老骨
目の前には、疲弊してくたびれた様子の男が座る。
だが、目の奥はまだ光を宿しているようにも見え、何か悪いことでも企んでいるんじゃないかと勘ぐってしまう。
もっとも、着込んだ鎧に負けるんじゃないかと思える様子に、老人と呼んで差支え無いのではないだろうか。
そう、目の前には黒田秀忠その人がいる。
叛意を持って春日山城に攻め寄せた訳で、やはり越後は磐石とはまだまだ言えないようね。
兄上を中心としての長尾家という形にしたいと考えているのだけれど、まだまだ道は遠いといったところか。
「あなたが黒田秀忠で間違い無いのよね。」
「うむ。此度の件は儂の一存によるもの。虫の良い話ではあるが、この老体の首一つで許してもらえまいか?」
「申し訳無いけど、それは出来ないわ。」
「なんだと!降伏を受け入れたのでは無かったのか!」
「それは勿論。ただ、あなたの首を取る訳にはいかないのよ。兄上に生かして捕らえるように言われているから。」
「なんと、晴景様がか!」
晴景様とか、ちゃんと兄上に敬称をつけて呼ぶのであれば、始めから反乱なんてしないでもらいたいわよね。
大方、自分の境遇を鑑みての行動なんでしょうけど、普通にしてればどうということは無いはずだし。
第一、兄上に生かして捕らえろと言われる程度には大事に思われているんでしょ?
許すつもりが無いのなら、首を取ってこいって言われるはずだものね。
そう思っていながらも、捕らえるように命令を下したなんて、いくら兄上が優しいからといってあり得ない。
今後も、配下として使っていきたいという事の表れだと思うから。
さて、首謀者を捕らえたとあれば、移送をせねばならない。
兄上には伝令を出してあるから、やがては春日山城に戻って来るはず。
最終的にどのような沙汰を下すかはわからないけど、そこら辺は兄上の問題になるから、私は気にかける必要はあまり無いわよね。
安心安全確実に黒田秀忠を春日山城に届ければ、私の仕事はそれで終わり。
引っ越し業者のスローガンみたいになっちゃうわね。
それと、落とした城に目を光らせる者が必要になる。
黒田家の当主を送るとして、他の親族はどうしたものかしらね。
この人達も春日山城に送るべきなのかしら?
まあ、そこは黒滝城に残る者に丸投げしてしまっても良いわよね。
というわけで、誰に頼もうかしら。
黒田秀忠を下がらせた後、本陣にて座る者達をざっと見渡す。
ん?
なんで皆目をそらすのよ。
私に見つめられて恥ずかしいとかは無いと思う。
大体の空気を察したのかもね。
あ、目があった。
まあ、合わなくとも決めてはいたけど。
ニッコリと頬笑みながら見つめると、なんとも焦ったような態度をみせる。
そんなに城に残るのが嫌なのかしら。
「実乃、黒滝城に残っていてもらえる?」
「うぅ、それがしですか?」
「そうそう。あなたなら大丈夫と見込んでよ。」
「いや、それなら揚北衆のお歴々の方がよろしいのでは?功を欲しておるようでしたし。城を落とす原動力となった黒川殿などが丁度良いと思いますが。」
「いやいや、何をおっしゃる。景虎様の信任篤い実乃殿をおいて他には居らんでしょう。」
「その通り!我等、揚北衆は少々粗野なところがありますからな。その点、実乃殿なれば細かい差配もお手のものでしょう。」
「まっことよ。功を譲らんとするそのお気持ちだけで十分です。」
揚北衆、どれだけ帰りたいのよ。
それにその団結力。
戦はいいけど、その後の事はやりたくないとか?
戦後処理は確かに面倒だものね。
それは実乃も言えるか。
「それに、柿崎殿や宇佐見殿でもよろしいではないですか。」
「バッハッハ、面倒なのでごめん被る!」
「軍配者である儂がやる仕事では無いですからな。」
何ともストレートな物言い!
私が怒らないって分かっているからの発言なんだろうけど、もうちょっとオブラートに包むことを覚えるべきよね。
まあ、考えは分かったから良しとするけど。
なよなよしているよりは余程良い。
ただ、あなた達もいずれは同じ目に会うことになると思うけど。
「実乃、これは大事なお勤めであることは理解出来ているわよね。」
「もっ、勿論です。」
「それなら、分かるわよね?」
「・・・はい。」
「うん、よろしく頼むわね。」
声を静かに私が言うと、納得してくれたみたい。
物分かりの良い配下を持てて嬉しいわね。
これで私の意思を無視して、先に兄上に報告に行った事は忘れてあげる事にしましょう。
それでは春日山城に凱旋よ。
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