第64話 王都鎮魂、そして世界へ
襲撃から数日が過ぎた。
王都には、ゆっくりとではあるが、確かに日常が戻り始めていた。
崩れた石壁は積み直され、割れた石畳は仮補修されている。瓦礫を運ぶ騎士と市民の姿が、あちこちで見られた。
市場では、途切れていた露店がぽつり、またひとつと灯を取り戻していく。
笑い声はまだ少ない。それでも――人は、生きていた。
――そして。
王都外れの墓地には、静かな人波が広がっていた。
合同葬。
戦死した騎士と、命を落とした市民。
そのすべてを、分け隔てなく弔うための儀式だった。
整然と並ぶ墓標。
風に揺れる白布。
祈りの言葉と、すすり泣き。
墓地の中央では、セレオス大神官とセフィーナが、静かに儀式を執り行っていた。
澄んだ声が、風に乗って広がる。
「光よ、迷いし魂を導き給え――」
低く重なるセレオスの詠唱。
それに寄り添うように、セフィーナの柔らかな声が続く。
「安らぎを。静寂を。彼の地にて、再び巡り合わんことを――」
二つの声が重なり、やがて一つの祈りとなる。
淡い光が墓地を包み込み、空気がわずかに震えた。
その中に、リオの姿もあった。
握りしめた拳に、力が入る。
――守れなかった。
その思いが、胸の奥で何度も繰り返される。
だが同時に。
最後まで戦い抜いた者たちの姿も、消えることはなかった。
彼らは逃げなかった。
この国を守るために、立ち続けた。
だからこそ――
忘れてはいけない。
ふと、脳裏に浮かぶ。
訓練場で響いていた、あの厳しい声。
『甘い。もう一度だ』
エルバ教官。
何度も叩き込まれた基礎。
逃げればすぐに見抜かれた。
それでも――最後まで、見捨てることはなかった。
あの背中があったから、ここまで来れた。
リオは、ゆっくりと目を閉じる。
(あなたの教え、忘れません)
返事はない。
だが。
あの教官なら、きっとこう言うだろう。
『まだ足りん。続けろ』
わずかに、口元が緩む。
――ああ。
まだ、終われない。
王が、ゆっくりと前へ出る。
フェルメリア王。
その場に集まったすべての者が、自然と頭を垂れた。
「此度の戦いにおいて、多くの命が失われた」
静かで、しかしよく通る声だった。
「ここに眠る者たちは、ただの犠牲ではない」
一拍。
「この国を守るために立ち上がり、その命を賭した――誠の英雄である」
風が、旗を揺らした。
「フェルメリアは、その名を忘れぬ」
「その死は、決して無為ではない」
「我らは、彼らの意思を継ぎ、前へ進む」
「落ち着いたのち、この地に慰霊碑を建立するものとする」
その言葉は、静かに、しかし確かに人々の胸に刻まれていく。
王が下がると、今度は宰相が一歩前へ出た。
セオドール宰相。
「本日をもって、遺族への補償、及び被災者への支援を開始する」
「住居を失った者には仮住まいを、農地被害については王家主導で復旧計画を進める」
「本件については、王家が責任を持って対応する」
「申告は各地の官吏に行うように」
簡潔で、無駄のない言葉だった。
だがそれは、確かな現実として人々を支える宣言でもあった。
――そして。
同日。
王城にて、世界会議が開かれた。
広間の中央に置かれた巨大な水晶。
そこに次々と光が灯り、各国の代表の姿が映し出される。
議長を務めるのは、ルソレイユ神聖皇国の巫王ソレイユ・アストラ。
場の空気は、重かった。
フェルメリア王が、報告を始める。
「此度の襲撃は、王都近郊に黒き門が出現したことにより始まった」
ざわめき。
「その門から魔王軍とそれを率いる精鋭が現れた」
さらに空気が張り詰める。
「……その精鋭の中に闇の導き手も確認されている」
ざわめきが爆発する。
巫王が、静かに口を開く。
「……待て。それは確認された事実か?」
「そのような存在は、一切記録に存在しない」
「確かだ。光の導き手であるリオ=ルナリスと対峙した」
どよめき。
「光の導き手は無事なのか!?」
「軽傷で命に別状はない」
沈黙。
「魔王軍の精鋭は、我が国の騎士団長レオンと互角、あるいはそれ以上の戦闘能力を持つ」
「なんだと……魔族はそこまで強大なのか」
「レオンといえば、世界でも上から数えた方が早いはずだ」
「……過去の天覧試合。あの剣を、我は忘れておらぬ」
どこかで、息を呑む音がした。
「王都近郊の農地は壊滅。瘴気による汚染も確認されている。来年度の収穫は大きく落ち込むだろう。兵站にも影響が出る」
言葉が落ちるたびに、事態の重さが広がっていく。
アルマリク自由都市の市長、ザファル・ベン=カディールが、わずかに肩をすくめるようにして口を開いた。
「……冗談ではないな」
一拍置き、低く言う。
「次に狙われるのは、我々アルマリクだ」
「物流が止まれば、我らが最初に干上がる。それはすなわち、世界の流れそのものが止まるということだ」
会議の空気が、一段と引き締まる。
メフレト魔導評議国の議長、イフレムが即座に応じた。
「承知した。隣接国として、対策を最優先で進める。門の解析班を直ちに編成し、フェルメリアへ送る。グラヴィス殿にも協力を願う。各国も有識者をフェルメリアへ派遣されたい」
アイゼンハルト王国の王、ヴォルクも続く。その眼はすでに戦場を見据えているかのようだった。
「私から重大な報告がある」
アイゼンハルト王ヴォルクの声が低く響く。
「前線から魔王軍が消えている」
「三十年に及んだ戦闘が、突如として止まった」
「なんと!?三十年に及ぶ戦闘が止まったというのか?」
複数の国から驚愕の声が上がる。
「再配置の可能性が高い。魔王軍は動いている」
「なれば、この機を逃す手はない。今こそ連携を進めるべきだ」
ナイアフェルの族長、イゼリアが静かに言う。
「大地もまた傷ついています。この被害は連鎖するでしょう。フェルメリアには、浄化の力を持つ者と資材を送りましょう」
スエラン連邦の女王、セリュシアが口を開く。「海は我らの庭だ。軍艦を各国に提供しよう」
テルマインの族長、グラズが笑った。
「大砲なら任せろ。壁ごと吹き飛ばしてやる」
そして――
楼蘭帝国の皇帝、恒星帝が、ゆっくりと口を開く。
「朕は、魔道師団を惜しみなく提供しよう」
……その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
わずかに、意味深な沈黙。
巫王ソレイユ・アストラが、静かに場をまとめる。
「結論として――直ちに各国は部隊の編成に着手せよ。必要物資についても、各担当単位で協議を進めること」
「……この際、形式的な承認は後回しでもよい」
「遅れは、そのまま被害となる」
そして。
「……異論はあるか?」
一瞬の静寂。
やがて。
「異論なし」
低く、重なる声。
その瞬間――世界は、ひとつの意思で動き出した。
黒い門に対する研究・調査チームの設立も決定される。主導はメフレトが担うこととなった。
魔術師、学者、技術者。
各国の知が結集し、未知の脅威に挑むこととなった。
戦いは、すでに始まっている。
――だが。
そのすべてを、リオはまだ知らない。
世界が動き出す中で――
夕暮れ。
王城内の訓練場。
「……っ、もう一度!」
光が揺れ、形になりきらずに散った。
アストルがくるくると飛びながら言う。
「リオ、ちょっと力み過ぎだよー」
「うーん……難しいね」
「でもいい感じだよ!あと少し!」
リオは息を整え、空を見上げた。
「……でも、なんとかしないと」
「うんうん、その意気だよ!」
しばしの静けさ。
そして。
「……ねえ、そろそろおなか減ったよね」
「……だね。帰ろうか」
二人は並んで歩き出す。
夕焼けに染まる王都。
復興の灯が、静かに揺れていた。
遠くで、鐘が鳴る。
戦いは終わっていない。
それでも――
日常は、続いていく。
お読みいただきありがとうございます。
世界が動き出しました。
また次回もお楽しみに。




