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勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
第4章 胎動する世界

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第71話 異形のサーカス

さびれた山岳地帯。


乾いた風が、岩肌を撫でる。


削られた稜線が、空に鋭く突き刺さっていた。


春の気配が、わずかに残っている。


昼は乾いた陽射しが肌を焼き、

夜は冷えが戻り、息が白く滲む。


遠くの斜面には、短い季節の名残のように、

まばらな草と小さな花が点在していた。


人の気配はない。

動くものもない。


――本来ならば。


その中に、紅白のテントがあった。


あまりにも場違いな色。

あまりにも鮮やかな存在。


それはまるで、世界に差し込まれた“異物”。


近づくにつれ、空気がわずかに歪む。


風の音が、ほんの少し遅れて届く。

足音が、妙に軽く響く。


何かが――混じっている。



テントの周囲では、無数の影が動いていた。


団員たち。

あるいは、使役された魔物――ゴブリンやオークたち。


斧を振るう。


コツン。

コツン。


木が倒れる。


その音に混ざって――


じゅわ……。


空気が滲むような、湿った音。


瘴気。


観客はいない。


それでも――


コツン。

カン。


……じゅわ。


作業音は、歪な音楽のように奏でられ続けていた。


伐り出された木材は、すぐに組み上げられていく。


囲い。

遮蔽物。


黒鉄の杭が打ち込まれ、布が張られ、見えない膜が形成される。


瘴気が外へ漏れないように。

隠すための工事。


サーカスの裏側で進む、異様な土木。


その只中で――


鍛冶の音が鳴っていた。


カン。

カン。


赤く焼けた金属が打たれ、火花が散る。


黒鉄の留め具や杭が、その場で作られていく。


別の一角では、刃物で木が削られ、

板が整えられ、歪な足場へと組み込まれていく。


削り屑は黒ずみ、土に触れた瞬間、色を変えた。


じわり。


地面が、染みるように濁っていく。


草は萎れ、花は色を失い、

春の名残は、ゆっくりと侵されていく。


まるで――


この場所そのものを、作り替えているかのように。


さらに外縁では、曲馬師――魔物使いが指示を飛ばしていた。


「行け。そこを均せ」


低い唸りとともに、使役された魔物が地を踏み砕く。


爪で岩を削り、牙で根を引き抜き、

隆起した地面を押し潰していく。


どごん。

ごり、と岩が割れる。


凹凸は消え、道が“通れる形”へと変わっていく。


その上から、黒ずんだ土が撒かれる。


じわり。


瘴気が染み込み、地面は均されながら、ゆっくりと色を変えた。


――通るための道ではない。


侵すための道が、整えられていく。



「ぜんぜん終わんないよ団長〜」


軽い声が弾む。


「ばかー、今は局長でしょ?」


「うーん、僕としては団長でいいかな」


――かつて、首だけになっていたはずの道化師。


それでも今は、何事もなかったかのように笑っている。


「へっへーん」


「それにねー前なんてさ、ディアス様たちと四人でやったんだよ? 僕たち」


自慢げに話す。


「特務小隊とかかっこいいねー」


「ほらほら文句言わないの!」


「ほら、そこさぼるな!」


その声と同時に――


ひゅ、と風が切れる。


無音で飛んだトランプが、横で手を止めていたゴブリンの首を撫でた。


「はい、アウト〜」


――一瞬。


次の瞬間、首が滑り落ちる。


どさり。


遅れて、血が噴いた。


誰も驚かない。


むしろ――


周囲の作業音が、わずかに大きくなる。


コツン。

カン。


……じゅわ。


何事もなかったかのように、作業は続く。


倒れた胴体は、すぐに引きずられていく。


囲いの陰。


低く唸る魔物の口が開いた。


咀嚼音。


骨が砕け、肉が裂ける。


それもまた、作業の一部だった。


「さぁいくよ、ラズール」


楽しげな掛け声が続く。


返事はない。


ただ――


空気が裂けた。


無音で飛んだトランプが、空中のロープを正確に切り裂いた。


上空。


妖艶な影が、空を蹴る。


エアリアル。


見えない足場を踏むように、軽やかに跳び、ロープを渡り、布を巻き取っていく。


するり、と滑るような動き。


寸分の狂いもない。


その下で――


ジャグラーが腕を振る。


投げられた金属片が、回転しながら飛び、

ロープの端を正確に打ち抜いた。


カン。


固定。


「はい、次ー」


「了解〜」


だが、その足元では――


黒い石が、脈打っていた。


生瘴石。


その表面から、じわりと瘴気が滲み出る。


周囲の空気が、濁る。


オークの一体が、慣れた手つきでそれを押さえ込む。


魔力を流し込む。


別の者が、部品を組み上げる。


瘴気門。


まだ未完成。


だが、確実に形になりつつある。


歪む。


空間が、わずかに軋む。


それでも、誰も気にしない。


ただ、楽しそうに。


作業は続く。



テントの奥。


そこは、舞台だった。


ロープが張られ。

カードが宙を舞い。


異形たちが、役割を演じている。


空中で舞う、妖艶な影。


奇妙なリズムで物を投げる、アフロ頭の怪物。


荒れる魔物を、軽やかにいなす曲馬師。


そして――


道化師。


ゼイン。


彼は、そこにいない。



高所。


崖の上。


海を見下ろす位置。


そこに、立っていた。


ゼイン。


その眼下――


まだ何もない海。


だが、わずかに空気が濁っている。


見えない何かが、準備されているかのように。


静かに。

確実に。


侵食は、始まっていた。


その先――


まだ霞んでいる陸地。


名もなき土地。


そして、その奥。


アルマリク。


ゼインは、それを見ていた。


ただ、楽しそうに。


「今期の演目は――“もやもやハート”」


くすり、と笑う。


「じわじわ染みてく感じ、いいよね」


「ほら、気づいたらもう戻れないやつ」


少しだけ、目を細める。


「さてさて――主役を待ちますか」


「瘴気を見たら、どう動くのかな?」


誰に向けた言葉でもない。


ただの、独り言。


あるいは――


観客への挨拶。



遠く。


うっすらと。


煙のようなものが立ち上る。


まだ、誰も気づいていない。


だが。


確実に、始まっている。


ゼインは、目を細めた。


「そろそろ、ばれる頃かな?」


「――演目の開始だ」


風が吹く。


遠くで、何かが軋むような音がした。


瘴気が揺れる。


「まあ……あっちからこっちへは、簡単には来られないだろうけど」


「高みの見物といこうか」


くく、と喉を鳴らす。


「万が一、来られたら――」


笑う。


「遊べるかもね。……ひひ」


その声は、風に溶けた。


舞台は整った。


あとは――


幕が上がるだけだ。


まだ、誰も知らないままに。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし面白いと感じていただけたら、

ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


今後ともよろしくお願いいたします。

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