初陣
不意に訪れた恐怖心を振り払うと、二人を伴って外に出る。
ピリッとした空気が、辺りを支配しているのを感じる。
これから討って出ようというのだから、緊張感があってもおかしくはない。
まして、この策がならなければ窮地に立たされることになる。
となれば、離反者などが出ることになるのは想像に難くない。
だが、今はそんな事を考えるような余裕は無いとも言える。
現に景家が、敵陣に攻め寄せているのだ。
体勢を整えられたら、こちらは終わりだ。
まして、景家をむざむざ見捨てるような事になれば、毘沙門天の化身などともてはやされた声望も、あっさり地に落ちる。
どころか、毘沙門天の名を語った、ペテン師扱いを受けるであろう事すら思い描く事が出来るだろう。
「皆!準備はいい?」
「おおー!」
「それならいざ討って出るわよ!出陣!」
「おおー!」
私の号令に呼応して、兵が門から飛び出して行く。
私はといえば、後方から付いていく事になる。
先頭に立って行くには経験が足らないし、下手に私が討ち取られる事になれば、奇襲の成功も戦の勝利も遠く遥か彼方へとぶっ飛んでいくのだから。
移動は自らの足になる。
つまりは敵陣まで、猛ダッシュすることになる。
兵達の足は速い。
どこにこんなパワーを秘めているのかと、考えさせられそうになる。
多分、アドレナリンが脳内でドパドパ出てるのだろう。
駆け続けると、程なく敵陣が見えてくる。
遠くから景家の笑い声が聞こえてきそうな程、場は混乱の様相を呈していた。
隣をちらりと見る。
もう、随分といい歳であろう定満が駆けている。
ご自慢の健脚を披露といったところか。
目で私が訴えかけると、軽くうなずいたように見えた。
「敵陣は・・・目の前よ!・・・長尾家の・・・誇る勇士達!・・・そのまま突っ込めー!」
駆け続けたせいで、息も絶え絶えではあったが、兵達を鼓舞するように声をあげる。
勢いそのままに、敵陣に突っ込んで行く。
まるで、それが一つの生き物のであるかのように。
私達が迫っていたことはわかっていたのだろう。
一部の敵兵は逃げ始めていた。
戦の勢いを完全に此方の味方につけ、兵数の多さに油断している所を突いた。
本当なら、勝ち戦になるところが一転負け戦になれば、自らの命が大事になり怯えや怯みを生み、結果戦意を喪失することになる。
一も二もなく逃げる連中は、一先ず放置だ。
それよりも、劣勢であるにも拘わらず、それでも踏ん張って戦おうとしてくる連中を何とかせねばならない。
既に、戦場は混沌のるつぼと化している。
目の前に立つのが敵なら斬りかかるという至極分かりやすい構図となってしまっている。
私の姿を見て、向かって来るものが幾人もいた。
私を守るように配された兵達で押し返すが、それでも全てを防ぐ事などは叶わない。
私も腰の物は既に抜いている。
それを今まで習った通りに振り下ろし、振り上げる。
突き刺し、蹴り飛ばし、横に薙ぐ。
自分でも何故こんなに冷静とも呼べるくらい、感情を殺したまま敵を斬り続けられるのかよくわからない。
私もこの戦場に組み込まれた者の一人であり、その異様な熱気に、いや狂気に支配されているのかもしれない。
相手を人として認識するのではなく、あくまでも、此方の命を奪わんとする敵としてしか見れなくなっているということもあるのだろう。
重太も弥太も、元服前の身ではあるけれども、頑張って戦っているのが見えた。
私のところに来ないように頑張っている。
相手は雑兵であることもあって、ある種の英才教育を受けてきた二人の敵では無かった。
それでも膂力の違いから、時おり押し込まれそうになっていたが。
それらを、私も出来る限りカバーをしていく。
死んでしまっては元もこもない。
こんな所で二人に死なれるなんて、真っ平御免なのだから。
どれだけの間、刀を振り続けてきただろう。
やがて、目の前には立っている者はいなくなった。
私から離れた所で、大声で叫んでいる声が聞こえる。
どうやら相手の将を討ち取ったらしい。
恩賞を配ってくれる筈の者が討ち取られれば、兵達が逃げ出すのは当然の事だろう。
私は刀を地面に突き刺し、それを杖代わりにして肩で息をする。
重太も私のようにしているし、弥太に至ってはその場に倒れこんでいた。
さすがにこれは疲れた。
そんな私の元に、定満がやって来る。
「見事勝ちを拾いましたな。」
「何とかね。でもさすがに疲れたわ。」
「しかし、まだ仕事が残っておりますな。」
「あら?いったい何かしら?」
敵を粉砕する以外に、何かやることがあっただろうか?
少し首をかしげる。
そうしているうちに、景家が此方に向かって一直線に駆け抜けてくる。
私より先に攻めこんで大暴れしていた筈なのに、まだまだ元気そうで、その体力が恐ろしくも羨ましくもなる。
何というか、景家の奥さんは色々大変だろうな特に夜、と場違いな事を想像してしまったのは、まぁ仕方がないこととしておきたい。
横には泰重の姿も見える。
二人とも細かい怪我はあれど、命に関わるような怪我は負ってはいないようで安心する。
「景家、泰重お疲れ様でした。」
「さすがの働きでしたな。」
「バッハッハ、久々に暴れられて気がスッとしましたぞ。」
「ようやく少しは役に立てたみたいでよかったのう。」
「さー、後は勝どきを上げなければ戦は締まりませぬぞ。」
「そういうものなの?」
「そういうものですぞ。」
「そういうことなら、皆!いくわよ!エイエイオー!エイエイオー!」
「「「エイエイオー!エイエイオー!」」」
定満が言いたかったのはこの事ね。
景家に促されるまま、私が掛け声をあげると皆が付いてくる。
皆、気力満面に叫び声をあげている。
なるほど。
これが勝どきを上げるということか。
重太と弥太も、頑張って声を枯らさんばかりに声をあげる。
止め時が分からず何度も繰り返していると、定満に止められる事となった。
こうして私の初陣は、結果遮二無二刀を振り回して終わった。
さらりと戦は終わりました。
ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。
また、様々な感想を頂けるとありがたいです。
今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。




