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勇者とは呼ばれずとも 封じられし精霊と少年の物語  作者: カイメイラ
第4章 胎動する世界

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第90話 アーク・ルミナスウォール


黒盾列は、まるで死の波のように止まらなかった。


バリスタの太矢が直撃しても、投石器の岩が激突しても、赤黒い瘴気をまとった盾はわずかに揺らぐだけだった。


一瞬、足が止まったように見える。


だが次の瞬間には、また一歩を踏み出す。


城壁へ向けて、一歩、また一歩。


その重低音が砂漠の大地を震わせ、城壁の石組みを軋ませ、兵士たちの心臓を直接叩いていた。


「撃て! 撃ち続けろ!」


ハサンの怒号が、城壁上に響いた。


バリスタの太矢が放たれる。


投石器から岩が飛ぶ。


弓兵たちが矢を降らせ、魔術師たちが炎と土の魔法を撃ち込む。


だが――。


黒盾は、なおも進んでくる。


赤黒い瘴気をまとった巨大な盾が、太矢を弾き、岩を受け止め、炎を呑み込む。


盾の奥で、トロールたちが低く唸る。


その唸りは、勝ち誇る声ではない。


命令に従い、ただ城壁へ迫るためだけに進む、重い獣の呼吸だった。


まるで、一枚の巨大な壁だった。


「止まらないぞ……!」


「このままじゃ城壁に取りつかれる!」


「次弾急げ! 急げぇ!」


兵士たちの声に、焦りが滲む。


敵側からも、矢が降り注いだ。


黒い影のような矢が、城壁上へ雨のように降りかかる。


「おっと、と……!」


アルヴァンが軽く身をひねった。


矢が彼の肩先をかすめ、背後の石壁に突き刺さる。


その隣で、ファルトが大盾を構えた。


「テオ、左!」


「はい!」


飛来した矢を、ファルトの盾が弾く。


鋼と木がぶつかる乾いた音。


続けて、テオが一歩前へ出た。


小柄な体を低く沈め、盾の角度をわずかにずらす。


「シールドパリィ!」


飛び込んできた矢が、テオの盾に当たった瞬間、横へ流された。


矢は軌道を逸らされ、石床を跳ねて城壁の外へ落ちていく。


「やるじゃないか、テオ」


アルヴァンが口笛を吹くように笑う。


テオは緊張した顔のまま、盾を構え直した。


「余裕はありませんけど……!」


ファルトもにやりと笑い、大盾を前へ押し出す。


「なら、余裕があるように見せとけ!」


再び矢が降る。


ファルトとテオの盾が、城壁上に迫る矢を次々と弾き返した。


投石が城壁を叩き、赤黒い瘴気の塊がうなりを上げて飛んでくる。


ナディア率いる結界班が、防御結界を張り直す。


青白い膜が城壁上に広がり、瘴気を受け止めた。


だが、すべては防ぎきれない。


結界の薄い場所を抜けた矢が、兵士の肩を裂いた。


投石の破片が飛び散り、弓兵の一人が膝をつく。


「右の結界が薄い! 補強!」


ナディアが叫ぶ。


「弓兵、手を止めるな! 相手が進んでいるなら、こちらも止まるな!」


「撃ち続けろ!」


ハサンもまた、城壁の縁に身を乗り出すように叫んだ。


「足を止めさせるだけでもいい! 撃て!」


それでも、黒盾列は止まらない。


盾の奥に隠れたトロールたちが、荒い息を吐きながら進んでくる。


その姿を、リオは城壁上から見つめていた。


胸の奥が、ざわつく。


あの黒盾。


ただ硬いだけじゃない。


瘴気が流れている。


盾の表面を這う赤黒い筋が、まるで血管のように脈打っている。


一枚の盾から、隣の盾へ。


隣の盾から、そのまた隣へ。


繋がっている。


「……あれ、盾そのものじゃない」


リオの肩の近くで、アストルが小さく呟いた。


その声には、いつもの軽さがなかった。


「リオ。やっぱり、あれ……盾そのものが強いんじゃない」


「アストル?」


「瘴気を、エンチャントしてるんだ」


「エンチャント……?」


リオが聞き返すと、アストルは黒盾列を指さした。


「うん。僕らが武器に光を宿すみたいに、あの盾には瘴気が流し込まれてる。たぶん、闇の力で盾を強化してるんだ」


赤黒い光が、また一度、黒盾の表面を走った。


アストルは息を呑む。


「でも、一枚ずつじゃない。盾同士を繋いで、列全体を強化してる」


「じゃあ……」


リオの目が細くなる。


「壊す場所は、盾じゃない」


「そう」


アストルが頷いた。


「繋いでる瘴気の流れだ!」


その瞬間、リオの脳裏に別の光景がよぎった。


王都防衛戦。


ダリウスが投げた、奇妙な魔導具。


魔物を封じる、即席の結界。


「リオ!」


アストルも同じものを思い出したのか、はっと顔を上げた。


「エルヴィスの……あの装置!」


「装置……?」


「前の戦場で、ダリウスが投げてくれたやつだよ! 魔物おかえりください……いや、魔封じの結界装置!」


「今その名前出す場面か!?」


ファルトが思わず突っ込む。


アストルは振り向きもせず叫んだ。


「名前じゃない! 仕組み!」


リオの中で、点と点が繋がっていく。


瘴気。


結界。


遮断。


浄化。


「リオ、前に瘴気を払った精霊魔法、覚えてる?」


アストルが問いかける。


リオは小さく頷いた。


「《アーク・ルミナス》……」


「そう。それを、そのまま撃つんじゃない」


アストルは両手を横へ広げた。


「形を変えるんだ。横一列に」


「横一列……?」


「土の壁みたいに、地面へ広げる。黒盾列の前に、浄化の線を置くんだよ!」


ミラがすぐに反応した。


「ストーンウォールの応用に近いわね」


彼女は戦場を見下ろしながら、冷静に続ける。


「壁を作るんじゃなく、浄化の境界線を敷く。そこへ敵が踏み込めば……」


「瘴気の繋がりが乱れる」


セフィーナが息を呑んだ。


アネリアも彼女の肩の近くで、風を揺らす。


アストルが頷く。


「盾を壊すんじゃない。盾同士を繋いでる瘴気を、横から断つ!」


リオは城壁の向こうを見た。


黒盾列は、もうかなり近い。


間に合うか。


できるのか。


そんな不安が、一瞬だけ胸をよぎる。


だが、迷っている時間はなかった。


リオは深く息を吸った。


胸の奥に意識を沈める。


青白い光が、静かに脈打った。


「やってみる」


「うん!」


アストルがリオの前へ飛び出す。


「僕も支える!」


黒盾列が、さらに近づく。


地響きが強くなる。


城壁下の砂が震える。


リオは両手を前に出した。


狙うのは、敵ではない。


盾でもない。


地面。


黒盾列の進路を横切る、一本の線。


リオの胸元に、青白い精霊紋が浮かび上がる。


光が指先へ流れた。


アストルの小さな身体からも、同じ光が溢れる。


「今だよ、リオ!」


アストルが叫んだ。


リオは息を吐き、言葉を放つ。


「《アーク・ルミナス――ウォール》!」


青白い光が、城壁上から地面へと落ちた。


それは矢のように突き刺さるのではない。


落ちた瞬間、横へ走った。


一本の線が、砂漠の地面を切り裂くように広がっていく。


右へ。


左へ。


瞬く間に、城壁前方一帯を横断する光の境界線が生まれた。


次の瞬間。


光が立ち上がる。


まるで、地面から薄い壁が生えたように。


青白い輝きが、夜明けの光のように戦場を包んだ。


黒盾列が、その光へ踏み込む。


赤黒い瘴気の筋が、光に触れた。


ぶつり。


音が聞こえた気がした。


盾から盾へ流れていた瘴気。


トロール同士を繋いでいた黒い血管。


列全体を一枚の壁にしていた力。


それが、一斉に断たれた。


黒盾の表面を這っていた赤黒い光が、ふっと消える。


脈打っていた筋が沈黙する。


瘴気の膜が剥がれ落ち、砂の上で煙のように消えていった。


残ったのは、重く、分厚い鉄の盾。


ただの盾だった。


黒盾を構えていたトロールたちが、戸惑うように低く喉を鳴らした。


何が起きたのか分からない。


盾が軽くなったわけではない。


だが、さっきまで全身を包んでいた赤黒い力が消えている。


一体のトロールが、不安げに盾を持ち上げ直した。


その瞬間――。


バリスタの太矢が飛来した。


轟、と空気を裂く音。


太矢は黒盾の中央へ突き刺さる。


今度は、止まらなかった。


鉄が裂ける。


盾が歪む。


太矢はそのまま盾を貫き、奥にいたトロールの肩口へ深々と食い込んだ。


巨体が、後ろへ揺れる。


城壁上に、一瞬の沈黙が落ちた。


次の瞬間。


押し殺されていた歓声が、一気に弾けた。


「通った!」


「黒盾を破ったぞ!」


「効いてる! 効いてるぞ!」


リオは、その光景を見届けた。


そして、がくりと膝をついた。


「リオ!」


アストルが慌てて飛び寄る。


初めての形態変化。


《アーク・ルミナス》を横一列の壁として展開する。


言葉にすれば、それだけだ。


だが、実際には精霊魔力の流れを無理やり広げ、地面に固定し、瘴気だけを断つ形へ組み替える必要があった。


身体の奥が空になるような感覚。


胸元の精霊紋が、一瞬だけ制御を離れかけるように強く脈打った。


視界の端が白く染まる。


音が遠のく。


城壁上の歓声も、矢の風切り音も、まるで水の底から聞こえてくるようにぼやけた。


呼吸が乱れる。


膝から力が抜け、意識が一瞬、空白に落ちかけた。


それでも、リオは奥歯を噛みしめて顔を上げた。


「大丈夫……!」


額に汗が滲む。


膝は震えていた。


だが、目は前を向いていた。


「みんな、今のうちに……追撃を!」


ミラが即座に叫んだ。


「今なら通る!」


その声に応えるように、アルヴァンが静かに一歩前へ出た。


背負ったグレートソードには、まだ手をかけない。


代わりに、背負ったグレートソードの横に提げていた小ぶりなリュートを手に取る。


「なら、少し背中を押そうか」


アルヴァンは弦を軽く爪弾いた。


短く、澄んだ旋律が城壁上に響く。


戦場の怒号。


矢の風切り音。


魔物の咆哮。


そのすべての中にあって、不思議とその旋律だけがまっすぐ耳へ届いた。


音が波紋のように広がる。


弓兵の腕に力が戻る。


砲兵の指先から震えが消える。


魔術師たちの魔力が、わずかに膨らむ。


疲労で鈍っていた呼吸が整い、怯えで下がっていた視線が前を向く。


それは、マイトマジックにも似た支援。


だが魔力だけではない。


心を押す音だった。


アルヴァンはリュートの弦を軽く止め、肩をすくめた。


「さぁ、どうぞ」


ハサンが腕を振り下ろす。


「撃てぇぇぇぇ!」


再び、城壁が火を噴いた。


バリスタの太矢が飛ぶ。


大砲が唸る。


火矢が降り、魔法が走る。


今度は違った。


太矢が盾を貫く。


砲弾が黒盾を砕く。


火矢が盾の隙間を抜け、後方の魔物へ突き刺さる。


黒盾列が崩れ始めた。


ミラが両手に炎を集める。


ここまで、防がれ、弾かれ、押し込まれ続けた。


積もりに積もった苛立ちが、胸の奥で火種のように爆ぜる。


「止まってる暇なんてないわよ!」


炎が膨れ上がる。


赤く、熱く、空気を歪ませる。


ミラは歯を見せるように笑った。


「おじいちゃん直伝――」


両手の炎が、さらに一段、白く熱を帯びる。


「ぶっぱなすわ!」


「《フレア》!」


轟音。


爆ぜた炎が、黒盾列の崩れた隙間へ叩き込まれた。


ゴブリンが吹き飛ぶ。


オークたちが叫びながら隊列を乱す。


だが、ミラは止まらない。


再び両手へ炎を集める。


「もう一発!」


二発目の《フレア》が地面を抉る。


爆ぜた炎が黒盾列の足元を巻き込み、オークたちを吹き飛ばした。


「まだよ!」


三発目。


白熱した炎塊が黒煙を巻き上げながら敵陣を薙ぎ払い、砂をガラス化させていく。


足元の一部が、熱に溶けたガラスのように鈍く光った。


焼き尽くす勢いの炎が、崩れた敵前線へ叩き込まれていく。


セフィーナもアネリアと視線を交わした。


「アネリア」


その声は静かだった。


だが、瞳には迷いがない。


「いきましょう」


『うん、セフィーナ!』


風が渦巻く。


セフィーナの髪が舞い、衣の裾が翻る。


足元の砂が、円を描くように巻き上がった。


「たつみの風よ、乱れを招け――《ウィンドストーム》!」


暴風が戦場を駆け抜けた。


それはただの風ではない。


砂を巻き上げ、視界を奪い、敵の足を絡め取る嵐だった。


ゴブリンたちが宙へ弾き飛ばされる。


矢は逸れ、隊列は崩れ、魔狼たちが足を止める。


黒盾列を中心に組み上げられていた敵前線が、一気に乱れた。


城門側で、サリムが拳を振り上げる。


「ラクダ騎兵隊――突撃!」


重い音を立てて、城門が開いた。


アルマリクの騎兵たちが、砂煙を上げて飛び出す。


槍を構えたラクダ騎兵が、崩れた黒盾列へ襲いかかる。


城壁上の兵たちが、声を枯らして叫ぶ。


「押し返せぇぇぇ!」


「今だ!」


「行けぇぇぇ!」


ラクダ騎兵の突撃が、混乱した敵前線へ突き刺さった。


槍がオークを貫く。


ラクダの巨体がゴブリンを蹴散らす。


砂煙の中、アルマリクの兵たちが鬨の声を上げた。


流れが、変わった。


少なくとも、この瞬間だけは。


その戦場を、遠く離れた砂丘の上から見つめる影があった。


布を巻いた頭巾。


風に揺れる外套。


砂漠の民を思わせる身なりの男が、片膝を立てて砂丘に座り、戦場の推移をじっと見下ろしている。


その傍らでは、小さな砂の渦が、意思を持つようにくるくると回っていた。


男は、城壁前に走った青白い光の線を見つめ、わずかに口元を歪める。


「……へえ」


短い声は、風に紛れて消えた。


驚きとも、感心ともつかない声だった。


やがて男は立ち上がる。


戦場へ降りることはない。


ただ、巻き上がる砂煙の向こうにいる少年を、もう一度だけ見た。


そして何事もなかったかのように、砂丘の裏へ姿を消した。



黒盾列の後方。


グラムは崩れた前線を見つめていた。


焦りはない。


怒りもない。


ただ、盤面の一角を取り外して眺めるように、わずかに目を細める。


「ふむ……」


その声は、戦場の喧騒の中でも奇妙に静かだった。


黒盾を失ったトロールが倒れ、ゴブリンが炎に巻かれ、オークの隊列が砂嵐に乱されていく。


それでも、グラムの表情は変わらない。


兵の損耗すら、彼にとっては計算に含まれた数字の一つにすぎないようだった。


「予想より早く破られてしまいましたね」


隣で、バルグが口元を吊り上げる。


「面白くなってきたじゃねぇか」


巨大な剣を肩に担いだまま、彼は城壁上を見据えていた。


その視線の先には、膝をつきながらも顔を上げる少年がいる。


光の導き手。


リオ。


グラムは静かに杖を下ろした。


「ここは一度引きますか」


「はぁ?」


バルグが眉をひそめる。


「今からだろ」


「初日の目的は十分達しました」


グラムは淡々と言った。


「防衛側の反応速度。導き手の応用力。城壁戦力。支援魔法の有無。おおよそ確認できました」


倒れた魔物たちへ、視線すら向けない。


「使い捨てるには、十分な成果です」


「つまんねぇな」


「明日以降、対策を取ればよいだけです」


グラムの目が、細くなる。


「設置型の光精霊魔法……浄化の境界線か」


グラムはわずかに視線を細めた。


「発動負荷は大きい。連発は不可能でしょう」


そこで初めて、彼は城壁上のリオを見た。


「ならば、使わせる場所と時をこちらで選べばいい」


その声音には、確信だけがあった。


「……やりようがありますね」


「光の導き手――リオ」


少しだけ、声の温度が下がった。


「あの少年は、少し厄介ですね」


バルグは笑った。


「フェルメリアじゃ見てるだけだったが……」


彼の視線が、獣のように鋭くなる。


「今度は俺の番だな」


低く、不気味な角笛が鳴った。


魔王軍が、ゆっくり後退を始める。


崩れた黒盾列を守るように、ゴブリンとオークたちが下がっていく。


井闌も、投石器も、砂塵を巻き上げながら距離を取る。



城壁上では、歓声が続いていた。


「退いたぞ!」


「やった!」


「押し返した!」


だが、サリムは即座に声を張った。


「深追いするな!」


歓声を裂くような一喝。


「騎兵隊、帰還!」


ラクダ騎兵たちは追撃の勢いを抑え、砂煙を上げながら城門へ引き返していく。


ハサンも深く息を吐いた。


「……今日のところは、だな」


アルヴァンは城壁の向こうを眺めながら、肩を竦める。


「ああ。向こうも様子見だったんだろう」


軽い口調。


だが、その目は笑っていなかった。


「本番は、明日以降だな」


リオは、遠ざかっていく魔王軍を見つめていた。


勝ったわけじゃない。


黒盾列を破った。


敵前線を押し返した。


魔王軍は退いた。


けれど、それは勝利ではない。


ただ、守れただけだ。


今日だけは。


夕日が、砂漠を赤く染め始めていた。



夕暮れ。


戦場の熱が引いたあとも、城壁の内側は慌ただしかった。


負傷者が運ばれる。


応急処置の声が飛ぶ。


折れた矢が集められ、砕けた石材が片づけられる。


兵士たちは誰もが疲れ切っていた。


だが、大鍋から立ち上る湯気だけは、妙に優しかった。


薄いスープ。


硬いパン。


干し肉。


豪華なものなど何一つない。


それでも、温かかった。


ファルトがパンをスープに浸し、大きくかじる。


「腹減ってりゃ何でもうまいな」


テオが両手で椀を抱えながら、小さく頷いた。


「今日、生きてるだけで十分です……」


その声には、年相応の疲れが滲んでいた。


ミラはスープを口に運びながら、遠くの城壁を見た。


「でも、本気じゃない」


誰もが、彼女を見る。


ミラは静かに続けた。


「明日はもっと来る」


セフィーナも頷いた。


「ええ……気を引き締めないと」


アネリアが彼女の肩で小さく羽ばたく。


アルヴァンはリュートを背へ戻しながら言った。


「初日は様子見だ。こちらの手札を見られた」


それから、少しだけ苦笑する。


「本当に厄介なのは、次からだろうな」


リオは黙って、手元の干し肉を見た。


ダリウスが出発前に渡してくれたものだ。


「これ、よかったら」


リオは干し肉をいくつか割り、仲間たちへ分けた。


ファルトが受け取り、にやりと笑う。


「あいつ、こういうとこ抜け目ねぇな」


「ダリウスさんらしいです」


テオが小さく笑った。


リオも、少しだけ笑った。


戦争の中でも。


こういう温かさは、まだ残っている。


――守らなければ。


リオは、静かにそう思った。



夜。


兵士たちは城壁上で武器を抱えたまま眠っていた。


雑魚寝だった。


石床に外套を敷き、盾を枕にする者。


槍を抱えたまま壁にもたれる者。


目を閉じていても、眠れていない者。


誰も深く眠れていなかった。


明日は、どんな手で来るのか。


黒盾列。


攻城兵器。


バルグ。


そして、まだ見えていない魔王軍の手札。


不安だけが、夜風のように城壁上を流れていた。


リオも外套を敷いて横になった。


硬い石床。


冷たい夜風。


身体の奥には、まだ《アーク・ルミナスウォール》の疲労が残っている。


目を閉じると、青白い光が地面を走った光景が蘇った。


瘴気の流れを断った瞬間。


歓声。


膝から力が抜けた感覚。


守れた。


でも、次も同じようにできるとは限らない。


リオはゆっくり目を開けた。


空には星があった。


異国の空なのに。


砂漠の夜なのに。


星空だけは、いつもとあまり変わらない。


静かに瞬いている。


アストルが、リオの隣にふわりと降りた。


「明日も、来るね」


リオは星を見上げたまま、小さく頷く。


「うん」


夜風が、城壁を撫でていく。


遠くで、魔王軍の陣の灯りが揺れていた。


リオは拳を握る。


「でも、今日みたいに……必ず止める」


アストルは何も言わなかった。


ただ、リオの隣で、同じ星を静かに見上げていた。


静寂。


冷たい石の感触。


遠くに残る戦の匂い。


そして――。


戦争二日目の夜明けは、まだ遠かった。



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