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勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
断章

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断章Ⅵ リオ男爵


 春のやわらかな日差しが、王都の石畳を淡く照らしていた。


 男爵となったリオは、ティナから貴族としての振る舞いや領主の務めを学ぶ日々を送っている。


「リオ様、背筋を伸ばしてください」


「う、うん……これでいい?」


「もう少しだけです」


 礼儀作法、言葉遣い、来客対応――覚えることは山のようにあった。


 剣を振るうのとは違う難しさに、リオは何度も肩を落とした。

 けれど、逃げ出そうとは思わなかった。


 男爵として。

 そして、父の名を継ぐ者として。


 きちんと立てるようになりたいと、そう思っていたからだ。


 そんなある日。


 ローデン侯から、王都の屋敷へ招待する手紙が届く。


「侯爵様から……?」


 思わず声が上ずる。


「叙任式の後も、王都に滞在されているようです」


 ティナが静かに答えた。


 何事だろうと緊張しながら、リオは侯爵邸へと向かう。


 出迎えたのは、ファルトの母・クラリスだった。


「いらっしゃいませ、リオ様」


 やわらかな微笑みに迎えられ、リオは少しだけ肩の力を抜く。


 案内されるまま広間へ。


 扉が開いた、その瞬間――


「よーし、主役の登場だ! みんな――リオ、おめでとう!」


 ローデン侯の声が響いた。


 視界いっぱいに広がったのは――横断幕と、見慣れた仲間たちの笑顔。


「リオ男爵 就任おめでとう! & 誕生日おめでとう!」


「え……?」


 思わず立ち尽くす。


 それは、リオのために用意されたサプライズパーティだった。


 その中で――ひときわ目を引いたのはティナだった。


 いつものメイド服ではなく、上品なドレスに身を包んでいる。


 淡い色合いの布地が光を受けてやわらかく揺れ、その立ち姿には育ちの良さが自然と滲んでいた。


(ああ……やっぱり、貴族のご令嬢なんだな……)


 どこか誇らしくて、でも少しだけ遠い。

 そんな不思議な気持ちが胸をかすめた。


 やがて、大きなケーキが運ばれてくる。


 灯されたろうそくは――十六本。


「さあ、リオ様」


 促され、リオは息を吸い込み――一気に吹き消した。


 小さな炎が一斉に消え、広間にぱちぱちと拍手が広がる。


「さぁ――リオ、スピーチだ」


「えええ!?」


 ローデン侯の無茶ぶりに、思わず声が裏返る。


「貴族になったんだ。スピーチくらいできんでどうする」


 グラヴィスが、にやりと笑いながら茶化した。


 周囲からどっと笑いが漏れる。


「え、ええと……」


 リオは頭をかきながら、一歩前へ出た。


 少しだけ喉が渇く。

 けれど、逃げるわけにはいかない。


「この度、男爵を拝命したリオです……」


「知ってるぞー!」


 すかさずファルトの声が飛び、会場がどっと沸く。


 張りつめていた空気がほどけて、リオも思わず笑ってしまう。


「王都に来て、約一年……たくさんのことがありました。でも……ここにいるみんなに支えられて、ここまで来られました」


 一度言葉を切り、リオはゆっくりと周囲を見渡す。


 騎士団で過ごした日々。

 訓練場で流した汗。

 傷つきながらも並んで立った戦い。

 支えてくれた人たちの顔が、一人ひとり胸に浮かんだ。


「これからも……よろしくお願いします!」


 その言葉に、大きな拍手と口笛が響いた。


「なかなかいいスピーチだったな」


 ローデン侯が満足げに頷く。


「よし――それでは諸君、大いに楽しもう!」


 その一声で、宴が始まった。


 次々と料理が運ばれ、長い卓に色とりどりの料理が並ぶ。


 焼きたての肉の香ばしい匂い。

 果実酒の甘い香り。

 人々の笑い声と食器の触れ合う音が広間を満たし、立食形式のパーティはあっという間に賑やかな空気に包まれた。


「大変な一年だったが……よく乗り切ったな」


 レオンが静かに頷き、リオの肩に手を置く。


「エルバも、きっと喜んでいることだろう」


「そうですよね」


 カイルも同意するように微笑んだ。


「……ありがとうございます」


 リオは少しだけ照れくさそうに頭を下げる。


「まだまだですけど……ちゃんと、応えられるように頑張ります」


「おう、俺もまた一から鍛えてるからな」


 ファルトがにっと笑い、拳を軽くぶつけてくる。


「一緒に頑張ろうぜ」


「うん!」


 拳が触れた瞬間、不思議と力が湧いた。


「通常の戦闘では魔法がものをいうわ」


 すぐさまミラが割り込む。


「ほう……本当に負けず嫌いじゃのう」


 クラヴィスが愉快そうに目を細める。


「おじいちゃん!」


 ミラがむっとして言い返すと、周囲からどっと笑いが起きた。


 こんなふうに言い合える空気が、なんだか嬉しかった。


「まだまだ教えることがあるわ。魔法も、ね」


 ミラが腕を組み、わずかに口元を緩める。


「精霊魔法使い同士、数も多くないですし……これからも一緒に頑張りましょう」


 セフィーナが優しく微笑んだ。


「そうですね。私も古い古文書などを調べておりますので」


 セレオスも穏やかに頷く。


 ふわり、とリオの肩口に光が揺れた。


「そうそう! まだこれからさ!」


 アストルが楽しげに声を弾ませる。


「ええ、まだ高められるわ。連携もね」


 アネリアも静かに続いた。


「ほら見ろよ、この料理。いいもん仕入れてきたぜ」


 ダリウスが誇らしげにテーブルを指さす。


 そのまま笑顔で、次々と皿をリオの手に押しつけてくる。


「遠慮すんなって。今日は主役なんだからよ」


「ぐ……」


 思わず手に持った皿を見つめる。


 ――騎士団食堂の光景が脳裏をよぎった。


 山のように盛られた料理。

 逃げ場のない視線。


「……ほどほどで」


 いつの間にか、エルヴィンがそそくさと現れていた。


「この前の貸しがあるからな……王都戦の分、忘れてねぇぞ?」


 エルヴィンがにやりと笑う。


「次の実験、そろそろ付き合ってもらうからな」


 その言葉に、思わず苦笑が漏れた。


 こうして笑っていられること自体が、少し前までは想像もつかなかった。


 ふと、隣に気配を感じた。


「驚いたでしょう?」


 隣に立ったサビアが、やわらかく微笑む。


「侯爵様にね、サプライズがあるからって、ずっと黙っていてほしいって言われてたの。でも……よかったわね」


 リオを見つめるその目は、どこまでも優しかった。


「こんなに素敵な仲間たちに囲まれて――本当に、よかったわね」


 その声は穏やかだった。

 けれど、その奥には、長い時間を越えてきた安堵のようなものが滲んでいた。


 きっと、母にもいろいろな想いがあるのだろう。

 それでも今は、ただ目の前の幸せを喜んでくれている。


 そのことが、たまらなく嬉しかった。


 笑い声が響く。

 料理の香りが漂う。

 あちこちで誰かが笑って、誰かが肩を叩いている。


 ――こんなにも、温かい時間があるなんて。


 父がいなくなってから、こんなふうに心から満たされる時間が、自分に訪れるとは思っていなかった。


 宴はやがて最高潮へと達する。


「よーし、記念撮影だ!」


 エルヴィンが魔導具を掲げた。


「《撮れるんです》、起動!」


 台の上に置き、タイマーをセットする。


「戻るぞ――うわっ!?」


 走って戻ろうとしたエルヴィンが、盛大に転んだ。


 その瞬間――


 ぱしゃり。


 写ったのは、全員の笑顔と、転びかけたエルヴィンの姿。


「なんだこれ……!」


「はははっ、最高じゃないか!」


 笑い声が広がる。


 誰もが肩を揺らし、いつまでもその一枚を見て笑っていた。


 それは、少し不格好で――でも、何よりも温かい一枚だった。


 その写真は後に、リオの家に飾られることになる。


 楽しい時も。

 苦しい時も。

 迷った時も。


 その一枚には、確かにこの日の笑顔が刻まれている。


 この先どんなにつらいことがあっても――

 その一枚を見るたびに、彼はきっと笑顔を思い出すのだろう。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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