安全地帯の証明は、合理的かつ理知的に。
ヒトリミサキ 改
⻆谷 春那
序章第三話
安全地帯の証明は、合理的かつ理知的に。
「…水道とか、電話線とか。全部、大丈夫そうでした。」
「通報はしたけど…。すぐ、来てくれるかな。」
気丈には振舞っているが、やはり不安は隠しきれない。少女二人は、今この場に居ない家族の心配をしているのだろう。きっと、夫または兄の友人、斎藤 信仕君の心配は、忘れているのだろう。可哀想。いや、そんな事はないのかもしれない。良い奴ではあるのだが、今の彼女達には、そんな余裕が無いだけだ。決して、忘れられている訳ではない。はず。多分。
そんな少女二人組以上にそわそわしている、見知らぬ中年男性。本当に、知り合いでも何でもない。ただ、襲われていたところを匿っているだけだ。そわそわと言うか、不安そうと言うか。まぁ、無理は無いだろう。家族の心配等もあるだろうが、この家屋が安全と言う確証を、彼はまだ得ていないのだ。
「…あのー、すみません。」
「お、どうしたの、おじさん…?まさか、連れが居た?!」
「いや、一人ですが…。この家にさっきの怪異は、入ってきたりはしないのでしょうか…?」
「あー。澪子さん。大丈夫、だよね?」
「流石に…。」
丁寧なフラグ?いやいや、ちゃんとした根拠はあるのだ。ただ、「他人任せな安心」なだけで。
「えっとね、おじさん。この家には、それはそれは強ーい妖さんの、それはそれは強ーい加護が掛けられている、はず?」
「…『はず』?」
「えっと、私の家じゃなくて、こっちの、浴衣のお姉さんの方の家だから…。」
浴衣の令嬢―澪子嬢に、視線がゆく。
「は、はい。どれ程の強さの怪異かは分かりませんが…。えっと、『神様の御加護』を頂いているので…。」
「か、『神様』?!」
「まぁ、その当の本人が行方不明だけど…。安心して、おじさん!!さっきの通り、私、強ーいから☆」
「…僕は人間です。き、君たちは…?」
此の国のルールである。「先に名乗ってから」と、同じ理屈だろう。相手の種族を問う時は、まず自分のものを明かしてから問う。まぁ、人間が「人間です。」と明かしても、あまり意味は無いのだが。
妖怪―正体不明の者が、その「真実」を打ち明ける事には、かなりの意味がある。人間は、「人間」と言う事実のみ。それ以上でも、以下でもない。だが、種明かしによって、興ざめてしまう「怪奇」は、天の川のよう。なので、真実を明かしてもらえる事の方が少ないのだが。彼女達は、そのような次元ではない。「名を知らしめる事で、格が上がる」。その段階まで来ているのだ。
「えっと、私は木の…妖精?妖怪?まぁ、木!あの、植物の『木』!さっき見せた業は、家で飼ってる『子』達に水分を吸い取らせたの。ほら、木って、根っこで水分を吸収するでしょ?それ。」
聞けば聞くほど、恐ろしい話である。まず、ニュアンス的に、下位の存在を使役しているのだろうが、此れはかなりの上位の存在である証拠。さらに、「水分を吸い取らせる」事が出来る程の、「下位存在」。一般的な「下っ端」とは、思えない。ある程度、品格がある存在―そしてそれを使役可能な、さらに上位の存在。こんな茶髪の、小さな女の子が(小さいと言っても、平均的であろう)。恐ろしや。
「えっと…。かなり、上位の妖怪さんのようで。」
「えへへ!」
褒めているのではないのだろうが、照れている姿を見ると、違うとは言い難い。そんな鬼畜の所業、二児の父に出来る筈もない。
「澪子さんは、私よりも凄いんですよ!!」
「おぉ…。」
何やら、とんでもない方々にお世話になっている気がする。そんな事に、今更気づき始めたようだ。だが、彼は粗相を働いた訳でも、無礼な態度を取っていた訳でもないのだから、堂々としていれば良い。長年の社会人生活で身に着いた、礼儀作法。今この時のために、存在していたのかもしれない。
よくよく考えたら。先程、泥の怪異を撃退してくれた少女―木村 美樹と言うのだが、名乗っていないので彼が知る由は皆無―が、強いと言っている云々以前に。浴衣の君は自身の事を、「人ならざる身」と称している。だがしかし。全く、分からない。社会に出ていたら、人ならざぬ方々と接触する機会は、ほぼ毎日―少なく見積もっても、一週間に三回以上はあると思われる。嫌が応でも、見分ける感性と言うか、第六感と言うものが、単純接触効果的に育つ。人並みに、見分けがつく方だろうが、全く分からない。間違い探しをさせられているような気分だ。
ここまで分からない。これは、自分の能力の不足ではないだろう(と思いたい)。きっと、彼女の「格」だ。相当、上なのだろう。ここまで高度に、人に擬態できるとは。
「あ、えっと…。わ、私は。その。」
「あ!!大丈夫です!!只、気になっただけで!!無理に答えさせるつもりは、1っミリも!!」
通りすがりのサラリーマンの、人の良さが発揮されている。澪子嬢のように、種族を言いたがらない者も、少なくない。根強い「固定観念」や、「謎の神話」を信じている者も、同様に、少なくないからだ。
「こんなに人が良い方が、(恐らく)近所に居たなんて。今度会ったら、挨拶をしなければ。」的な事を、思っている澪子嬢。
「おじさんの不安は、解消された?」
「あ、ありがとうございます。安心しました。」
「良かったー!それよりおじさん、走るのむちゃ速くない?!凄い!!」
出た。美樹嬢必殺の、「何、此の子。人懐っこ過ぎる」。これで、人見知りが限界突破している澪子嬢も、「『閉店ガラガラ』逆再生」ばりの態度で距離を縮められたのだ。




