。


「……王都を襲ったゼインに似た“気配”を持っていた」


 リオは息を呑む。


 あの異質な存在が、さらに別にいる――。


 考えかけて、首を振る。


 今は目の前のことだ。


「各自持ち場の状況を報告しろ! 船の損傷具合を確認!」


 グレイグが再び叫ぶ。


「准将! マストが……このままじゃ進めません!」


 船大工が血相を変えて駆け寄る。


「木材がねぇ……くそ、やってくれる!」


 グレイグが舌打ちした。


 そのやり取りを見ていたクロキリが、小さく呟く。


「……木があればいいか」


「あいよ」


 赤鬼が一歩前に出る。


 折れたマストへと歩み寄り、太刀を振るった。


 ズバン。


 木材が、きれいに切断される。


「青鬼」


「フン」


 青いオーラが揺らめく。


 刀が走り、木材が次々と均一な形へと整えられていく。


 まるで最初から加工されていたかのように。


 黄狐が、すでに動いていた。


 閃光のような速さで帆を回収する。


 その間に。


 クロキリが、懐から種を取り出す。


「――木遁・芽吹万象」


 地面に叩きつけられた種が、瞬時に発芽する。


 みるみるうちに幹が伸び、枝が広がる。


 まっすぐに。


 空へ向かって。


 一本の松が、そこに生えた。


 マストの位置に、ぴたりと収まる。


「……これでいいか」


 クロキリが振り返る。


 グレイグは、目を見開いていた。


「お、お前ら……」


 折れたマストと修理用の木材が、一瞬で揃えられている。


 現実離れした光景だった。


「よ、よし! 修理に取り掛かれ!」


「おお!!」


 船員たちが一斉に動き出す。


 カン、コン、と木槌の音が甲板に響く。


 先ほどまでの死闘が嘘のように、日常の作業が戻ってきた。


 リオたちは、その様子を少し離れて見守る。


 ファルトが肩で息をしながら、にやりと笑った。


「いやぁ、でけぇイカだったな」


 テオが目を輝かせる。


「最後の一撃、見ました!? 空からドンって!」


 ミラが小さく肩をすくめる。


「派手すぎ。けど……嫌いじゃないわ」


 ミラがふと首を傾げた。


「……あの雷、精霊魔法?」


 リオが答える前に、小さな声が割り込む。


『ふふん』


 アストルが胸を張る。


『僕がお手伝いを依頼したのさ』


『ちょうど雷が鳴ってたからね。すぐ来てくれたよ』


 セフィーナはほっとしたように胸に手を当てた。


「皆さん無事で……本当によかったです」


 ミラが口元を緩める。


「やるじゃない」


 ファルトが腕を組み、うなずく。


「風であのデカブツを巻き上げるとか、すげぇな」


 アネリアがくすりと笑う。


『ふふん』


 セフィーナも小さく微笑んだ。


「修行の成果、ですね」


 アルヴァンがリュートを軽く爪弾く。


「海は静かになったが、曲はまだ続きそうだな」


 リオが軽く頭を下げる。


「……支援、ありがとうございました」


 アルヴァンが肩をすくめる。


「僕はちょっと後押ししただけさ」


 リオは苦笑し、剣を見下ろした。


「……正直、もう少しで落とすところだったよ」


 ファルトが笑う。


「はは、落ちてたら今ごろ魚の餌だな」


 テオが頷く。


「でも、勝ちました!」


 短い沈黙のあと、皆が小さく笑った。


 その光景に、リオは少しだけ胸が熱くなる。


 ――生きている。


 それだけで、十分だった。


 ダリウスが肩をすくめて笑う。


「さっきの墨、落としてなかったら全滅してたかもな」


 リオが小さく頷く。


「……助かったよ、ダリウス。ありがとう」


「はは、生活の知恵ってやつよ」


 ファルトが思い出したように笑う。


「でもよ、ミラの魔法もやばかったよな。あのクラーケン、燃えながら海に逃げたしな」


 ミラがふっと視線を逸らす。


「……別に」


 短く返すが、その口元はわずかに緩んでいた。


 ティナがぱっと顔を明るくする。


「皆さん無事でよかったです! さて……イカ焼きでも食べますか? 足、いっぱいありますよ」


 一瞬の静寂。


 ファルトが呆れたように笑う。


「……あれ、食えるのかよ」


 そして――


 くすりと、笑いが広がった。


 少し離れた場所で。


 影たちは、その様子を静かに見ていた。


 遠い昔の、自分たちを見るように。


 黄狐が、くすりと笑う。


「いいねぇ、青春ってやつかしら」


 ようやく訪れた、短い休息。


 その時だった。


 クロキリの懐の魔導具が、かすかに光る。


 通信。


 彼はそれを取り出し、耳に当てた。


「……クロキリだ」


 短い沈黙。


 そして。


「……了解した」


 通信を切る。


 その表情が、わずかに引き締まった。


「魔王軍海軍に動きあり。到着を急げ、だそうだ」


 空気が、変わる。


 休息は、終わった。


 戦いは、終わっていない。


 ――場面は、変わる。


 ドワーフの国テルマイン西海岸。


 防衛拠点。


 朝霧が、海を覆っていた。


 白く、重たい霧。


 視界は悪いが、見張りは慣れている。


 双眼鏡を構え、いつものように海を監視していた。


 つい先日までは、毎日のように砲撃戦があった。


 それが今は、嘘のような静けさ。


「……ん?」


 見張りの男が、眉をひそめる。


「船影……?」


 もう一度、覗き込む。


 霧の向こう。


 黒い点。


 いや。


「……おい」


 隣の兵を呼ぶ。


「あれ……多くないか?」


 双眼鏡を渡す。


 覗いた兵の顔が、固まった。


「……大船団だぞ」


「いつもの……二倍……いや」


「三倍はある」


 空気が凍る。


 すぐに、非常用の鐘が鳴らされた。


 ゴォン、ゴォン、と重い音が響く。


「来やがったぞ!!」


 防衛隊長の怒号。


「全員配置につけ! 返り討ちにしてやる!」


 ドワーフたちが一斉に動き出す。


 砲台に駆け込み、火薬を詰め、照準を合わせる。


「撃てぇ!!」


 轟音。


 大砲が火を噴く。


 だが。


「……届かない?」


「射程外だ」


 敵は、進んでこない。


 砲撃の範囲外を、なぞるように移動している。


「……なんで来ねぇ?」


「攻めてこないぞ?」


 ざわめき。


 違和感。


「……あいつら、どこに行く気だ?」


 その疑問が、全員の胸に浮かぶ。


 すぐさま通信が飛ばされた。


 首都テルメトロンへ。


 ――作戦室。


 石造りの重厚な空間。


 中央の卓に広げられた海図。


 周囲には、ドワーフたちが集まっていた。


 族長グラズ。


 オレンジ色の髪は後退し、頭頂は禿げ上がっている。


 だが顎から胸元まで届く長い髭が、威厳を放っていた。


 隣には、宰相ガルムド。


 灰色の短い髭を整えた、冷静な男。


 その目は鋭く、すでに状況を読み始めている。


 参謀ダラスが報告する。


「敵は、防衛拠点を無視して進行しています」


「……あぁ?」


 グラズが眉をひそめる。


「つまり、どういうことだ?」


 ダラスは海図を指差した。


「進行方向から見て……」


「スエラン連邦が戦場になる可能性が高いかと」


 空気が、凍りつく。


「馬鹿野郎! さっさと言え!」


 グラズが机を叩いた。


「宰相!」


「スエランに警告を送れ!」


「船団三倍だと!? 本気で征服に来てやがる!」


 ガルムドは静かに頷く。


「ただちに」


 短い返答。


 無駄がない。


「……うちは船を出せるのか?」


 グラズが低く問う。


 ダラスが、わずかに目を伏せた。


「……難しいです。長期にわたる防衛で、ほとんどの船を失っています」


「今も……スエランからの搬入待ちの状態で……」


「……ちっ」


 グラズは椅子に沈んだまま、肘掛けを叩きつけた。


 ドン、と鈍い音。


 石の肘掛けがひび割れ、欠け落ちる。


 太い指が長い髭を掴み、ぎり、と力がこもる。


 関節が白く浮いた。


「どうにもならねぇか」


「はい……」


 短い沈黙。


 そして。


「スエランに……健闘を祈ると伝えろ」


 その言葉は、重かった。


 助けられない現実。


 それでも、戦は始まる。


 戦火は、確実に広がっていた。


 ――場面はさらに移る。


 その海域の外縁。


 スエラン連邦近海。


 穏やかな海。


 小さな巡視船が、ゆったりと波を切っていた。


 甲板では、船員たちが鼻歌交じりに持ち場をこなしている。


 張り詰めた空気はない。


 いつもの、日常。


「……ん?」


 見張りの声。


「艦長! 船影あり!」


 双眼鏡が向けられる。


「……あれを……!」


 言葉が、詰まる。


 艦長が舌打ち混じりに振り返る。


「おいおい……今日は厄日か?」


 双眼鏡を持つ手が、わずかに震える。


 双眼鏡を奪い取る。


 覗き込む。


 そして。


「……なんだよ、あの大船団は……?」


 言葉が、低く漏れた。


 霧の向こう。


 無数の影。


 海を埋め尽くすような、艦隊。


「取り舵いっぱい! 全速後退!」


「すぐ本土に連絡しろ!」


「敵影ありだ!」


 緊張が、一気に走る。


 先ほどまでの穏やかさは、消えた。


 静かな海が、戦場へと変わる。


 戦火は――すぐそこまで迫っていた。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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