杏姫とお茶会
馬車に揺られて目的地に向かう、外に出る事が今まで無かったので初めての外出に心は踊る。
目をキラキラとさせて窓から外の景色を眺める私と対照的に姉の表情は暗くてどんよりとしていた。
「お姉様今日はとても良い天気ですね。」
「本当にね…今日がお茶会じゃなければもっといいのに……」
仲の良い人達とのお茶会なら喜んで行ったことだろうが、今日行く所は代々マクレ―ン家と仲の悪いとされているリンドリ―家に招かれてしまったのである。
「仲が悪いならお断りすればいいのに…」
「そうもいかないのよね…仲は良くないけど同じ公爵家として腹の探り合いをしないといけないから…。」
つまりお互いに牽制し合うために行くのか…何が楽しいのだろう……。
現在は父はいないため姉と2人しかいないのだが、マクレ―ン家として断れば逃げた事になると意気込んだ姉に連れられて参加することになった。
「お姉様が行くと仰ったのよ?」
「それでも嫌なものは嫌なのよぉ…!リンガリ―家の長男が特に苦手!ナルシストだし!」
誰にでも優しい姉が珍しく父以外の男性の悪口を言っている…そんなに酷い人なのだろうか?
「お姉様がいつもしてくれるように私が傍にいるから大丈夫です。」
「アン……大好き!」
それからクロエに怒られるまで馬車の中で2人で遊んでいた。
リンガリ―公爵領と言えば、新鮮な果物が有名で私もリンガリ―領で取れる林檎が大好きである。
確かに辺り一面に果樹園があり、空気や水も綺麗で自然豊かな美しい土地である。
「心配する事はないと思うわ…土地が豊かなら心も豊かな筈よお姉様。」
「そうかしら、、アンがそう言うのなら考えてみるわ…。」
屋敷に入ると、屋敷の大きさでいえば我が家の方が一回りほど大きいがアンティーク調の家具に長い歴史を感じる建物でとても趣がある。
「ようこそマクレ―ン公爵令嬢様…本日はありがとうございます。当主様が来られないのはとても残念ですが……楽しんでいただければ幸いです。」
「ありがとうございます、リンガリ―公爵様。妹と一緒に参加させていただきます。」
多分今のはわざと私を無視したのだろう、姉もそれに対して控えめに「妹も来てるでしょ?」と訴えている。
成程…土地が豊かなら心も豊かと言ったのは少し間違っていたのかもしれない。両家の闇はかなり深そうだった…
「お姉様…どうして両家は仲が悪いのですか?」
「話すと凄く長いから手短に話すと…元々お父様はリンガリ―家の令嬢と婚約してたんだけどね…まぁ私達のお母様はリンガリ―家の令嬢じゃないでしょ?」
確かに公爵家じゃなくて元王女である…姉に話を聞くと父の事だけでなく元々商売や農作のことで何かと競い合っていたらしく仲は悪かったそうだ。
「つまりお父様の件が引き金になってここまで険悪になったのですね。」
「本当に居なくても迷惑な事しかしない人よね…。」
姉は扇子で表情を隠しているが、溢れんばかりの嫌悪感は隠しきれていなかった。
その後あっという間に姉は他の令嬢達に取り囲まれてしまい、私は1人取り残されてしまった。
まぁ姉はこの時から周りの令嬢達からすれば憧れの対象だったので仕方がない。
「やぁレディ、綺麗なお嬢様が壁の花だなんて勿体ないですよ」
キザったらしい言葉に胸焼けをおこしそうになりつつも振り返る、赤い髪に夕焼けのような瞳の端正な顔立ちの少年が私を見つめる。
「自己紹介が先だったね、初めましてレディ…ジル・リンガリ―と申します。本日は参加していただき感謝するよ。」
「こちらこそ招待していただきありがとうございます、アン・マクレ―ンですわ。」
簡単に会釈をするとジルは得意そうに話しかけてくる。
「君が噂の白百合姫の妹君だね…髪色は一緒だし綺麗な顔立ちをしてるけど白百合姫に比べたら僕のタイプじゃないかな。」
成程嫌がらせをしに来たのか…後ろでは扇子を片手に持った令嬢や令息達がクスククと笑っている。
「君が羨ましいよ!僕にもあんなにも美しい姉がいたらなと思うからね、僕と違って君は美しすぎる姉を持つと恥ずかしいだろう?」
前の記憶でもジルは私に何かとこうやってちょっかいを出てきた…が流石に限度がある。
私はもう「臆病な杏姫」になんてならない、公爵家を姉と共に背負って今この場に立っている。
「白百合姫の母君はとても綺麗な方だったとか…君の母はどんな方だったのかな?」
この時から私が本当は元王女である母の娘では無く、父と愛人との間に産まれたのではないかと噂されていた。
「ジル・リンガリ―…少し度が過ぎるかと。」
ピシャリと扇子をしまうと場の空気が静まり返る、これで分かったことは私にもちゃんと影響力があるということだった。
「貴方が先程仰られた事はマクレ―ン現当主であり王国騎士団団長を務める私の父、ルイス・マクレ―ンの品位を疑う発言と捉えます。」
「…そんなつもりは!」
「どんなつもりがあったのか知りませんが…同じ公爵家であるとしても、まさか対等だなんて思っていませんよね?」
ジルは顔をタコのように真っ赤にさせた。
「わ、分かっているつもりだ!」
「次期当主である貴方様の発言には大変失望致しました…現当主が屋敷を留守にしている今、誰が公爵家を取り仕切っているのか…それが分からないようでは先は真っ暗ですわ。」
扇子を開いて口元を隠す、少し視線を逸らして野次馬を睨みつけると怯えたように後ずさる。
「それと訂正しますが、お姉様の名前は「白百合姫」では無くリリィ・マクレ―ンです。親しい物との噂話ならまだしも…社交の場で初対面の人に…それも本人の親族との会話に渾名で呼ぶのは大変不敬です。」
先程の威勢は何処に行ったのかと驚く程に真っ青になったジルを無視して帰ろうとすると、姉が私の元に駆けつけた。
「アン…遅れたわごめんなさい。」
「大丈夫よお姉様、今終わりました。私は先に帰らせてもらいますね。」
「いいえ私も帰ります。」
2人で小さく笑い合うとそのまま馬車に向かう、残された面々はかなり気まずい空気の中お茶会をするのだろうがどうでもよかった。
「お姉様…手を握ってくれないかしら?」
「ええ勿論、よく頑張ったわ…!」
あの時は家族を馬鹿にされた事が悔しくてそのまま怒りを表したが、後から恐怖や恥ずかしさが込み上げてくる。
「ごめんなさいお姉様、リンガリ―家とさらに険悪になるかも…。」
「あちらが喧嘩を売ってきたのよ、それに我が家を怒らせて困るのはあちらよ?まぁ数日待っていなさい。」
姉は我が物顔で悪戯っ子のように笑っている、いつもの姉の変わらない姿にとても安心した。
「帰ったらクロエのホットミルク飲みたいなぁ…」
「途中で街によってもらいましょう、美味しいお菓子を買って帰るの…!」
「……まぁ素敵ねお姉様!!」
2人を乗せた馬車の中は楽しそうな笑い声が響いていた。




