第90話 アーク・ルミナスウォール
黒盾列は、まるで死の波のように止まらなかった。
バリスタの太矢が直撃しても、投石器の岩が激突しても、赤黒い瘴気をまとった盾はわずかに揺らぐだけだった。
一瞬、足が止まったように見える。
だが次の瞬間には、また一歩を踏み出す。
城壁へ向けて、一歩、また一歩。
その重低音が砂漠の大地を震わせ、城壁の石組みを軋ませ、兵士たちの心臓を直接叩いていた。
「撃て! 撃ち続けろ!」
ハサンの怒号が、城壁上に響いた。
バリスタの太矢が放たれる。
投石器から岩が飛ぶ。
弓兵たちが矢を降らせ、魔術師たちが炎と土の魔法を撃ち込む。
だが――。
黒盾は、なおも進んでくる。
赤黒い瘴気をまとった巨大な盾が、太矢を弾き、岩を受け止め、炎を呑み込む。
盾の奥で、トロールたちが低く唸る。
その唸りは、勝ち誇る声ではない。
命令に従い、ただ城壁へ迫るためだけに進む、重い獣の呼吸だった。
まるで、一枚の巨大な壁だった。
「止まらないぞ……!」
「このままじゃ城壁に取りつかれる!」
「次弾急げ! 急げぇ!」
兵士たちの声に、焦りが滲む。
敵側からも、矢が降り注いだ。
黒い影のような矢が、城壁上へ雨のように降りかかる。
「おっと、と……!」
アルヴァンが軽く身をひねった。
矢が彼の肩先をかすめ、背後の石壁に突き刺さる。
その隣で、ファルトが大盾を構えた。
「テオ、左!」
「はい!」
飛来した矢を、ファルトの盾が弾く。
鋼と木がぶつかる乾いた音。
続けて、テオが一歩前へ出た。
小柄な体を低く沈め、盾の角度をわずかにずらす。
「シールドパリィ!」
飛び込んできた矢が、テオの盾に当たった瞬間、横へ流された。
矢は軌道を逸らされ、石床を跳ねて城壁の外へ落ちていく。
「やるじゃないか、テオ」
アルヴァンが口笛を吹くように笑う。
テオは緊張した顔のまま、盾を構え直した。
「余裕はありませんけど……!」
ファルトもにやりと笑い、大盾を前へ押し出す。
「なら、余裕があるように見せとけ!」
再び矢が降る。
ファルトとテオの盾が、城壁上に迫る矢を次々と弾き返した。
投石が城壁を叩き、赤黒い瘴気の塊がうなりを上げて飛んでくる。
ナディア率いる結界班が、防御結界を張り直す。
青白い膜が城壁上に広がり、瘴気を受け止めた。
だが、すべては防ぎきれない。
結界の薄い場所を抜けた矢が、兵士の肩を裂いた。
投石の破片が飛び散り、弓兵の一人が膝をつく。
「右の結界が薄い! 補強!」
ナディアが叫ぶ。
「弓兵、手を止めるな! 相手が進んでいるなら、こちらも止まるな!」
「撃ち続けろ!」
ハサンもまた、城壁の縁に身を乗り出すように叫んだ。
「足を止めさせるだけでもいい! 撃て!」
それでも、黒盾列は止まらない。
盾の奥に隠れたトロールたちが、荒い息を吐きながら進んでくる。
その姿を、リオは城壁上から見つめていた。
胸の奥が、ざわつく。
あの黒盾。
ただ硬いだけじゃない。
瘴気が流れている。
盾の表面を這う赤黒い筋が、まるで血管のように脈打っている。
一枚の盾から、隣の盾へ。
隣の盾から、そのまた隣へ。
繋がっている。
「……あれ、盾そのものじゃない」
リオの肩の近くで、アストルが小さく呟いた。
その声には、いつもの軽さがなかった。
「リオ。やっぱり、あれ……盾そのものが強いんじゃない」
「アストル?」
「瘴気を、エンチャントしてるんだ」
「エンチャント……?」
リオが聞き返すと、アストルは黒盾列を指さした。
「うん。僕らが武器に光を宿すみたいに、あの盾には瘴気が流し込まれてる。たぶん、闇の力で盾を強化してるんだ」
赤黒い光が、また一度、黒盾の表面を走った。
アストルは息を呑む。
「でも、一枚ずつじゃない。盾同士を繋いで、列全体を強化してる」
「じゃあ……」
リオの目が細くなる。
「壊す場所は、盾じゃない」
「そう」
アストルが頷いた。
「繋いでる瘴気の流れだ!」
その瞬間、リオの脳裏に別の光景がよぎった。
王都防衛戦。
ダリウスが投げた、奇妙な魔導具。
魔物を封じる、即席の結界。
「リオ!」
アストルも同じものを思い出したのか、はっと顔を上げた。
「エルヴィスの……あの装置!」
「装置……?」
「前の戦場で、ダリウスが投げてくれたやつだよ! 魔物おかえりください……いや、魔封じの結界装置!」
「今その名前出す場面か!?」
ファルトが思わず突っ込む。
アストルは振り向きもせず叫んだ。
「名前じゃない! 仕組み!」
リオの中で、点と点が繋がっていく。
瘴気。
結界。
遮断。
浄化。
「リオ、前に瘴気を払った精霊魔法、覚えてる?」
アストルが問いかける。
リオは小さく頷いた。
「《アーク・ルミナス》……」
「そう。それを、そのまま撃つんじゃない」
アストルは両手を横へ広げた。
「形を変えるんだ。横一列に」
「横一列……?」
「土の壁みたいに、地面へ広げる。黒盾列の前に、浄化の線を置くんだよ!」
ミラがすぐに反応した。
「ストーンウォールの応用に近いわね」
彼女は戦場を見下ろしながら、冷静に続ける。
「壁を作るんじゃなく、浄化の境界線を敷く。そこへ敵が踏み込めば……」
「瘴気の繋がりが乱れる」
セフィーナが息を呑んだ。
アネリアも彼女の肩の近くで、風を揺らす。
アストルが頷く。
「盾を壊すんじゃない。盾同士を繋いでる瘴気を、横から断つ!」
リオは城壁の向こうを見た。
黒盾列は、もうかなり近い。
間に合うか。
できるのか。
そんな不安が、一瞬だけ胸をよぎる。
だが、迷っている時間はなかった。
リオは深く息を吸った。
胸の奥に意識を沈める。
青白い光が、静かに脈打った。
「やってみる」
「うん!」
アストルがリオの前へ飛び出す。
「僕も支える!」
黒盾列が、さらに近づく。
地響きが強くなる。
城壁下の砂が震える。
リオは両手を前に出した。
狙うのは、敵ではない。
盾でもない。
地面。
黒盾列の進路を横切る、一本の線。
リオの胸元に、青白い精霊紋が浮かび上がる。
光が指先へ流れた。
アストルの小さな身体からも、同じ光が溢れる。
「今だよ、リオ!」
アストルが叫んだ。
リオは息を吐き、言葉を放つ。
「《アーク・ルミナス――ウォール》!」
青白い光が、城壁上から地面へと落ちた。
それは矢のように突き刺さるのではない。
落ちた瞬間、横へ走った。
一本の線が、砂漠の地面を切り裂くように広がっていく。
右へ。
左へ。
瞬く間に、城壁前方一帯を横断する光の境界線が生まれた。
次の瞬間。
光が立ち上がる。
まるで、地面から薄い壁が生えたように。
青白い輝きが、夜明けの光のように戦場を包んだ。
黒盾列が、その光へ踏み込む。
赤黒い瘴気の筋が、光に触れた。
ぶつり。
音が聞こえた気がした。
盾から盾へ流れていた瘴気。
トロール同士を繋いでいた黒い血管。
列全体を一枚の壁にしていた力。
それが、一斉に断たれた。
黒盾の表面を這っていた赤黒い光が、ふっと消える。
脈打っていた筋が沈黙する。
瘴気の膜が剥がれ落ち、砂の上で煙のように消えていった。
残ったのは、重く、分厚い鉄の盾。
ただの盾だった。
黒盾を構えていたトロールたちが、戸惑うように低く喉を鳴らした。
何が起きたのか分からない。
盾が軽くなったわけではない。
だが、さっきまで全身を包んでいた赤黒い力が消えている。
一体のトロールが、不安げに盾を持ち上げ直した。
その瞬間――。
バリスタの太矢が飛来した。
轟、と空気を裂く音。
太矢は黒盾の中央へ突き刺さる。
今度は、止まらなかった。
鉄が裂ける。
盾が歪む。
太矢はそのまま盾を貫き、奥にいたトロールの肩口へ深々と食い込んだ。
巨体が、後ろへ揺れる。
城壁上に、一瞬の沈黙が落ちた。
次の瞬間。
押し殺されていた歓声が、一気に弾けた。
「通った!」
「黒盾を破ったぞ!」
「効いてる! 効いてるぞ!」
リオは、その光景を見届けた。
そして、がくりと膝をついた。
「リオ!」
アストルが慌てて飛び寄る。
初めての形態変化。
《アーク・ルミナス》を横一列の壁として展開する。
言葉にすれば、それだけだ。
だが、実際には精霊魔力の流れを無理やり広げ、地面に固定し、瘴気だけを断つ形へ組み替える必要があった。
身体の奥が空になるような感覚。
胸元の精霊紋が、一瞬だけ制御を離れかけるように強く脈打った。
視界の端が白く染まる。
音が遠のく。
城壁上の歓声も、矢の風切り音も、まるで水の底から聞こえてくるようにぼやけた。
呼吸が乱れる。
膝から力が抜け、意識が一瞬、空白に落ちかけた。
それでも、リオは奥歯を噛みしめて顔を上げた。
「大丈夫……!」
額に汗が滲む。
膝は震えていた。
だが、目は前を向いていた。
「みんな、今のうちに……追撃を!」
ミラが即座に叫んだ。
「今なら通る!」
その声に応えるように、アルヴァンが静かに一歩前へ出た。
背負ったグレートソードには、まだ手をかけない。
代わりに、背負ったグレートソードの横に提げていた小ぶりなリュートを手に取る。
「なら、少し背中を押そうか」
アルヴァンは弦を軽く爪弾いた。
短く、澄んだ旋律が城壁上に響く。
戦場の怒号。
矢の風切り音。
魔物の咆哮。
そのすべての中にあって、不思議とその旋律だけがまっすぐ耳へ届いた。
音が波紋のように広がる。
弓兵の腕に力が戻る。
砲兵の指先から震えが消える。
魔術師たちの魔力が、わずかに膨らむ。
疲労で鈍っていた呼吸が整い、怯えで下がっていた視線が前を向く。
それは、マイトマジックにも似た支援。
だが魔力だけではない。
心を押す音だった。
アルヴァンはリュートの弦を軽く止め、肩をすくめた。
「さぁ、どうぞ」
ハサンが腕を振り下ろす。
「撃てぇぇぇぇ!」
再び、城壁が火を噴いた。
バリスタの太矢が飛ぶ。
大砲が唸る。
火矢が降り、魔法が走る。
今度は違った。
太矢が盾を貫く。
砲弾が黒盾を砕く。
火矢が盾の隙間を抜け、後方の魔物へ突き刺さる。
黒盾列が崩れ始めた。
ミラが両手に炎を集める。
ここまで、防がれ、弾かれ、押し込まれ続けた。
積もりに積もった苛立ちが、胸の奥で火種のように爆ぜる。
「止まってる暇なんてないわよ!」
炎が膨れ上がる。
赤く、熱く、空気を歪ませる。
ミラは歯を見せるように笑った。
「おじいちゃん直伝――」
両手の炎が、さらに一段、白く熱を帯びる。
「ぶっぱなすわ!」
「《フレア》!」
轟音。
爆ぜた炎が、黒盾列の崩れた隙間へ叩き込まれた。
ゴブリンが吹き飛ぶ。
オークたちが叫びながら隊列を乱す。
だが、ミラは止まらない。
再び両手へ炎を集める。
「もう一発!」
二発目の《フレア》が地面を抉る。
爆ぜた炎が黒盾列の足元を巻き込み、オークたちを吹き飛ばした。
「まだよ!」
三発目。
白熱した炎塊が黒煙を巻き上げながら敵陣を薙ぎ払い、砂をガラス化させていく。
足元の一部が、熱に溶けたガラスのように鈍く光った。
焼き尽くす勢いの炎が、崩れた敵前線へ叩き込まれていく。
セフィーナもアネリアと視線を交わした。
「アネリア」
その声は静かだった。
だが、瞳には迷いがない。
「いきましょう」
『うん、セフィーナ!』
風が渦巻く。
セフィーナの髪が舞い、衣の裾が翻る。
足元の砂が、円を描くように巻き上がった。
「たつみの風よ、乱れを招け――《ウィンドストーム》!」
暴風が戦場を駆け抜けた。
それはただの風ではない。
砂を巻き上げ、視界を奪い、敵の足を絡め取る嵐だった。
ゴブリンたちが宙へ弾き飛ばされる。
矢は逸れ、隊列は崩れ、魔狼たちが足を止める。
黒盾列を中心に組み上げられていた敵前線が、一気に乱れた。
城門側で、サリムが拳を振り上げる。
「ラクダ騎兵隊――突撃!」
重い音を立てて、城門が開いた。
アルマリクの騎兵たちが、砂煙を上げて飛び出す。
槍を構えたラクダ騎兵が、崩れた黒盾列へ襲いかかる。
城壁上の兵たちが、声を枯らして叫ぶ。
「押し返せぇぇぇ!」
「今だ!」
「行けぇぇぇ!」
ラクダ騎兵の突撃が、混乱した敵前線へ突き刺さった。
槍がオークを貫く。
ラクダの巨体がゴブリンを蹴散らす。
砂煙の中、アルマリクの兵たちが鬨の声を上げた。
流れが、変わった。
少なくとも、この瞬間だけは。
その戦場を、遠く離れた砂丘の上から見つめる影があった。
布を巻いた頭巾。
風に揺れる外套。
砂漠の民を思わせる身なりの男が、片膝を立てて砂丘に座り、戦場の推移をじっと見下ろしている。
その傍らでは、小さな砂の渦が、意思を持つようにくるくると回っていた。
男は、城壁前に走った青白い光の線を見つめ、わずかに口元を歪める。
「……へえ」
短い声は、風に紛れて消えた。
驚きとも、感心ともつかない声だった。
やがて男は立ち上がる。
戦場へ降りることはない。
ただ、巻き上がる砂煙の向こうにいる少年を、もう一度だけ見た。
そして何事もなかったかのように、砂丘の裏へ姿を消した。
*
黒盾列の後方。
グラムは崩れた前線を見つめていた。
焦りはない。
怒りもない。
ただ、盤面の一角を取り外して眺めるように、わずかに目を細める。
「ふむ……」
その声は、戦場の喧騒の中でも奇妙に静かだった。
黒盾を失ったトロールが倒れ、ゴブリンが炎に巻かれ、オークの隊列が砂嵐に乱されていく。
それでも、グラムの表情は変わらない。
兵の損耗すら、彼にとっては計算に含まれた数字の一つにすぎないようだった。
「予想より早く破られてしまいましたね」
隣で、バルグが口元を吊り上げる。
「面白くなってきたじゃねぇか」
巨大な剣を肩に担いだまま、彼は城壁上を見据えていた。
その視線の先には、膝をつきながらも顔を上げる少年がいる。
光の導き手。
リオ。
グラムは静かに杖を下ろした。
「ここは一度引きますか」
「はぁ?」
バルグが眉をひそめる。
「今からだろ」
「初日の目的は十分達しました」
グラムは淡々と言った。
「防衛側の反応速度。導き手の応用力。城壁戦力。支援魔法の有無。おおよそ確認できました」
倒れた魔物たちへ、視線すら向けない。
「使い捨てるには、十分な成果です」
「つまんねぇな」
「明日以降、対策を取ればよいだけです」
グラムの目が、細くなる。
「設置型の光精霊魔法……浄化の境界線か」
グラムはわずかに視線を細めた。
「発動負荷は大きい。連発は不可能でしょう」
そこで初めて、彼は城壁上のリオを見た。
「ならば、使わせる場所と時をこちらで選べばいい」
その声音には、確信だけがあった。
「……やりようがありますね」
「光の導き手――リオ」
少しだけ、声の温度が下がった。
「あの少年は、少し厄介ですね」
バルグは笑った。
「フェルメリアじゃ見てるだけだったが……」
彼の視線が、獣のように鋭くなる。
「今度は俺の番だな」
低く、不気味な角笛が鳴った。
魔王軍が、ゆっくり後退を始める。
崩れた黒盾列を守るように、ゴブリンとオークたちが下がっていく。
井闌も、投石器も、砂塵を巻き上げながら距離を取る。
*
城壁上では、歓声が続いていた。
「退いたぞ!」
「やった!」
「押し返した!」
だが、サリムは即座に声を張った。
「深追いするな!」
歓声を裂くような一喝。
「騎兵隊、帰還!」
ラクダ騎兵たちは追撃の勢いを抑え、砂煙を上げながら城門へ引き返していく。
ハサンも深く息を吐いた。
「……今日のところは、だな」
アルヴァンは城壁の向こうを眺めながら、肩を竦める。
「ああ。向こうも様子見だったんだろう」
軽い口調。
だが、その目は笑っていなかった。
「本番は、明日以降だな」
リオは、遠ざかっていく魔王軍を見つめていた。
勝ったわけじゃない。
黒盾列を破った。
敵前線を押し返した。
魔王軍は退いた。
けれど、それは勝利ではない。
ただ、守れただけだ。
今日だけは。
夕日が、砂漠を赤く染め始めていた。
*
夕暮れ。
戦場の熱が引いたあとも、城壁の内側は慌ただしかった。
負傷者が運ばれる。
応急処置の声が飛ぶ。
折れた矢が集められ、砕けた石材が片づけられる。
兵士たちは誰もが疲れ切っていた。
だが、大鍋から立ち上る湯気だけは、妙に優しかった。
薄いスープ。
硬いパン。
干し肉。
豪華なものなど何一つない。
それでも、温かかった。
ファルトがパンをスープに浸し、大きくかじる。
「腹減ってりゃ何でもうまいな」
テオが両手で椀を抱えながら、小さく頷いた。
「今日、生きてるだけで十分です……」
その声には、年相応の疲れが滲んでいた。
ミラはスープを口に運びながら、遠くの城壁を見た。
「でも、本気じゃない」
誰もが、彼女を見る。
ミラは静かに続けた。
「明日はもっと来る」
セフィーナも頷いた。
「ええ……気を引き締めないと」
アネリアが彼女の肩で小さく羽ばたく。
アルヴァンはリュートを背へ戻しながら言った。
「初日は様子見だ。こちらの手札を見られた」
それから、少しだけ苦笑する。
「本当に厄介なのは、次からだろうな」
リオは黙って、手元の干し肉を見た。
ダリウスが出発前に渡してくれたものだ。
「これ、よかったら」
リオは干し肉をいくつか割り、仲間たちへ分けた。
ファルトが受け取り、にやりと笑う。
「あいつ、こういうとこ抜け目ねぇな」
「ダリウスさんらしいです」
テオが小さく笑った。
リオも、少しだけ笑った。
戦争の中でも。
こういう温かさは、まだ残っている。
――守らなければ。
リオは、静かにそう思った。
*
夜。
兵士たちは城壁上で武器を抱えたまま眠っていた。
雑魚寝だった。
石床に外套を敷き、盾を枕にする者。
槍を抱えたまま壁にもたれる者。
目を閉じていても、眠れていない者。
誰も深く眠れていなかった。
明日は、どんな手で来るのか。
黒盾列。
攻城兵器。
バルグ。
そして、まだ見えていない魔王軍の手札。
不安だけが、夜風のように城壁上を流れていた。
リオも外套を敷いて横になった。
硬い石床。
冷たい夜風。
身体の奥には、まだ《アーク・ルミナスウォール》の疲労が残っている。
目を閉じると、青白い光が地面を走った光景が蘇った。
瘴気の流れを断った瞬間。
歓声。
膝から力が抜けた感覚。
守れた。
でも、次も同じようにできるとは限らない。
リオはゆっくり目を開けた。
空には星があった。
異国の空なのに。
砂漠の夜なのに。
星空だけは、いつもとあまり変わらない。
静かに瞬いている。
アストルが、リオの隣にふわりと降りた。
「明日も、来るね」
リオは星を見上げたまま、小さく頷く。
「うん」
夜風が、城壁を撫でていく。
遠くで、魔王軍の陣の灯りが揺れていた。
リオは拳を握る。
「でも、今日みたいに……必ず止める」
アストルは何も言わなかった。
ただ、リオの隣で、同じ星を静かに見上げていた。
静寂。
冷たい石の感触。
遠くに残る戦の匂い。
そして――。
戦争二日目の夜明けは、まだ遠かった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もし面白いと感じていただけたら、
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今後ともよろしくお願いいたします。




