精霊の間
教会の奥深く。
精霊の間へ続く場所には、扉は存在しなかった。
ただ一本の長い布が、廊下とその先を隔てるように垂れ下がっているだけだった。
風もないはずなのに、その布はわずかに揺れていた。
深い緑色をした布地には、五芒星の紋様が大きく描かれている。
美しい装飾というよりも、何かを封じるための印のように見えた。
「じゃあ、行ってらっしゃいな」
精霊の間の前に着くと、シスターは穏やかに微笑んでスピレアの背中を優しく押した。
「はい、行ってきます」
スピレアは、シスターに頭を下げて布をくぐって行った。
「あなたたちも、行ってらっしゃいな」
そう言って、今度はこちらへ振り返る。
ニコニコとした笑顔だった。
「えっ…俺たちも良いんですか?」
思わぬ言葉に、思わず聞き返す。
「良いのよ、良いのよ」
シスターはあっさりと頷いた。
「別に減るものじゃないんだから」
そう言いながら、こちらの背中まで優しく押してくる。
拒否権はなさそうだ。
布をくぐった先に広がっていたのは、想像していたものとはかけ離れた空間だった。
あまりにも狭い。
数人が入れば、それだけで満たされてしまいそうな小さな部屋。
しかし、その中央に佇むものが、この場所の異様さを際立たせていた。
そこには、高さ二メートルほどの緑色の結晶が立っていた。
琥珀を思わせる色合いをしているが、内部は透き通ってはいない。
濁った緑色の奥。
そこには、何かが閉じ込められているような影が浮かんでいた。
目を凝らして見る。
それはまるで、人の姿のようだった。
さらに異様なのは、この部屋そのものだった。
床。
壁。
天井。
その全てに巨大な五芒星の魔法陣が描かれている。
一面だけではない。
五つの面すべてが同じ紋様で覆われており、まるでこの空間全体が巨大な術式として組み上げられているようだった。
そこには、精霊を祀る場所にあるような神聖さだけではない。
触れてはいけないもの。
近づいてはいけないもの。
そんな本能的な恐怖を感じさせる何かがあった。
その空間へ一歩踏み入れた瞬間
バリンッ!
頭の奥で、何かが砕けるような音が響いた。
「…っ」
突然、視界が歪む。
立っていられない。
咄嗟に壁へ手をつき、身体を支えようとする。
しかし、力が入らない。
ゆっくりと壁を伝いながら、その場へ崩れ落ちていく。
「…何だ…これ…」
声に出したつもりだった。
けれど、自分の声すら遠く感じる。
視界が徐々に暗く染まっていく。
そして、意識は、深い闇の中へ沈んでいった。




