第74話 海賊襲撃
寝静まったフリーメルの町。
遠くでは、まだ飲めや歌えやの喧騒が、かすかに尾を引いている。
その静けさを――
ズドンッ!!
腹の奥を鉄槌で殴られたような衝撃。
「っ!?」
リオは跳ね起きた。
遅れて、外の音がなだれ込む。
悲鳴。怒号。木材の軋み。遠い砲声。
「なんだ……!?」
扉が開く。
「起きろ。海賊だ」
クロキリの声は短い。
「戦闘準備。赤、青、黄――行け」
「へいへい」
「了解」
「はーい」
三つの気配が消える。
「私も行く。リオたちは住民の避難を」
「了解!」
「ダリウス! ティナを頼む!」
「任せとけ!」
「リオ様、お気をつけて……!」
「うん!」
外套を掴み、階段を駆け下りる。
足音がやけに大きく響いた。
◆
扉を開けた瞬間、熱と煙が押し寄せた。
町はすでに混乱の渦に呑まれている。
火の手。怒号。走る人影。
「こっちだ! 逃げろ!」
リオは叫び、流れを作る。
『リオ、門に光出すぞ!』
「頼む!」
アストルの光が門上に灯り、道筋を示す。
人々がそちらへ向きを変える。
ファルトが間に入り、押し合いを支えた。
◆
港へ出る。
夜の海が赤く染まっていた。
軍艦と海賊船が砲撃を交わし、火花と水柱が交錯する。
だが――その陰で。
「……あれは」
複数の小舟が、静かに接近している。
砲火の死角。
「上陸してくるぞ!」
次の瞬間、海賊たちが飛び出した。
水面に足を乗せる――波紋だけが広がり、沈まない。
「おい……沈まねぇぞ」
「ははっ、なんだこりゃ! いいもんもらったな!」
海賊たちは笑いながら、そのまま水面を駆ける。
後方に残った数人が、足を止める。
「距離取れ!」
次の瞬間――火薬玉が投げ込まれた。
ヒュッ、と低い音。
「っ!?」
ドォンッ!!
地面が弾け、土と火が巻き上がる。
さらに、矢が飛ぶ。
水面を滑りながら放たれたそれは、軌道が読みにくい。
「ちっ……!」
リオは身をひねり、かろうじてかわす。
背後で、矢が壁に突き刺さった。
――距離を取って、削る。
海賊たちは笑っていた。
「セフィーナ、風で流せるか!」
「はい……アネリア!」
『任せて!』
セフィーナの周囲に風が集束する。
「たつみの風よ、乱れを招け――《ウィンドストーム》!」
渦巻く突風が前方へ解き放たれる。
水面ごと押し返すような圧。
距離を取っていた海賊たちの足場が乱れ、バランスを崩す。
「うおっ!?」
「足が――!」
数人が水面から弾かれ、海へと落ちた。
矢の軌道も逸れ、火薬玉が水中で弾ける。
前線への圧が、一瞬だけ緩む。
「今、まとめて焼く!」
ミラが一歩踏み込み、杖を振るう。
「烈火よ、我が前に形を取り──流れとなれ。《ファイアランス》」
放たれた炎の槍は直進せず、風に乗って湾曲する。
セフィーナの突風に引き伸ばされ、一本の“火炎流”となって水面を舐めた。
水上に足場を取っていた海賊たちの列を、横薙ぎに焼き払う。
「うあああっ!」「熱ぃッ!」
足場を失い、炎と蒸気に包まれて海へ転落する者が続出した。
――風と火が噛み合い、戦線が一気に押し返される。
中には、滑るように加速し、波を踏み台に跳び込んでくる者もいる。
陸と変わらぬ動き――いや、それ以上の機動。
「な……」
一瞬。
静かになる。
次が来る。
◆
衝突。
剣と盾がぶつかり、火花が散る。
数が多い。重い。
衝撃が肩まで響く。息が詰まる。
呼吸が浅い。鼓動が速い。
「援護するわ!」
「風よ――!」
ミラの炎とセフィーナの風が道を削る。
だが止まらない。
押し込まれる。
水面を滑るように横へ回り込んできた海賊が、低い姿勢から刃を突き出す。
「っ――!」
リオの脇腹をかすめる。
浅い。だが、確かに斬られた。
(速い……! 横にも来るのか!)
水上を滑る連中は、陸より自由に動いてくる。
別の一人が、波を蹴って跳び上がる。
上からの振り下ろし。
「くそっ!」
受ける。
衝撃が腕に抜ける。
重い。想像以上だ。
横で、海賊が避難民に手を伸ばした。
「金だ! 女もだ! 全部寄越せぇ!」
泣き叫ぶ声。
逃げ遅れた子どもが転ぶ。
「やめろ!」
リオが踏み込む。
(間に合え……!)
刃を受け流し、体勢を崩す――パリィ。
そのまま間合いに入り込む。
「光よ――」
剣に淡い輝きが宿る。
――《ホーリーエンチャント》
白光が刃を縁取り、夜を裂く。
「はあああっ!」
弧を描く斬撃。
――ホーリースラッシュ。
光の軌跡が走り、前列の海賊たちをまとめて吹き飛ばす。
数人が地面を転がり、武器を手放した。
(……効いてる!)
だが――
その向こうで、別の海賊が子どもを掴み上げた。
水上を蹴って後方へ。距離が一気に離れる。
「へへっ、追いつけるかよ!」
滑る。揺れる。軌道が読めない。
「やめろォ!!」
すぐに別の連中が詰めてくる。
さらに横から二人。
波を蹴って同時に斬り込んでくる。
完全に囲まれる。
圧は、まだ重い。
しかも、引けば水上から追われる。
逃げ場がない。
◆
「何の騒ぎかと思えば……海賊か」
聞き覚えのある声。
アルヴァンとテオが横合いから割って入る。
テオが一歩前へ。
盾が打ち付けられ、先頭が弾ける。
――一瞬の“隙”が生まれる。
「今だ、押し返す!」
リオが声を上げる。
ファルトが踏み込み、盾で押し返す。
リオも続く。
斬る。受ける。返す。
呼吸が乱れる。
一瞬、息を吸う。
(……重い……!)
腕に伝わる衝撃。
相手は人間だ。
だが、その目は濁っている。
迷いが、一瞬だけ生まれる。
その隙を、相手は見逃さない。
刃が迫る。
「っ――!」
ギリギリでかわす。
頬をかすめ、血が滲んだ。
(……危なかった)
(これ……人間相手にやる動きじゃないだろ……)
(こいつら……人間なのに、動きが違う……)
鼓動が速い。
――それでも。
踏みとどまる。
◆
アルヴァンが弦を弾く。
低く、澄んだ音。
「――まだ動けるでしょう?」
音が、わずかに背を押す。
重かった体が、少しだけ軽くなる。
だが――
背後で悲鳴が上がる。
別の避難民の列が崩れ、将棋倒しになる。
その上に海賊が飛び込んだ。
振り向く。
倒れた住民に、刃が振り下ろされようとしていた。
(また……人が……!)
胸の奥が軋む。
踏み出す。
迷っている暇はない。
「いくぞ!」
リオが踏み出す。
光をまとった刃が、再び走る。
◆
テオの一撃で前列が弾け、わずかな空隙が開いた。
その“隙”に、影が差し込む。
まず――黄狐。
低く滑り込み、足首を払う。
軸が崩れた瞬間、肘が顎を打ち抜く。
間。
青鬼。
極細の糸が走る。手首、肘、肩、首――一気に絡む。
――引く。
ぐらり。動きが止まる。
そして――赤鬼。
影のように割り込み、火薬玉を二つ、三つ。
「通り道、空けとけよ」
離脱。
――ドォン。
足元で爆ぜる。水と火が弾け、列が割れる。
爆煙がゆらぎ、視界が歪む。
その奥――
ゆっくりと、影が立ち上がった。
船長。
「やってくれたなぁ……クソガキどもがァ!!」
大戦斧を振り回し、無理やり道をこじ開けようとする。
振り抜くたびに風が唸り、地面が抉れる。
「海賊ナメてんじゃねぇぞォ!!」
だが。
テオが盾を差し込む。
ドンッ!!
衝撃で後退。
「ぐっ……!」
そこへファルトが横から叩き込む。
「止めるぞ!」
大盾で押し込むが――
船長は笑った。
「甘ぇ!」
戦斧が振り下ろされる。
ゴォンッ!!
地面が割れる。
衝撃で足場が崩れ、全員の体勢が一瞬で崩れた。
「っ……!」
リオもバランスを崩す。
その瞬間。
――影が割り込む。
黄狐。
踏み込みと同時に、拳が顎を打ち抜く。
「ぐあっ!?」
体勢が崩れる。
その瞬間。
青鬼の糸が走る。
四肢へ絡みつき、動きを止める。
「動くな」
低い声。
ギチ、と締まる音。
船長の身体が強引に固定される。
「今だ――!」
リオが踏み込む。
光をまとった剣が、まっすぐ振り抜かれる。
「――ホーリーブレイク!!」
「な、なんだこの光は――ぐあああああっ!!」
白光が弾ける。
その瞬間、肉を断つ感触が、はっきりと手に残った。
鉄と血の生臭い匂いが鼻を突き、耳の奥で短い断末魔が途切れる。
(温かい……人の、血……)
拘束された船長の体を正面から叩き割るように斬り抜けた。
衝撃が内側から走り、体勢が大きく崩れる。
「くそ……っ!」
もがく。足掻く。
刃を振り上げようとして――止まる。
それでも。
ほんのわずかに、刃が振り下ろされる。
「っ――!」
リオは咄嗟に身を捻る。
斧が頬をかすめ、空気を裂いた。
次の瞬間――
赤鬼が一歩踏み出し、にやりと笑った。
「がっはっは! こっちは任せたぜ!」
視線は海へ。
その姿が弾けるように消える。
残るのは、拘束された船長と――
リオの掌に残る、ぬるりとした重さと鉄の匂いだけだった。
「くそ……っ……」
短く、息が漏れる。
青鬼の糸がさらに締まる。
「終わりだ」
黄狐が肩をすくめる。
そのとき――
ドォンッ!!
港の外。
海賊船の側面が、内側から弾け飛んだ。
炎が夜を裂く。
◆
音が止む。
海賊たちの動きが鈍る。
視線が揺れる。
武器が落ちる。
膝が折れる。
勝負は、ついた。
◆
「まぁ、何とも使えない連中でしたね」
頭上。
屋根の上の男。
「……貴様の手引きか?」
クロキリの声。
男は笑う。
「それでは、本日はこの辺で」
輪郭が歪み、消えた。
◆
火だけが、残る。
人々の息遣いが戻り始める。
だが。
リオは動かなかった。
戦いの最中、何度もよぎった感覚。
剣越しに伝わる、肉の重さ。
温かさ。
そして――鉄の匂い。
(どうして……人同士で……)
斬るたびに、胸の奥がざわついた。
守るためだと分かっていても――
割り切れない。
離れない。
消えない。
答えは出ない。
夜だけが、重く沈んでいた。
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