軍師
何とも、晴天の霹靂とでも言ったら良いのか、重太と弥太は、小姓として取り立てられることになった。
元服をする歳ではまだまだ無いというのもあるが、私の側にいられるようにという御兄様の配慮だ。
本当に御兄様には頭が下がる思いだ。
二人とも、武士として独り立ちできるようにと、努力を続けている。
重太は、何でもそつなくこなす器用さを見せている。
どころか、時おり私よりも頭良いんじゃない?
一方、弥太はというと、頭を使うよりも体を使う方が性に合っているのか、武道に特に力を入れているようだ。
それでも、勉強の免除は一切認めはしないけれど。
重太と、二人がかりで物事を教えていると、何とも嬉しそうなのは何故なのだろう?
別に構ってあげている訳じゃないんだからね。
勉強教えてるだけだし。
まあ、それでも勉強してくれればめっけ物というものだが。
二人の成長に目を細めそうになるが、それを同じく元服前の私がするのはどうかと思い直す事が、ここのところしばしばある。
目を細めそうになるといえば、そんなそぶりをよくしているのは、重太が連れてきた父親の泰重殿だ。
今では城下に家を与えられて、そこに重太と弥太も共に引っ越した。
よもや、家を飛び出した重太が、立派に出仕(まだ小姓ではあるが)することになって驚いていたようだ。
しかも、それが恐れ多くも越後守護代の長尾家になのだ。
私に拾われた幸運に、それは驚いていた。
泰重殿は、しばらく狩猟を生業としていたせいか、弓の扱いに長けた。
動物を捌くにも刃物を扱うわけで、こちらも上手いものだ。
曰く、骨のある固い部分を避けて斬れば、容易く断ち切れるとのことだ。
そして、それは動物だけでなく人にも同じことを言えると。
言うは易く行うは難しだとは思うが、快活に話されると気持ちが良い。
まあ、言いながら目がぎらついていたけれど。
何とも野性味のある御仁だ。
獲物にされないように気を付けたいところだ。
そんな泰重殿に重太は元々親子であったわけで、共に生活していける環境でなかったから飛び出しただけの話だ。
今では上手く行っているようだ。
また、弥太はこんな泰重殿に懐いた。
物事にあまり動じない、良く言えば器の大きい性格の持主なのだろう。
懐いてくる者が可愛くない訳もなく、泰重殿もよく可愛がってくれているようで安心だ。
軍略や政務に通じているとは言い難いが、戦い方というかむしろ生きのび方を教えてくれている。
「泥水をすすってでも生き延びて奉公せよ!」となかなか苛烈な事を言っているらしいが。
また、私には軍略を叩き込む為に宇佐美定満というという長尾家が誇る軍略家を付けられる事になった。
彼は非常に頭がいい。
時折、鼻につくところがあるおっさんではあるが、理路整然と相手の粗を突いて攻めてくる。
机上の上ではあるが、試しの合戦をしてもどうにも毎回旗色が悪く、実際の戦だけでなく舌戦でも負け越している。
「定満殿、正面から兵を進めたら?」
「門を堅くして籠ればよろしい。」
「でもそれでは勝ちは無いでしょ?」
「攻められた側は生き残れれば勝ちです。特に大将首がとられさえしなければ、いくらでも巻土重来は叶いましょう。逆に攻めた側は、攻め落とせねば帰還する以外にありませぬ。そこを突いて逆撃を与えてもよい。」
「それが誘き寄せる為の罠だとしたら?」
「末端の兵を見たらそれもよくわかりましょう。策を与えられた者と、そうでない者の目は違うものです。その辺の機微すら分からねば軍略などとてもとても。」
「そういうものかしら?」
「案外そういうものです。天の利、地の利、そして人の利全てをすべからく見方につけるのは難しい。なれば、その中でも人の利というものに聡くなるのもよろしいかと。」
「何で?」
「天の事は天にしかわかりませぬ。地の利は守備側に常に付いて回る物。なれば残るは人の利のみでしょう?策は誰が考えるか。それを産み出すのは、天でも地でもなく、あくまでも人です。人の心の移り変わりを知ることは大事な事です。」
といった具合だ。
あれ?
人の気持ちしだいって話になっている気がする。
まぁ、いいか。
確かに、人の頭の中が分かれば対応策も取りやすいだろうし、気持ちが読めれば攻め混むタイミングも測りやすい。
「あれ?でも撤退するときっていつ頃が多いのかしらね?」
「まずは、大将首をとられた場合。頭がいなくては、戦は出来ませぬ。田植えや刈り取りなどの時期が近い場合。越後においては冬の雪が積もる時期もそうですな。和睦が成ってもそうですし、厭戦気分が蔓延し戦が出来る状態に兵達が無くても、撤退する場合もありますな。さらに搦め手のようなものですが、大義名分を失って撤退というものもあります。」
「色々あるのね。」
「大将首をとられるのは、とりもなおさず負けによる撤退となるので置いておくとして、米の採れる採れないは天と地の区分。雪もそうですな。ですが、後は全て人の心によるものでございましょう。戦は刃を交える以前から始まっておるのですよ。」
「ふーん。」
「幸いな事に、若君は毘沙門天の化身であるとの噂がございます。これを利用しない手はございませんな。神仏とは、天と等しく人の手が届かぬ存在。であれば、若君が出てくるだけで相手は怯みますな。」
「そういうものかしら?」
「そういうものでございますよ。」
こんな話合いにも近い講義を受けたりと、所謂英才教育を受ける。
何度か私だけが参加し、やがて重太や弥太も参加をさせて様々な事を習うようにした。
二人が参加するとなったとき、不機嫌そうな顔をしたが「この子達が活躍すれば、師匠のあなたの株もうなぎ登りよね。」と言ったら受け入れてもらえた。
そうして幾月か過ぎる。
とある日私達の元に凶報がやってくる。
「父上が倒れた!?」
いい加減有名人を出したかったので・・・
有名だよね?
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