杏姫とおかえり
「おはようお姉様…あぁお姉様も眠れなかったのね。」
「お、おはようアン!違いますからね!ぐっすりだったから!」
2人で鏡を見ると目の下にはうっすらとくまが出来ていた、無理もない今日はお父様が遠征から帰ってくる日なのである。
「お土産買ってきてくれたかしら?」
「ええきっと覚えてくれているはずですお姉様、楽しみですね。」
ソワソワと昨日の晩から落ち着かずになかなか寝付けなかった。
「私はお父様よりもお土産の方が楽しみだわ!」
「ふふふっ、寂しかったですものね。」
「もうアンったら!私をからかわないで!!」
それから2人で窓の外をチラチラと確認したり、キティで遊んだりと時間を潰していると遠くから沢山の馬の蹄の音が聞こえてきた。
「お姉様!お姉様!」
「お、落ちついて!深呼吸するのよ…公爵令嬢としてしっかりしなきゃ…。気を引き締めて!!」
「……お姉様、口元がニヤニヤしてますわ。」
「お嬢様方、行かなくてもいいんですか?」
クロエが呆れたようにこちらを見ている、窓の外に視線をやるともうすぐそこまで来ていた。
「わあ…!行こうアン!」
「ええお姉様!」
2人で手を繋いで飛び出した、長い階段をおりて扉を開くと目の前には父の姿があった。
嬉しさと安心で涙腺が緩くなり、抱きつきたいのを必死に堪える。
「「おかえりなさいお父様!!」」
父はとても嬉しそうな顔をして、私達を抱きしめる。
心の底から嬉しさが込み上げてくる、帰ってきてくれた…私達の所に、父が私を抱きしめてくれている。
「あっ!お父様もういいから離して!ほらみんな笑ってるじゃない!恥ずかしいわ!!」
「あぁすまない、2人とも寂しくなかったかい?」
「寂しかったけどお姉様がいてくれたわ!」
「アンがいたから全然寂しくなんてありませんでしたわ!」
屋敷に入ると父はラッピングされている箱を2人に1つずつ渡した。
中を開けるとそこには色んな色の刺繍糸が丁寧に並んでおり、中には美しいパールや銀色の糸もあった。
姉は新しいドレスを嬉しそうに眺めている
「ありがとうお父様、とっても素敵な刺繍糸ばかり…!」
「お父様にしてはなかなかのセンスですわ!!」
「……2人とも喜んでくれて何よりだよ。」
父が直接プレゼントをくれたのは初めてでとても嬉しかった。
刺繍糸はなにに使おう…ノアやデイジーに刺繍を施したハンカチを送ろうか?お姫様の人形のドレスに模様を刺繍するのも楽しそうでわくわくする。
「遠征先の海は綺麗だったのでしょう?私も見たかったわ!」
「あぁとても綺麗だったよ…今度2人も一緒に旅行にでも行こうか、友人が海の街に別荘を持っているらしくね招待されているんだ。」
「私もお姉様達と海を見てみたいわ!」
「そんなに海が気になるのかい?それならいっその事別荘を建てた方が………。」
「別荘ならあるじゃない!無駄遣いよ!!」
別荘に行ったことがないので気になる…前の私と違って今度は色んなところに連れて行ってもらえるんだと嬉しくなった。
前の記憶から私は学園と家以外の世界を知らなかった、誰かと一緒にいられることだけでも幸せなのに、さらに新しい景色を見る事が出来る…足がソワソワとして落ち着かない。
「アンも楽しみにしてくれているのなら頑張らないとね。」
「そうよお父様!ちゃんとお休み貰ってきてね!」
「また1週間ほど仕事があるけど、それから暫く休暇を頂いたから2週間程旅行にでも行こうか、海は夏に行こうね。」
「素敵…!楽しみですわ!!」
忙しい父の折角の休みなのに…と遠慮しそうになったが、素直に甘えることも大切である。
「まずは帰ってきた事を報告しに行かないといけないな。」
「…お母様の所に行くのですか?」
「それならお花を持っていきましょう!」
準備が終わると家族3人で屋敷の庭の隅にある母のお墓参りに行った、私は1人で行くことが出来なくてどうしても家族揃ってでないとあの時の事を思い出してしまう。
母のお墓はとても綺麗に管理されていてホッとする、お墓の周りには沢山の花でとても鮮やかだった。
もっと私が早くに行動出来ていれば、少しでも早く母の気持ちに気づくことが出来たなら…家族4人で幸せに過ごすことが出来たのだろうか。
考えても想像出来ない、私は少しづつ母の声や顔を忘れていくだろう。今も思い出そうとすればどうしても記憶は曖昧になってしまう。
でもきっとそれが生きる事なのだろうと思う、母の時は止まっているが私達は生きている。
人とは忘れながらに生きていくのだろう。
「ねぇお父様…いつか私はお母様がいた事すら忘れるのかしら?」
「……そんな事は無い。これからできる限り3人でお墓参りに来よう……彼女の思い出話をしながらね。」
父が帰ってきたという事は姉は婚約者が決まることになり、私は本格的に公爵令嬢としての教育が始まる。
父も騎士団長としてさらに忙しくなるだろう。
ーーー母の葬式に私は約束したはずよ絶対に貴方の事を忘れない。
振り返れば「私」が母の墓をじっと見つめている
そういえば前の私は1度も母のお墓参りに来た事がなかった、母の葬式にすら出る事は許されなかった。
良かった…「私」もやっとお母様のお墓に来れたのね。
「アン…?どうしたのそこに何かいるの?」
「いいえお姉様何もいませんよ。」
「ん?2人ともどうした?身体が冷えるから早く屋敷に帰ろう。」
3人で手を繋いで帰る、母の墓に背を向けるとなんだか私達が母を一人置いて行っているような気がした。




