父との別れ
あのくそ親父が倒れたと聞いて、私は部屋を飛び出した。
あまり良い思いでが無かったが、それでも最近は関係が随分と良化してきていた。
実権を握っているとはいえ、隠居した身であることと、私が武道というものを疎かにしなかったからだろう。
部屋には既にお母様がおり、心配そうにくそ親父を気遣っている。
御兄様はまだいらしていなかったけれど、廊下を急ぐ足音が聞こえた事から、慌ててやってくるのがわかる。
布団に寝かされたあのくそ親父は、息も絶え絶えといった具合で、今にも命の火種が燃え付きそうな有り様だ。
そんな様子を見てふと気づく。
こんなに小さかっただろうか、と。
年齢を重ねたということもあるが、腕も私を殴り飛ばした時に比べても、明らかにほっそりとしている。
女であればうらやましがるであろうほどに。
頭にも白いものが多く混じり、いかにも年寄り然としている。
私は、どうしてこんなに歳をとったということに気付かなかったのだろう。
いや、気付いていたはずだ。
ただ見向きもしなかっただけだ。
「父上!いったいこれは・・・」
「朝餉を取り、また虎千代をからかいに行こうとした矢先に・・・」
御兄様の取り乱し具合が酷い。
これまでと違い、全ての責を肩に背負わなくてはならなくなってしまうからなのだろうか?
いや、それより私のとこにからかいに来ようとしたってどういう理由よ!
なんか私が悪いみたいじゃない!
というか、今までちょこちょこ剣の修練をしているときに顔を出して来たのは、からかいにきていただけとか!
しかも、それをお母様も知っているとか!
「虎千代が帰ってきて、ここのところ実に楽しそうにしていました。『自分が疎んでいたはずの息子なのにな。』と、自嘲することもしばしばありました。」
「ですが、私をお寺から呼び戻してくれたじゃないですか。」
「それも、この人にとっては、あなたの噂を利用するためのものだったはずです。それが、いつの間にか段々と逞しく成長するあなたを近くで見ているうちに、本当に情が湧いたようなのです。優しすぎる晴景だけでは、領地を経営していくのは難しいだろうと。そして、自分が死んだとき再び越後は荒れると。それを見越して晴景の為に、それを治める為の力が、虎千代にあると見たのです。何せ毘沙門天の化身と噂される訳ですからね。」
「でも、それはお寺で起きた騒動に対処しただけですし。」
「だとしてもです。あの高僧である天室光育様が仰ったのです。その一言がどれだけ大きな力になるか。」
あの天室光育がそんなに偉い坊さんなの?
飄飄とした坊さんだとは思っていたけれど。
ここまで見越しての毘沙門天発言だとしたら末恐ろしい。
「うう。これは?」
「父上!気づかれましたか!」
「ふむ、わしはいったいどうしたというのだ?」
「お倒れになられたと。」
「何?そうか・・・」
難しい顔をしている。
が、何かを受け入れたかのようにも見える。
何というか憑物が落ちたとでも言うの?
すっきりしたようにも見えた。
「晴景、今日より万事長尾家の事は取り仕切れ。わしでは、もうお主の力にはなれぬであろうゆえな。」
「何を馬鹿な!まだまだ未熟な若輩者ゆえ、父上には教わらなくてはならないことが多々あります。」
「ははは・・・真面目なお前が世辞を言うか。それも優しすぎる気性ゆえか。安心せい、お主は今も十分立派に勤めを果たしておるわ。あとは自信をつけるだけの話だ。」
「父上・・・」
「虎千代、お前は晴景の力になってくれ。」
「私で勤まりますか?」
「何を言う。お前だからこそ力になるではないか。不幸にも他の兄弟は、以前戦に巻き込まれ殺されてしまった。晴景が頼るとしたら、後はお前しか居るまいよ。こやつは戦はからっきしだからのう。陣頭に立つことも多くあるだろうがよろしく頼む。」
「父上から初めてお願い事をされましたわ。」
「そうだったか?それならそれで、印象に残って良いではないか。兄弟手を取り、仲良う国を治めよ。」
「かしこまりました。どれだけ出来るかわかりませんが何とかやってみます。」
「うむ。それでよい。初めから何でも出来るわけではないからな。困れば宇佐美の奴にでも聞くといい。後は頼むぞ。わしは少し寝るわ。」
「はい、お前様。ゆっくりおやすみ下さい。」
そう告げて、くそ親父は眠りについた。
その八日後息を引き取った。
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