第三十二話 ターニングポイント Cパート
まだ今回も戦闘はありません。
「なんだか、ずるいっスよぉ、アニキ……。ボクだけ、のけ者だなんて」
店に戻って、公爵邸で行われた会議の内容を告げると、エミルは案の定へそを曲げてしまった。
「すまんすまん。そういうつもりじゃなかったんだがな」
「そんなの、ボクもついていくに決まってるじゃないっスかぁ!」
アデールは帳簿の記入。イレーネは、店の回りの掃除をしており、説得はオレに一任されている。
「その意志は尊重したいが、ボスは『名前付き』なんだそうだ……。だから連れていくのはちょっとな」
「それって、お師匠に許可をもらえれば、いいんスよね?」
「まぁそうだが……。いちおう、ケサナ渓谷にも寄る予定だ」
代官を任せられる人材がほかにいないので、エミルの師匠を任命している。
「うー……」
「わかった……。明日、向こうについたら聞いてみるよ」
どうやら、エミルをここに置いていくというわけにも、いかないようだ。
「ねぇ、ちょっと来てくれる?」
「ん? どうかしたのか?」
エミルとの会話が終わったのを見ていたのか、帳簿をつけていたアデールが声をかけて来た。
「剣の売り上げだけどね……銀貨二十二万枚に達したわ」
「ほう……そんなにか」
「ここから、延べ棒の原価である、銀貨五百枚を百五十個で、七万五千枚。馬車の諸経費とか、ポーション代などで五千枚を経費として、純利益が、銀貨十四万枚よ」
「ロロットへの給料も経費に入れるなら、それぐらいはかかるだろうなぁ」
それでも、少なからず利益は出るはずだよな……。
「利益の四割を鍛冶師に払うから、無理させた分を考えて銀貨六万枚を支払い、残りが銀貨八万枚。金貨にして八枚よね」
「そこから、分配というわけか……まぁ、オレの収入の六割持っていかれるんだし、どうでもいいが」
「勘違いしないでよね。ここから、エミルの取り分を除いて、あとはあんたに渡すわよ」
「という事は……」
「カデスト家としての三割と、わたしのお手当の両方をもらうわけないじゃない」
アデールは心外だという顔つきで言い放った。
「あぁ、そういう事か……」
「まぁ、半分はプールする資金に回すけどね。エミルに一割を渡して、残りから、わたしとイレーネの取り分を自動でもらうわよ」
「ああ……。買っておいた方がいい物とかあるかもしれないしな」
「じゃあ、その手続きをするわよ」
「おお……」
オレの財布の中に、銀貨三万四千枚の預金証書が収入として入り、直後に二人に三割づつ抜かれて、一万四千枚の預金証書が残った。オレが利益の約四割を受け取ったという事だな
「これで、サン・カデスト商会としてのプール金は、およそ金貨十枚になったわ」
そんなものか。まぁ、聖剣を売ったわけでもないのに、もうかった方かもな。
「エミル、こっちにいらっしゃいな!」
「ボクに用っすか? アデールさん」
「これ、今回の利益のエミルの取り分よ」
「わっ……銀貨四千枚も……。こんなに、いいんスか?」
「それでも半分はプール金に入れてるから。もし、必要になったら、言ってちょうだい」
「ボク、超うれしいっスよ! 働いてもらった、初めての給料っスから!」
エミルは銀貨四千枚の預金証書をうれしそうに持ち上げて見ていた。
「あぁ、忘れるところだった。部位損傷を治すポーションを使ったでしょ。あれ、銀貨二千枚はするから、自分で補充しといてよね」
「なっ……。それこそ、経費じゃないのかよ?」
「どういう経緯で使ったのか分からないのは、認められないわね。なんなら、馬の代金も請求してもいいんだけど?」
そう言いつつも、アデールは柔らかな笑みをたたえている事に、気づいた。
「じゃあ、いまからひとっ走りして買って来るよ」
「あぁ、ついでにお弁当を五人分、よろしくね!」
「おっ、ご主君はどこにおでかけするのですかな?」
イレーネはほうきで道をはく手を止めて、問いかけて来た。
「じゃあボクも、アニキについていくっすよ!」
「なら、接近戦用の武器を買ってもらいなさい。いま、クラウスの財布は太ってるから」
オレは、こいつら……。大事な仲間の笑顔を守っていきたいと、心に誓った。
「おお、良いところに帰って来られた!」
西の空が赤くなるころに着いた、ケサナ渓谷の領主の館の前には、エミルの師匠が数人の男をともなって何か話をしていた。
「悪魔の件で、何か被害とかが出たんですか?」
領主はイレーネだが、そういった話には向かないので、オレが代表して質問する事にした。
「そうなんですじゃ。ここが、前線基地となっており、いくつかの空き屋を使ってもらっているのですが、魔物に押され気味で、雇われた兵などの脱走が相次いでおるとか……。この地でも自警団を組織するべきか、迷っておりましたのじゃ」
まだイレーネは正式な領主ではないので、クリスタルが使えないのが不便だな。
「生鮮食料品とかを、多めに積んで来たから、適当に分配してちょうだい」
今回の利益の一部を、分配というほどでもないが、還元する事にしたのだ。おもにオレの財布から……。
エミルに、いざという時のための小剣と短杖を買ってあげた事もあり、銀貨二千枚近くが、飛んでしまっていた。
「おお、それはありがたい。冒険者ギルドなどの自主的な義勇軍にも、料理して分配致しまする!」
「自警団としては必要ないが、滞在している冒険者へのサポートをしてもらおうか。セラエノ公に頼まれたし、ラミールまでの陸路を回復するつもりで来ているんだ」
「おお、闇の領域に踏み込むのですか……それは大変ですな」
「お師匠! ボクもアニキに、ついて行きたいんだ! 許して欲しいんだけど……」
後ろに控えていたエミルが飛び出して、老師に懇願していた。
「ううむ……止めたところで、飛び出して行きかねんからの。決して、無理はするなよ?」
「いいんですか? やったぁ!」
エミルは小躍りして、同行できる事を喜んでいた。
「明日、いきなり橋の向こうのボスとやらに挑むつもりもないが、現状は把握しておく必要があるな」
オレたちは、会議の場所を館の中に移す事にして、大広間のいすに座った。
「現状では、倒れた者の救出を何とかできておるのですが、それが困難になると、士気に大きく影響しますからな」
制限地域でのデスペナのきつさは今さら言うまでもないが、その気になれば救援を待つ事もできるのだが、回りを悪魔に囲まれていては、心が折れるかもしれない。
「このあたりには、どれぐらいの冒険者や兵士が駐屯しているのですか? 老師」
イレーネも領主としての責任感からか、状態を把握しようと努めていた。
「セラエノの冒険者ギルドから、四つのパーティーが、ここに駐留しておりまする」
「それだけか? アドニールにも冒険者ギルドはあるだろう」
「アドニールは、わずかに存在する、川を越えて来る悪魔を警戒しておるのです」
「ふむ……セラエノは、隊商の護衛がほとんどだから、こういった時に弱いんだよな」
すぐ近くにある、都市国家ラミールは冒険者を軍のように管理するために、階級まであるのは、史実と同じだ。指揮系統を集約するためには有効だろう。
「セラエノの兵士も無論来ているんだろうな」
冒険者が参加するのは、報償金もあるが、このままではセラエノが持たない事を、認識しているからだろう。
「ええ。ですが、橋の番ぐらいしか……」
「オレたちは、これから休ませてもらうが、救援要請が入ったら、遠慮なく呼んで欲しい」
明日の朝一から、攻勢をかける事を決めて、今日の打ち合わせを終了した。
戦闘は次回からになります。




