杏姫の休日は
この日は全ての授業が午前中に終わり、姉と2人でまったりとおやつを食べていた。
「デイジーちゃんが新しい本を紹介してくださったのです、今度持ってきてくれるそうなので一緒に読みませんか?」
「まあ素敵ね!是非そうしましょう!」
父やノアにも手紙を出したのであとは特にやることも無く、姉と久しぶりにゆっくりと過ごすことが出来ると嬉しく思っていた……
「失礼します、リンガリー家のジル様が来られているようです…今は客室でお待ちいただいておりますが……。」
滅多に表情が変わらないクロエが嫌悪感を隠すこと無く伝えてきたことによって先程までのゆったりとした幸せな時間は終わりを告げた。
「なんの連絡もなしに可哀想…常識を知らないのね。」
「否定は出来ませんが言い過ぎですお姉様、、私が参りますのでクロエは後からお茶を持ってきてください。」
簡単に身だしなみを再度整えると客室に向かうとソファーにどっかりと座ったジルがこちらを軽く睨んでいる。
「ご機嫌よう、私はリンガリー家の屋敷に来たわけじゃないですよね?ここはマクレーン公爵家の屋敷です。」
だから偉そうな態度を改めろと目で訴えると多少感じ取ったのか少し姿勢を動かした。
「やぁレディ・アン…あの時はすまなかったね、あの後両親に怒られたよ。なんでもリンガリー侯爵領とは今後一切の取り引きをしないとか…」
「ええこれは現当主の判断ですので何か?リンガリー領から作物が届かなくなったとしても困りませんもの…。」
「僕達両家は長い間取り引きをしてきたじゃないか、リンガリー家からは豊かな果物や農作物を、マクレーン家からは鉱物や剣の指導者や学問分野での知識の提供などを…。」
この人はここまで話してもまだ気が付かないのだろうか?彼が次期当主でリンガリーは大丈夫なのだろうか?
「貴方様にお伺いしますが、何故我が家があからさまに不平等な取り引きを長年お受けしているかわかりますか?」
「はぁ…?何を言っているんだ、リンガリー家の豊かな食料は必要だからだろう?」
「我が領土もちゃんと農業にも力を入れております…領民達がお腹いっぱい食べても余る程にです…はっきり言って前から要らなかったのです。」
ぽかんとした顔のジルに不安になる、父から手紙で相談すると直ぐに返事がきたのでそのことも伝えるべきだろう。
「現当主と貴方のお母様は元は婚約を結んでおり、婚約破棄をしてしまったことへの罪滅ぼしとしてそちらの要求をのんでいたのです。」
毎日の食事も念の為の備蓄も十分に足りているのにこれ以上必要は無いのである。食料の代わりに騎士や学者を派遣するのはこちらに負担が大きい。
お父様は少し優しすぎるのではないかと驚いたほどである。
「そうそう、そちらに派遣していた人達も少しづつ帰ってきていますので…報告によるとそちらの領土出身のお弟子さんがついてきている方も多いのですが…まぁそこは彼らの自由でしょう。」
「ふざけるなよ、そんな事をされたら家は大変なことになるだろう!」
代々マクレーン公爵家は王家とかなり近い関係にあり、例えばお茶会に招待して参加が無ければ、それだけでその家の評価は下がる。
いつまでも父の優しさにつけ込んで調子に乗っていたのはそちらでは無いのか?
「新しい取り引き先も見つかりましたので…トレイラー伯爵領の海に面する街「シーブル」を知っていますか?とても美しい所だそうですよ。」
マクレーン家の影響はかなり大きい、取引先を新しい場所に変えればそれに合わせるところも出るだろう。
「少し口を滑らせただけだろう!そこまで嫌がらせをされなければならないのか!?」
「少し口を慎むべきでは?私は先程から貴方にされた事だけが原因で取り引きをやめるなど一言も言っておりませんが?私達は今感情など関係なしにお互いの利益に関する話をしているのです。」
「取り引きをやめられては困るのだ!」
「取り引きを続けられても困るのです、さぁどうしますか?」
前世の記憶ではジルが当主になってから、豊かな自然に溢れていたと言われていたリンガリー領はすっかり荒れ果てた。
ジルは当主として知識も心構えも足りずに女遊びやカジノにはまり領のお金を不正に使用していた。
それにより我が家からも借金をしていたので、中々返済もせずにさらに借りに来るのは本当にしんどかった。
「少し貴方様は、次期当主としての自覚が足りないのではないのでしょうか?お勉強が必要ですね。」
そもそも現在のリンガリー公爵家当主であるジルの父親も何故彼だけ来させたのだろうか?全くもって話にならない。
「このような場合には…本来は当主である貴方のお父様が来られるのが適切ですよね?」
「父もそう言っていたが………その…私だけで行きたいと頼んだ。」
「はぁ…?一体貴方はなにをしに来たのですか?」
「あ、謝りたかったのだ…。」
彼の発言に衝撃がはしる…少し思い出そう、私が部屋に入った時はまるで自分の部屋にいるかのように寛ぎ、全く思いがこもっていない謝罪…呆れて何も言えなくなった。
「それで…謝罪は済みましたか?」
「心から反省しているのだが…やはりプライドが邪魔をして素直になれなかったのだ…。」
「貴族としてプライドがあるのはいい事なのでしょうが…貴方は公爵家を背負って今は私と今後の事について取り引きをしているんです。立場が分かっていないのでは…?」
早く部屋に帰ってお姉様と本を読みたい、クロエのお菓子とお茶が飲みたい、キティをモフモフしたい。
……折角の休日をこんな奴に消費されていることにイライラしてきた。
「とりあえずお父様に今日の事は報告させていただきます、今後についてはまたその後に………お帰りください。」
パンパンと手を叩くと執事が部屋に入ってきて、そのままジルは連れられて帰った。
「アン……立派になったのね!」
「お姉様さては盗み聞きしてましたね、ほっぺに扉の跡がついてます。」
姉は少し舌を出して、悪戯がバレた子供のように笑う。
「クロエと料理長が美味しいマフィンを焼いてくれたの!頑張ったご褒美よ、食べに行きましょう。」
「まぁ、とても頭を使ったから甘い物が欲しかったのです!」
思わぬ邪魔が入ったが、休日は楽しく過ぎていった。




