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勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
第4章 胎動する世界

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第75話 朝焼けの祝杯


 戦いの余熱が、まだ身体に残っていた。


 喧騒は、いつの間にか遠のいている。


 剣を握ったまま、リオはゆっくりと息を吐いた。


 ふと、顔を上げる。


 水平線の向こう――


 朝日が、わずかに顔を覗かせていた。


 夜が、終わる。


「……朝か」


 呟きが、静かに溶ける。


 手には、まだ感触が残っていた。


 人を斬った、重さ。


(……寝る気には、ならないな)


 その時。


「ふーむ」


 軽い声。


 アルヴァンが、戦場の名残を一瞥しながら歩み寄ってくる。


 その視線が、周囲をなぞる。


 疲労。


 沈黙。


 言葉にできない重さ。


 すべてを読み取ったように――


 彼は、口元をわずかに緩めた。


「さぁ御一同、宴をしようじゃないか?」


 静かな声が、場を切り裂く。


「我々は勝利したのだろう? であれば祝杯だ」


「おいおい、朝っぱらかよ」


 ファルトが苦笑する。


「まぁ、今から寝るのもね」


 ミラが肩をすくめる。


『いこーいこー!』


 アストルが楽しげに跳ねた。


 テオへ軽く目配せ。


 少年はすぐに頷いた。


 次の瞬間。


 アルヴァンはリュートを爪弾きながら歩き出す。


 まるで何事もなかったかのように。


 その背に、自然と人がついていく。


 酒場へ。


 扉を押し開ける。


 中では、片付けをしている店主が眉をひそめていた。


「……はぁ、まったく……」


 騒動の後。


 当然の反応だった。


 だが。


「稼ぎ時だよ」


 アルヴァンが、柔らかく囁く。


 手の中で、財布を軽く揺らした。


 チャリ、と音が鳴る。


 一瞬の間。


 そして――


「……どうぞどうぞ!」


 態度が一変する。


 席が用意され、酒が並ぶ。


 空気が、変わった。


 全員が席につく。


 軽く、自己紹介が交わされる。


「さぁ御一同、乾杯だ!」


「かんぱーい!」


 杯がぶつかり合う。


「僕はアルヴァン。しがない旅の吟遊詩人さ」


 軽やかに名乗る。


「こっちはテオ。僕の弟子さ」


「……弟子……」


 テオが小さくぼやく。


 アルヴァンが、杯を手に続ける。


「僕らはずっと旅をしていてね」


「最近は船の往来が止まってしまって、この町で足止めを食らっていたんだ」


「なるほどな」


 ファルトが頷く。


 そのまま、酒が回る。


「おーい、ダリウス! ティナ! こっち来いよ!」


 ファルトが手を振る。


 少し遅れて、二人が合流する。


 その少し前、セフィーナが迎えに行ってくれていた。


「船は問題ねぇ、昼前には出られるってよ」


 ダリウスが椅子に腰掛けながら言う。


「荷ももう積んである。心配するな」


 ティナが、ほっと息をつく。


「寝静まったと思ったら、こんな騒動で……心配しましたわ」


「本当だよね」


 リオが苦笑する。


 その様子を見て、リオもわずかに肩の力を抜いた。


「それじゃあ――」


 アルヴァンが立ち上がる。


 リュートを構え。


「勝利を祝して、もう一曲」


 弦が鳴る。


 軽やかに、しかし確かに。


 テオが隣で声を重ねる。


「――海賊は海の藻屑と消えた――」


「波は静まり、夜は明ける――」


 即興の歌。


 だが、その場にぴたりと合っていた。


 誰かが笑う。


 誰かが杯を掲げる。


 やがて、店中が巻き込まれていく。


 その歌を聞きつけて、外からも人が集まり始めた。


 次第に酒場は人で溢れ、笑い声が重なっていく。


 店主の顔も、いつの間にかほくほくと緩んでいた。


「英雄だー!」「ありがとー!」


「俺からもいっぱい奢らせてくれ!」


 外からの声援が、次々と店内に流れ込む。


 誰かが笑い、誰かが杯を掲げる。


 その熱に押されるように――リオの胸の奥の重さが、少しずつほどけていった。


 朝だというのに。


 まるで祭りのような熱気。


 リオは、その光景を見つめていた。


(……すごいな)


 空気が、変わる。


 あれほど重かったものが、少しだけ軽くなる。


 完全ではない。


 だが、それでも。


 救われている自分がいた。


 その頃。


 青鬼が静かに輪に入る。


 どこか血の匂いを纏ったまま、淡々と。


「さっきの海賊たちだが、雇われただけのようだ。雇った相手の名前すら知らなかった」


 尋問帰りの声で、青鬼が低く呟く。


「街で暴れてほしいと、大金を受け取ったそうだ」


「よく吐かせたわね」


 黄狐が肩をすくめる。


「造作もない」


「……内容は聞かないでおくわ」


 苦笑。


 クロキリが静かに口を開く。いつの間にか、そこにいた。


「怪しいやつがいた」


「奇妙な技で逃げられた」


「また仕掛けてくるかもしれん」


 場が、わずかに引き締まる。


「用心に越したことはないな」


 リオが頷く。


「それまで楽しんでおけ」


 クロキリが背を向ける。


「あとで会おう」


 そのまま、姿が消えた。


 宴は続く。


 笑い声。


 酒の匂い。


 音楽。


 その中で。


 リオは、静かに息をついた。


(……少し、楽になった)


『ね、リオ』


 アストルが、ふわりと隣に浮かぶ。


『いつものリオに戻ったね』


『つらいと思うけど……君は、間違ったことはしてないよ』


「……ありがとう、アストル」


 やがて。


 時間が過ぎる。


「おーし、そろそろ切り上げて港に行こうぜ」


 赤鬼が立ち上がり、杯を掲げたまま笑う。


 港へ。


 海の匂いが、強くなる。


 一隻の船が、そこにあった。


 白い船体。


 堂々とした佇まい。


 聖船セイント・オリオン


 その前に立つ男。


 こんがりと日焼けした屈強な体躯。


 短く整えられた黒髪。


 鋭い眼差し。


 ただ立っているだけで、空気が引き締まる。


「……来たか」


 低い声。


「フェルメリア王国海軍准将、グレイヴだ」


 短く名乗る。


 無駄がない。


「特務隊長のリオです」


 リオも応じる。


「よろしくお願いします」


 グレイヴは一瞬だけ視線を向けた。


 測るように。


 そして。


「お前たちをアルマリクへ届けるのが任務だ。よろしく頼む」


 一言。


 それだけで、場が締まる。


「出航準備は整っている」


 振り返る。


「乗れ」


 それだけだった。


 リオたちは船へ乗り込む。


 甲板。


 帆が張られる。


 風が、吹く。


 船が、ゆっくりと動き出す。


 港が遠ざかる。


 陸が、離れていく。


 海へ。


 その先に、何が待っているのか。


 まだ、誰も知らないまま。


 船は、進む。


 ――その時。


 甲板の上を、青い鳥がひとつ横切った。


 風に乗るように旋回し、ふと、アストルの前で羽ばたきを止める。


 じっと見つめる。


 言葉はない。


 ただ、確かめるように――。


 次の瞬間。


 青い軌跡を残して、空へと飛び立っていった。


 アストルは、しばらくその背を見送っていた。


(……あれ? またあいつかな)


 リオが小さく呟く。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし面白いと感じていただけたら、

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今後ともよろしくお願いいたします。

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