残酷な証
「は、長谷川さぁん……撮影は以上ですぅ……」
「はい」
「レントゲン、写真はすぐに現像されますからぁ……」
「分かりました、あ……」
レントゲン機器から一歩踏み出たときだった。頭に強い眩みを覚え、崩れるようにして手術台に倒れ込む長谷川。
「あらあら、おねむですかぁ……?」
「ハッセー、どしたんや!?」
「長谷川さん!」
「ハッセー! 塚田、ハッセーに何をした!?」
「いえいえ、これを差し上げたまでですよぉ……」
塚田は小さな注射器をちらつかせる。
「麻酔、ですねぇ……それも、速効性の」
「塚田、てめぇ!」
「お嬢様ぁ、お口が悪いですよぉ」
「うるせえ!」
「し、詩織……みんな……」
「おやおや、大の男が大人しくなる量を投与したのに、まだ動けますかぁ……やはり、熊相手に撃ち込む麻酔銃でも用意した方がよかったですねぇ……」
「ほたえなやぁ!」
直情怪行、仲本が塚田に掴みかかろうとした。
「病院ではお静かにぃ……」
「うわっ!」
白衣のポケットから霧吹きを取り出すと、塚田はそれを仲本に向けて噴霧した。中身が降りかかった瞬間、仲本が顔を押さえて倒れる。
「目が、目が……!」
「な、仲本さん……!」
「仲本!? 塚田!」
「ただの酢酸ですぅ……眼鏡のガードは無意味ですよぉ……濃度が高いから」
緊張が部屋を包みだす。そんな中、パソコンの横にあったプリンターから間抜けな音がした。
「レントゲン、よく撮れてますよぉ……」
「寄越せっ!」
「慌てなくても、ほらぁ……」
塚田の手からレントゲン写真を引ったくる詩織。
「な、う、嘘……!」
頭部の断面図を目にするなり、詩織は息を飲んだ。
「三枝病院が誇るスキャナーで写し出したレントゲンですよぉ……嘘じゃありませぇん」
「ハ、ハッセー……これ、マジだし……」
「じゃ、じゃあ、長谷川さんは本当に……」
レントゲンが表していたもの、それは完全にイヌ科の頭部だった。狼の頭を被っていたのなら、イヌ科の頭の中に人間の頭蓋骨が写るはずだ。しかし、レントゲンには動物の頭しかない。
「世にも珍しい獣人が目の前にいるんですよぉ……ああ、私の研究者としての血が騒ぎますぅ……!」
塚田は先ほどより大きめな注射器を白衣から取り出し、無防備な長谷川に注射しようと歩み寄る。
「これは筋弛緩剤ですぅ……射てば、体に力が入りませぇん」
長谷川の上腕に注射針を刺そうとしたときだった。
「ヘイ、めえええええん!!!!」
雄叫びとともに、松崎が蛍光灯を竹刀にして塚田の顔面をぶっ叩いた。衝撃で蛍光灯は粉砕し、内容物や破片が飛散して塚田に降り注ぐ。
「がぁっ……! うぐぁ……! ああああああ!」
ガラスの破片が顔に突き刺さり、身悶えながら膝を就く塚田。
「松崎さん……!」
「おれねー、剣道10年やってるのー」
戦闘で割れた蛍光灯を傍らに捨て、松崎は新しい蛍光灯に持ちかえる。蛍光灯は部屋の隅にあったのを見つけたのだろう、それを侍の鞘のようにベルトに通していた。
「……死ねええええ!!!!」
血塗れの顔で立ち上がり、逆上した塚田が酢酸スプレーを手に松崎たちへ襲いかかる。
「死なないよー」
塚田の軌道を読むかのように、剣道の小手の要領でスプレーを叩き落とす松崎。続いて、小手の動きから無駄なく、塚田の項に蛍光灯を叩き込んだ。普段の松崎からは想像がつかないほどに鮮やかな芸当だ。
「っけっは……!」
声にならない声を吐き出すと、塚田は再び膝を就いた。後頭部への一撃で気を失ったようだ。
「ま……松崎……?」
薄れゆく意識の中、長谷川は凭れていた手術台から身を起こす。
「ハッセー、気がついたんだー!」
「あ、ああ……」
「ハッセー、逃げるし」
「詩織……?」
「……このラボは塚田の息がかかってる!」
塚田の首からラスターを奪い、出口のリーダーに読み取らせる詩織。開錠の音がしてドアが開かれる。
「三枝の人間の目を盗んで好き勝手やってた噂は本当だった! メディラボが塚田みたいなマッド・サイエンティストの巣窟になってる!」
「本当なのー? 詩織ちゃん?」
「メディラボも含めて、三枝病院の施設は監視カメラが設置されてるの。塚田の行動もバッチリ撮られてモニタールームに繋がってるし。でも、三枝病院の警備員が駆けつけて来ないし、エマージェント・アラートも鳴らない……ここは塚田の仲間だらけだし!」
「そっ、そんな! 大変だよ、ハッセー! 切り裂かれちゃうよー!」
「だからハッセー、シオについて来いし!」
獣毛で覆われた長谷川の手を取る詩織。
「ど、どこへ行く……?」
「三枝が所有する地下施設! ハッセー、これから先も外にいたら塚田みたいなのに狙われるし! だったら、シオのサイドにいればいい!」
「え、え……!」
「心配しなくても大丈夫だし! 地下施設の存在は塚田にも知られていないから。ハッセーには不自由な思いをさせない、辺境で隠遁生活なんかさせないから!」
腕を掴む詩織の手は、普段の詩織とは裏腹に力強いものだった。
「松崎!」
「イエス、隊長」
「塚田が目を覚ましても大丈夫なように見張ってろし!」
「かしこまりましたー」
松崎は近くにあった箒を握り締め、塚田の背に片足乗せる。
「さっき緊急の非常通知を三枝病院警備部に送ったから、直に精鋭が来るし!友里恵!」
「は、はい!」
「友里恵は仲本を看てて。酢酸で目がやられたから、水道まで連れていって。緊急外来には話をしておくから、警備員が来たら外来に案内させろし」
「分かりました、三枝さん」
「よし。ハッセー、こっち」
麻酔でよろめく長谷川の手を引き、詩織は部屋を出た。




