第五十五話 ロンゲスト・マーチ Iパート
今回は挿絵がありますので、挿絵表示をオンにしておいてください。
◇◆◇ カミラ/カレン視点です ◇◆◇
「この山のようね――」
「結構水量が多い川もあるみたいっスから、そうみたいっスね!」
水の精霊王……。もしくは水の精霊神がいるであろう、水龍の滝のある山の入り口に到達していた。
「アニキたちは大丈夫っスかねぇ……さっき、川の向こうで何か、戦っていたみたいっスよ?」
「いまは信じましょう――」
この子……エミリー相手になら、自分の内心をさらけ出せる気がする……どうしてだろうか――。
「そうっスね。なにせ、あっちにはアニキがいるんですから……。あいたっ!」
カミラの方を向いて、話しながら歩いていたエミリーは、何かにぶつかってしまう。
「大丈夫? ここから結界が張られているようね――」
『ここからは、カレンに任せなさいよ』
心の奥底から、カレンの声が聞こえて来た。ふだんはカレンに任せきりだけど、外に注意を向け続ける事を心に誓って、カレンに意識を手渡した。
「じゃっじゃーん。カレンちゃんでーす」
「わぁっ……もう、変わったんスか? どうもっス、カレンさん」
エミリーちゃんって、反応がストレートで楽しいのよね。この子には、裏がない上に感情すべてを出そうとするから……。まるで、子犬みたいよね。
「これが結界ね……。たいした事はなさそうだけど、エミリーちゃんはカレンの背中にしがみついてたらいいわ」
「わ、わかったっス!」
エミリーちゃんは、カレンの背中にしがみついたけど……。この子、これで結構あるのよね。うらやましいところよねぇ。
『何をやっているの?』
ふだんはカミラがこういう形で口だしはしないんだけど、今日は何か思うところでもあるのかしらね?
「そんじゃ始めましょうか。んーとこれは……水の精霊だけじゃなくて、風の精霊の力も使っているようね。龍なら風の属性も持っているから、不思議じゃないけど……んーと、こうかな?」
カレンは突きだした左手で結界をなぞり、その波動を自分自身と、エミリーちゃんに合致させて、手を突き出した。
「成功みたいね。ゆっくり入りましょ」
突きだした手は何の抵抗もなく抜けて、自分たちに限り、結界を無効化できた事を証明していた。
「わぁ、すごいっスねぇ……。中に入れるっスよ!」
数歩歩いて、結界の中に踏みいって行く間も、エミリーちゃんは無邪気な笑みを浮かべているようだった。
「うん。もう離れても大丈夫よ?」
「わかったっス……大丈夫みたいっスね」
もし、カミラに切り替わったとしても大丈夫なように、調整しているから大丈夫だとは思うけど、水と風に反した精霊魔術や、元素魔術を使うと外にはじき出されるかもね。そうなった場合には……考えない方がいいわよね。
「禁足地だけの事はあって、いい場所ねぇ……」
「なんか、空気もすがすがしいって言うか、いい感じっスよねぇ」
カレンとエミリーが木立の中の小道を歩いていくと、遠くから川のせせらぎと、滝の流れ落ちる音が聞こえてきたわ。
「わぁ、きれいなところっスねぇ……」
「そうね。あ、この道を上がるようね」
少し歩くと、清冽な谷川が流れており、耳に心地よい音を奏でており、水の精霊や上位精霊が舞っているのが、カレンには視えた。
「結構、上がらないといけないんっスねぇ……んしょっ」
「そうね……あまり急がなくてもいいわよ?」
近接戦闘もこなすエミリーちゃんに比べると、いろいろなまっているわよねぇ……カミラに体を渡している時は、大概本を読んで、魔法の研究をしているし。
「わぁ、いい景色っスよ、カレンさん」
「足元に気をつけないと危ないわよ? エミリーちゃん」
カレンもそこまで歩いて行くと、山あいにできた、滝と小さい湖が目に入った。
「へぇー……この道を通らないと、入れないようなところにあるんスねぇ……」
「そうみたいね。ここから下り坂みたいだから、気をつけて」
カレンたちは、滝つぼのある湖へと、坂道を降りていった。
「うっわー……これまでもきれいだったっスけど、ここは超いい感じっスよ! みんなとキャンプできたら、楽しいだろうなぁ」
もし水龍の機嫌を損ねたら大変な事になりかねないのに、エミリーちゃんってば無邪気なんだから――。
「じゃあ、エミリーちゃんは、ここで泊まる事もできるように、準備しておいてね」
もう夕方になりかけており、今日中に水龍……すなわち、水の精霊王と会えるかどうかは未知数だった。
「わかったっスよ!」
「ちょっと様子を見て来るわね」
カレンは背負っていた装備を足元に下ろして、余分な装備を外して、湖のそばまで歩いていった。
「水龍というのは、精霊王の一形態なのかもしれないわね――」
最も上位の水の精霊が、精霊神であり、地にねずいた精霊が信仰を得て力を持ったのが精霊王。強いエネルギーを持つのが上位精霊だと言われているけど、その違いを真に人間が理解する事はできないのかもしれない――。
「おいしい――」
谷川へと水が流れ落ちる場所で手を洗い清めてから、手のひらにすくって飲むと、体中に清冽な水の力が染み渡って行くのを感じる――。
精霊神や精霊王からみれば、この谷川の水ですらも、その一部なのかもしれないわね。
「あ、もう戻って来たんスか? カレンさん」
「うん。場所はここで間違いないんだけど、条件が整っていないみたいね」
エミリーのいた場所に戻ると、すでにあらゆる準備が整いかけていた。
「たき火はしない方がいいわね……大丈夫だとは思うんだけど」
「そうなんスか? けど、夜寒そうっスねぇ……」
「二人でくっついて寝たら、大丈夫よ……きっと」
あまりに耐えられないようなら、カミラに頼めば何とかしてくれそうだしね。
「火が使えないのなら、夕食は固形の保存食っスかねぇ……」
少し向こうでウサギが水を飲んでいるのを見ながら、エミリーちゃんがつぶやいていた。
「そうね。魚や動物を捕るのも自然の営みだから、怒りはしないと思うけど、念のためにね……」
「わかったっス……じゃ、お水くんで来ますね」
エミリーちゃんは、大きい水筒を二つと小さい水筒を二つ持って、先ほどカレンが水を飲んだ場所へと小走りで移動していた。
「すぅ……すぅ……」
「もう……朝なのね」
カレンに抱きつくようにして寝ているエミリーちゃんの笑顔を見ると、どうしても笑みを浮かべてしまう。
「少し肌寒いけれど、沐浴をしておいた方がいいかしらね……」
カレンはエミリーちゃんの腕をほどいて立ち上がり、身につけていた服や下着を足元に落としていった。
「カミラはまだ寝ているみたいね……」
カミラは昨夜は遅くまで考え事をしていたせいもあってか、意識の底で深い眠りについているようだった。
「冷たっ……」
足首から湖に入っていくと、一瞬冷たさを感じるのだが、水面の下では温かく感じる事ができた。
「ふぅ……」
水の精霊の加護を全身で受け止める事ができたカレンは、息を整えながら、全身にまといついていた汚れを取り除いていった。
「そろそろ上がろうかしら――」
全身の汚れを落としたあと、滝が流れ落ちる場所へと泳いでいったが、精霊王の気配を感じる事ができなかったので、カレンは裸身のまま立ち上がった。水の加護から離れると外気の冷たさに震えてしまいそうになる。
「いったいどうすれば、出て来てくれるのかしらね――」
『よく来たな、人の子と精霊の子よ――』
次の瞬間、脳裏に精霊王が語りかけて来て、背後に存在しているのを、感じ取る事ができた。
もう一回、カミラとカレンのパートをやる事になりました。




