表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
断章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/97

断章Ⅴ レアリナ(大人編)

ヴァネッサに拾われてから、皆それなりの暮らしをしていた。


荒々しい海風が吹き抜ける拠点。

切り立った岩場に築かれ、木と鉄で組まれた建造物が並ぶ。


戦士たちは鍛え、食い、眠り、そしてまた戦う。


粗野ではあるが、規律はあった。


――ここには、生きるための秩序があった。


月日は流れた。


レアリナは、無邪気な子供から一人の女性へと成長していた。


挿絵(By みてみん)


白銀の髪が風にきらめき、その姿は目を引くほどに美しい。


だが――その中身は、あの頃と変わらない。


天真爛漫なままだった。


自由気ままに。

誰にも縛られないまま。


幼い頃から、ずっとそうだった。

ヴァネッサを「様」ではなく「ヴァネッサー」と呼ぶのも、今さら変えようのない癖のようなものだった。


だが――その日。


空気が変わる。


目には見えない“力”が、拠点全体を重く沈ませていた。


戦士たちのざわめきが止まる。

風の音さえ、どこか遠のいたように感じられた。


その時――


ヴァネッサの視線が、わずかに遠くを向く。


遥か彼方。


アクウェリナとシグリス。

光と闇、二つの巨大な力が衝突していた。


それを“見る”ことはできない。


だが――確かに“感じる”。


「……」


次の瞬間――轟音。


大気が震え、空が裂けるような衝撃が走る。


足元の岩肌がびりびりと震え、建物の梁が軋んだ。

何人かの戦士が思わず身構え、レアリナもまた目を見開く。


遠く離れているはずのこの地にまで、その余波が届いた。


そして。


輝かしい光の波動が、ふっと消えた。


「……来たか」


「ねぇ、ヴァネッサー。今の何?」


家臣の男が声を荒げる。


「レアリナ! ヴァネッサ様と呼べ!」


ヴァネッサは淡々と言った。


「……今更だ」


家臣の男は歯を食いしばり、拳を握ったまま言葉を飲み込む。


幼い頃から、ずっとそうだった。

この娘にだけは、その無礼すら許されている。


一瞬だけ視線を伏せ――それでも、何も言い返すことはできなかった。


その時。


ヴァネッサの拠点から見える平野の先。

隣町ほど離れた距離に、黒き城の影があった。


地面が揺れる。


足元の岩が低く唸り、大地が軋む。


ここは――かつて闇の軍団の本拠地であった場所。


その大地が、呼応する。


やがて。


黒き城が、ゆっくりと浮上を始めた。


大地から切り離され、空へと昇る。


黒い石壁が軋み、砕けた岩片が雨のように零れ落ちる。

城を包む闇の気配は、まるで生き物のように脈打っていた。


「ねぇ、なにこれ?」


レアリナが声を上げる。


ヴァネッサは振り返ることなく言った。


「行くぞ」


そのまま、レアリナを抱き上げる。


「え、ちょ――」


視界が一気に上がる。


ヴァネッサは空を蹴り、一直線に城へと跳んだ。


「はやーい!」


「たかーい!」


レアリナの声が、風に弾む。


その無邪気さだけが、異様な空の中で場違いなほど軽かった。


新たに築かれた魔王城。


黒き石で組み上げられたその城は、空気そのものを重く沈ませていた。


玉座の間。


「ねぇ、ヴァネッサー。さっきのすごい爆発、あれなに?」


「……ああ。ついに復活したらしい」


「え、ほんとに?」


「――あのお方がな」


玉座の上。


そこにいたのは――かつてとは、まるで違う存在だった。


「……シグリス様?」


ふははははっ――


低く、歪んだ笑いが響く。


その声は耳で聞くというより、胸の奥へ直接ねじ込まれるようだった。


「ああ。姿は変わったがな」


玉座に座すそれは、もはや“精霊”と呼ぶにはあまりにも禍々しかった。


輪郭は人の形を留めている。

だが、その身を覆う闇は絶えず揺らぎ、黒煙のように溢れ、角のような影が頭部から伸びて見えた。

目の奥には、底知れぬ昏い光が宿っている。


「お前なら、見当がつくだろう」


「……まさか」


「ふふ」


シグリスは隣の男へと視線を向けた。


「紹介しよう。我が参謀である――ノリスだ」


「はじめまして、ヴァネッサ様」


その顔を見た瞬間、奇妙な違和感が走る。


見覚えがある。


だが、あってはならない形で。


不快感と理解が、同時に胸を掠めた。


「……不快だな」


「ははっ……」


ノリスも笑う。


二つの笑いが重なる。


だが――どこか、似ていた。


「ヴァネッサー」


「闇の大精霊様って、どこ?」


ふははははっ――


シグリスの笑いが、再び玉座の間に響いた。


「……目の前にいるだろう」


「え?」


「それ以上は、考えるな」


「ふーん」


レアリナは肩をすくめる。


深く怯えるでもなく、取り繕うでもなく。

ただ、いつもの調子で受け流した。


ヴァネッサはそんなレアリナを一瞥し、それから静かに膝をつく。


「ヴァネッサ」


「これから忙しくなる」


「郎党を率い、参上せよ」


「……畏まりました」


こうして――かつての闇の軍団は、魔王軍として復活したのだった。


「ヴァネッサー」


「今度は、私もここで働くの?」


「ああ、そうだ」


「魔王様を笑わせた。……お前なら、そばに置く価値はある」


「へぇー、すごい! やってみたい!」


レアリナは楽しげに笑う。


玉座の間に満ちる闇。

歪んだ笑い。

禍々しい気配。


そのすべての中で、その笑顔だけがあまりにも無垢だった。


――この場には、あまりにも似つかわしくなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ